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例の噂やら何やらのおかげで、来客数は今のところ途切れてはいない。
経理が雑だったこの店を管理するべく、かつての同級生経由で抜擢されたのが数年前。
そして伝説が始まったのもその頃。
この店で働く従業員同士がゴールインしたのをきっかけに、噂が瞬く間に広まったのだ。

しかしこれで調子に乗ってはいけない。
噂やご利益、縁結びなど理屈に合わないチャンスに頼っていたら、時が流れるにつれて必ずブームが去ってしまう。
その時の損害を考えると面倒な話になるので、噂は噂で置いといて固定客をどれだけ掴めるかが鍵となっていた。



そして縁結びに関して注意点がもう1つ。
プロポーズが失敗したときの責任は負えないので、こちらとしては極力関わらず、夜景が綺麗に見えるだとか限定メニューだとか、ちょっとしたセッティングのみ行う。
店はただ見守るだけ。
メインが薄れてしまうような、無駄なサービスや過剰なサプライズはやらない。
それを徹底していた。

が、




「……………。」

店の裏にある休憩室。
そこで土方はあるモノと眉間にしわを寄せながらにらめっこをしていた。
もう10分ほどこの状態のまま。
そして心臓の鼓動が痛くなったので、気晴らしに窓を開けて煙草を吸っては吐いた。




「…………まさか俺が、」

その縁結びにすがろうとは。
教科書も攻略も無い当たって砕けろ状態に、土方は頭を抱えて悩んでいた。




「………………。」

窓の向こうは夜の空。
吐いては消えていく煙の中に、あの生意気な小娘の顔が浮かんでいた。
今夜、その小娘にプロポーズをする、予定である。
昼間のカフェではなく、夜景が見えるレストランの方で、彼女を呼び出し食事の最後に告げる、予定である。




(勝算はあるはずなんだ…)

俺から告白し、総悟も認めて早1年。
未だ口付けや愛撫止まりだがそれでも満足しているのは総悟だからか。
目に見えないキャンパスライフでは総悟がどんな顔をしているのかと想像すればイライラし、逆に恋人になってからは店の常連として通ってくれる総悟に感謝をしながら働いている。
大事に大事にして、たまに反発。
そしてまた結束というのを繰り返しては、いずれ沖田と添い遂げたいと思うようになってきた。
その結果、想いが爆発してこうなった。




「………………。」

今までの経緯を頭の中で整理すれば落ち着くと思ったのだが、むしろ逆効果だったらしい。
煙草を持つ手が震えてきた。
情けない。




「我ながらキモいな…。」

振り返れば、ケースに入った指輪がそこに。
花の彫刻がされているだけの、宝石は何も付いてないシンプルなシルバーリング。
実はこの指輪に関しては半年前から用意していた。

以前、沖田が珍しくアクセサリーに興味を持ち、買おうか迷って結局やめた指輪。
その際「将来の旦那から貰うからいいや」と、沖田が捨て台詞を吐いたのを覚えている。
なら俺が、と土方1人で再びアクセサリー屋を訪れて買ったのは本能だろう。
しかし緊張のあまり息を荒くして買った際、周りからは不審者一歩手前と認識されたに違いない。
会計時、店員の意味深な視線が全てを悟っていた。




(そろそろか…)

土方は煙草を灰皿に磨り潰し、シャンパンを2杯ほど飲んで意気込む。
今頃レストランにいる総悟は、デザートのタイミングだろう。
言うなら今しかない。




「……………。」

ギャルソンの紐をぎゅっと閉め、気を引き締める。
今日は何の記念日でもない、誕生日でもない、至って普通の日。
だがそれでいい。




「さて、生意気な小娘を女にしてやるか。」

土方はシャンパングラスを置き、指輪と花束を持って休憩室を出た。
階段を上った2階、都会の夜景を眺められるだけあって、ガラス張りの席は人気が高い。
それを沖田は眺めながら食事をしていた…かと思いきや。

若い男と親しげに話している瞬間を見てしまった。




(なんでこうも…)

タイミングが悪い。
ナンパでも知り合いでも、これから求婚しようって時に他人と話してたら仕掛けづらいではないか。
つか何で野郎と盛り上がってんだ腹立つ。

イライラしながらも従業員入口のところで観察していると、背後でニヤニヤと笑う気配。
オーナーかつ同級生、そして縁結びを作った張本人が、何やってんだコイツwwwと草が生えるような笑い方をしていた。
こっちはこっちで腹立つ。




(…仕方ねぇ)

いつもなら噛みついているが、今はそれどころではない。

土方が「やり方を教えてくれ」と呟けば、笑っていた同級生もやれやれと肩を竦めながら教えてくれた。
が、やり方がなんともベタすぎて引いてしまう。




「でも成功してるからな…。」

何かしら理屈に合った効果があるのかもしれない。
そう考えていると、野郎が離れて沖田が1人になり、夜景に目を向けていた。
全ての食事を終え、まったりしている。
仕掛けるなら今だと、土方は色々な手荷物を隠しながら、沖田の元へと向かった。
そしてあと数歩、というところで沖田がこちらを向いてきた。




「お、」

「…………………。」

土方を見や否や、ぷーっと頬を膨らませる沖田。
何かが不満らしい。
まずはその不満から取り除かなくては、プロポーズどころではない。




「総悟…。」

「……………遅い。」

「え、」

「来るのが遅いですぜ。
いつもだったら俺のメニューを聞きに来るくせに。」

「あ…。」

「しかも1人で来いとか。
レストランで1人食事をさせるとかどういう。」

「あ、あぁ。」

「俺に新商品を毒味させておいて、土方さんは気軽に事務仕事ですか。
これだから現実主義は。」

「………………。」

「って、聞いてます?」

「お、おう。」

不覚にも、土方は口を開いたまま停止。
口説きどころではない。
生意気な小娘が、いつの間にか大人の女性になっている。




(そんなん反則だろ…)

いつもパンツスタイルのくせに、今日に限ってワンピースとか。
淡い水色は清楚で綺麗な印象を与え、それでいて髪を下ろしているのだからストライクすぎてマズい。
マジで好みすぎて困る。
それに対し、俺は業務制服であるギャルソン姿。
あえてスーツにしなかったのは、これから何かするぞという見た目の演出と、スーツ特有の堅苦しさが嫌だったから。
縁結び通り、この格好で俺は行くと決めていた。

そして今がその時。
土方は沖田の前で片膝を付き、照れ顔を手で覆いながら頭を下げる。




「な、突然どうしたんですか。」

「お前が可愛いのがいけねぇ…。」

一気に大人の階段を上りやがって。
彼シャツ以来の大打撃だ。
もう今夜ぜってぇ落とす。
断られても奈落の底まで突き落とす。
無駄に落としてやると腹が括れた。




(ゆっくり丁寧に、)

顔から手を離し、一度だけ深呼吸。
総悟だけを見つめる。
頭で言いたいことを整理する。
いざ。




「総悟。」

「……………。」

「今回の件は悪かった。
俺もテンパってて…一緒に飯を食う余裕が無かった。」

「…………そうですか。」

「だがこれからは、
嫉妬や寂しい思いをさせるつもりはねぇ。」

「え……。」

「俺の、嫁になってください。」





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