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「彼氏、かぁ……」

女────苗字名前は自室の窓から見える夜空をぼんやりと眺めていた。
明後日までになんやかんやで彼氏が出来ますように、と星に願いをかけながら。


時は数日前に遡る。

キャンパス内にあるカフェのテラス席で、名前とその友人は二人並んでレポートを書き進めていた。

「名前ー、アンタ私と同じテーマ取ってたよね? なんて書いた?」

「あ、こら、人の見てたら意味ないでしょ」

いそいそと名前のレポートを覗こうとする友人の頭をぺしりと叩き、ちゃんと自分で考えなよ、と呆れたように呟く。ごめんごめん、そう笑った彼女がふと思い出したかのように「あ」と声を上げた。

「なに、どしたの」

「そうそう、今度別の学科生も含めた合コンあるんだけどさ、名前もおいでよ!」

「え?い、いや、私は……」

「アンタたしか彼氏いたことなかったよね? これを機に作っちゃえば?」

名前は戸惑った。
恥ずかしいことに、彼女の言う通り彼氏がいたことがないのは事実だ。ただそれは、"できなかった"のではなく、"作ろうと思わなかった"のである。いくら大人とはいえまだ大学生だ。今無理に作らなくても、これから先彼氏ができる機会はいつでもあるだろう。名前はそう考えていた。
だからこそ、友人の誘いに素直に応えられなかった。

「ね、どう? 行かない? 行こ?」

「あ、あー……、私、彼氏いる、から」

しまった。
咄嗟にそう口にした途端、友人の瞳がきらきらと輝くのを見て名前は後悔した。

「彼氏いたの!? え、いつの間に!? もー、いるなら言ってよー」

「あ、あー……」

「どんな人? いくつ? 写真は?」

彼氏がいるなんて勿論嘘である。
しかし名前が弁明するより先に、友人が矢継ぎ早にまくし立てる。名前は完全に逃げ場を失った。
しかしそれだけでは終わらない。

「てか会わせてよ!名前に相応しい男が私が見定めるから」

いや誰目線だよ。いつもなら言えるはずのツッコミも、この時ばかりは出てこなかった。
まずい。非常にまずい。会うなんて、無理に決まってる。だって彼氏なんていないのだから。
内心頭を抱えそうになりながら小さく唸る。

「……また今度ね」

それでも嘘だとは言い出せなかった。挙句「また今度」だなんて。名前に彼氏なんて存在しないというのに。

「また今度っていつよ」

「あ、あー……。このレポートの提出日、かな……」

「やった! 楽しみにしてるからね」

あーどんないい男なんだろうなー。鼻歌を歌いながら友人は机に向き直る。
ああ、やってしまった。
冷や汗をかきながら、今度こそ名前は頭を抱えた。




「……はぁ」

一方その頃、ここにも悩む男が一人。
携帯のディスプレイを眺めたまま溜め息をついた男────アイク・イーヴランドは、ゆっくりとその手を下ろして携帯の電源を切る。

「……恋人、ね」

つい先程まで繋がっていた電話の内容を思い出す。

────あなたの恋人は、さぞいい子なんでしょうねぇ。会うのが楽しみよ

電話を切る間際、電話の相手である祖母が『そういえばアイク、恋人はいるの?』と訊いてきた。いないよ、そう返すよりも先に祖母はこう言ったのだ。とんでもない誤解である。
しかし、祖母のあまりに嬉しそうな声を聞いたアイクは「恋人なんていない」とは言えなくなってしまった。この感じだと、近いうちに会わせてほしいって頼まれるんだろうなあ。そうぼんやりと考える。

とはいえ、恋人なんてそう簡単に作れるものではない。大学生だから出会いはそれなりにあるが、適当な関係は築きたくない。かといって、いい感じの相手がいるわけでもない。
どうしたものかとアイクは二度目の溜め息をついたのだった。

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