02
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先日の嘘彼氏事件(と名前は呼んでいる)から数日後。例のレポートの提出日までもうあと一日しかなかった。
さて、どうしたものか。今更「嘘でした〜」とは言えない。明日までに彼氏を作れるかなんてそんなの分かりきってる。
頬杖をついて窓の外を眺めながら、どうしようかとうんうん唸る。
名前は文字通り考え込んでいた。だから、近付いてきた誰かの存在に気が付かなかった。
「名前?」
「っ、うわぁ!?」
突然声を掛けられて、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになる。慌てて振り返ると、友人のアイクが立っていた。
「び、びっくりした……」
「僕もびっくりしたよ。どうしたの? うんうん唸って」
名前とアイクは文芸サークルに所属している。同い年で、サークルに入った時期も同じなため直ぐに打ち解けた。それなりに仲がいいと名前は自負している。ちなみに学科は別だ。
「……ちょっと、ね」
「……そっか」
それから少し間を置いて、「僕でよかったら話聞くよ」と眉を下げて微笑まれた。ありがたい申し出だ。しかし、素直に話して良いものかと名前は思案する。
「友人に嘘をついて彼氏がいるなんて言ってしまった」と言ったところで幻滅するような人ではないことはよく知っている。けれど正直に全て話してしまうのも、それはそれでなんだか恥ずかしい。
けれど、やっぱり。
「……実は─────」
「そっか、そんなことが」
「……うん」
結局、誰かに話して気を楽にしたい、という気持ちが勝った。つまりはアイクに全て話す選択肢を取ったわけだ。
話し終えて、そっと背もたれに体を預ける。いつの間にか隣の席に座っていたアイクは考え込むような表情をしている。どうかしたの、そう問うより先にアイクが口を開いた。
「……なろうか?」
「え?」
「僕がその、彼氏役に」
「……え、」
思わず目を見開いた。今、なんて。
ぱちぱちと瞳を瞬かせて彼を見るが、いつもと変わらない表情だ。私の聞き間違いだろうか、と思わず名前は首を傾げた。
「……ごめん、もう一回言ってくれない?」
「だから、僕が彼氏役になろうか? って」
聞き間違いじゃなかった。名前はかなり困惑した。アイクがそんなことを言うような人だとは思わなかったからだ。それとも名前が思っているよりもずっと、アイクはお人好しなのだろうか。その可能性もあるかもしれない。
詳しく話を聞こうと口を開いたところで、「ただし」とアイクが名前に指を突き立てる。
「交換条件があるんだ」
「交換条件?」
「うん」
アイクの言う交換条件はこうだ。
アイクは名前の彼氏役として、友人と会う。そして、名前はアイクの恋人役としてアイクの祖母と話す。
つまりは仮の恋人として振る舞う、ということになる。
利害の一致、というやつだ。アイクの話を聞き終えた名前はぼんやりと思う。
名前にとってもアイクにとっても助かる話だ。これを断る理由はない。
しかし、名前の中でひとつ大きな懸念があった。
「…それ、ずっとこの関係を続けることになるんじゃ」
名前は友人にずっと嘘を突き通さなければならない。それはアイクも同じだ。名前の友人やアイクの祖母がいる限り、この関係を破綻させてはいけなくなる。
やはり難しいのでは、と名前が考え込もうとしたところで、アイクがゆっくりと口を開く。
「じゃあ、どちらかに好きな人ができたらこの関係は終わり、ってことでどう?」
「好きな、人」
「そう。こんなことを言うのもなんだけど、別れた、って言ってしまえばそれまでだからね。別れた理由だっていくらでも考えつく」
少し困ったようにアイクが笑う。確かに、と名前は思わず頷いた。
少し心苦しいが、周りには別れたと嘘をついてしまえば説明がつく。それ以降恋人関係を続ける理由もなくなるのだ。正解とは言えないが、その方がお互い助かるだろう。
「……じゃあ、ええと、…よろしくお願いします?」
「ふふ、うん。こちらこそよろしく」
陽の差すカフェのテラス席で、困ったように笑いながら二人は握手を交わした。
恋人ごっこ、というには少し歪な関係の始まりだ。
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