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恥ずかしいのと嬉しいのと。
今の私は色々な気持ちでごちゃごちゃしてる。
ある日、突然誘われたと思ったら待ち合わせが書いてないし。
行ったら行ったで初っ端からカツアゲと間違えられるし。
一瞬だけ見えていいなって思った簪を買ってくれるし。
気分屋の兄貴は何をしでかすかわからない。
でもそれが毎回楽しいと思えてしまうのだ。
(お騒がせな兄貴アル…)
神威の手を引っ張りながらやれやれと歩く。
すると不意に優しく握り返してきたので、頬がじんわりと熱くなった。
いけない。
冷静にならなくては。
「ちょーい、神楽どこいくのー?」
「いっ良いからついてくるヨロシ。」
行く宛などない。
とりあえず人通りの少ないところに行きたかった。
その後は…大丈夫。
この数日で雑誌やテレビの内容は覚えてる。
いつまでも子供扱いする兄貴を見返してやる、この日のために。
(化粧良し、着物良し、)
あとは…あ、歩き方。
大股にならず、内股にならず、がに股にならず、頭の上に本が乗っている感じで美しく歩く。
ひとまず深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから神威の隣に寄る。
そして手を握りながらそっと寄り添えば、上から驚きの声が聞こえた。
「急にどうしたの?」
「ッ…いっ…イメチェン、アルっ」
「イメチェン?」
「たまにはいいかなって…その…っ」
頬が熱い。
おそらく真っ赤であろう顔を見られたくなくて、俯きながら叫んだ。
(他力本願で進むなら…)
私は何も変わらない。
だからこの数日、ティーンズ世代の女子が読む雑誌を頭に叩き込んだ。
注目したのは『男を虜にする大人の駆け引きの仕方』
それを勇気を出してやってみたのだが、神威がどんな顔をしているのか見れる勇気がない。
この化粧だってそう。
チークはほんのり、ハイライトは額や鼻筋に、グロスは下唇だけに塗って色気を出すとかなんとか。
この着物だって、髪型だって、全て雑誌やテレビでやっていたものばかり。
そこを上手く抜粋して、自分なりにやってみたのだ。
この苦労が馬鹿兄貴にわかるかどうかは置いといて、それなりに上手くできたと思う。
(知り合いはいないアルな…)
こんな浮かれている自分を神威以外に見られたくない。
見られたら…何て言い訳すればいいのか。
それを考える暇はなかった。
「こら。」
「んむっ」
「仕掛けといて俺以外をきょろきょろ見ないの。」
周囲を警戒していたら頬をむにゅっと潰される。
その時、初めて神威の顔を確認できた。
いつものニコニコ顔。
特に変わらないし、神楽の行動に動揺した素振りもない。
恋愛に疎いはずなのに、もしかしたらどこかで女でも引っかけたのか。
そんな不安まで出てくる。
「にいひゃん…。」
「いつになく積極的ってことは、俺もその誘いに乗っかっていいってことだよね?」
神威の大きな手が、頬をむにむにと潰してくる。
その手がどこか男らしく感じてしまいドキドキと高鳴ってしまう。
横を通り過ぎる人など気にできないほど、神威しか見えなくなっていた。
(こ…こういう時は、)
男がジッと見つめてきたらキスをしてもいいという合図。
あれ、それは女だったっけ。
頭の中でぐるぐると情報が混ざってしまいどうすることもできない。
すると神威が手を離し、肩に腕をまわしてきたので驚いた。
そしてそのまま何も無かったかのように歩き始める。
「さぁて、可愛い妹のために兄ちゃんが張り切ってエスコートしよっかな。」
「な…っ」
「あ、お姫様だっこの方が良かった?」
「ば…っ馬鹿にするなヨ!
普通に歩けるネ!」
「はいはい。」
人混みをスルリと避けながら、それでいて神楽を前へと導く。
さりげなさなんてどこで覚えたのか。
何だか神威がとっても大人なように感じに見えて、思わず息を飲んでしまった。
「だめアルな…。」
やはり『年上の男』もとい『兄貴』が相手だと、どうしても甘やかされてしまう。
どんなに着飾っても、適わない。
「神楽。」
「え…っぅ、あッ!」
しょんぼりしていたら、不意に体が軽くなった。
そして何故か歩いていた時よりも目線が低くなってしまう。
そこでようやく、お姫様だっこをされたまま、花壇のそばのベンチに座ったのだとわかった。
人がちらほらといる花壇。
様々な種類の花がほんのりと灯籠に照らされて、幻想的な空間を作り上げていた。
何か文句を言ってやろうと思ったが、花の美しさと神威の顔の近さに何も言えなくなってしまう。
そして同じ青い瞳と視線が合った。
「俺は神楽を甘やかしたいの。」
「……………。」
「どんなになってもね、俺は神楽のお兄ちゃんだから。」
「…だけど、」
「俺と付き合うために大人っぽくしたのは良いけどね。
でもあと1歩のところで引くのはダメだよ。」
「女の扱いに慣れた感じアルな。」
「周りに女たらしが多かっただけ。
安心した?」
「べ、別にそんな、心配してなんか、」
しどろもどろに返事をすると、首もとに熱を感じた。
そして今度は少しの刺激。
神威に噛み付かれたのだと理解する時には、もう神威の腕の中に閉じ込められていた。
「恐い?」
「…何が。」
「俺の男としての顔。
見せたらなんか、神楽が笑わなくなるかなって。」
「……………。」
抱きしめる腕に力が入る。
神威から感じる不安に、自然と体から力が抜けた。
何故こんなことを聞くんだろう。
男としての兄が恐いわけではない。
ただ、こういう触れ合いに慣れてないだけ。
そういえば、神威に会ってから緊張のあまり自然と笑っていない。
それが不安になっているのか。
(面倒アルな…)
豪快なわりに繊細。
人のことはよく見ているから何でも気付く、けど対処の仕方がズレている。
そんな馬鹿兄貴を宥める方法はこれしかない。
否、これしかできない。
「兄ちゃん。」
「ん…?」
「祭に戻ろう。
さっきの和菓子…食べたいアル。」
神威と目を合わせてニッと笑う。
いつもの私ならこう言う、それが今は神威の不安を取り除くことになる、らしいから。
おまけに思いきって、神威の頬に軽く吸い付いてみた。
顔を離すとポカンとした兄がそこにいて、何だか可笑しくて笑ってしまった。
それには神威も、やられたと苦笑いする。
「あーもう。
我が妹ながらやってくれたね。」
「その可愛い妹からのお願いヨ。」
「わかった。
でも最後まで付き合ってもらうから。」
「ギャー襲われるーっ」
「焦らされんのは嫌いなんだよね。
腹括って。」
「そういうのは乙女心を落としてから言えヨ、馬鹿兄貴。」
「言ったね?
兄ちゃんの本気マジですごいから。」
「合コンで売れ残るタイプの自信過剰男アルな。」
「いいの。
俺は神楽に拾ってもらうから。」
「じゃあまずは私に貢ぐヨロシ。
さっきの屋台を制覇するネ。」
「はいはい。」
お互いの緊張と不安が解れた。
自然と出てきた笑みに、祭を再開しようと立ち上がる。
照らされた花よりも、神威の簪が一番輝いているように見えたのは、私の目が壊れてしまったらしい。
恋愛は都合よく事情を変える。
雑誌に書いてあったことが事実だったと、神楽は満足げに笑って駆け出した。
「貢いだらたっぷりサービスしてよね。」
「それは兄ちゃん次第アル。
せいぜい頑張るヨロシ。」
歩きながら自然と絡まり合った指先に、神楽は嬉しそうに笑う。
その顔を見た神威も、どこかほっとした様子で足取りを軽くさせた。
君の笑顔があるからいんじゃない?
16,05/06
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