ラストクリスマス

大きな花火が上がった音がした。時計を見れば十二時を丁度過ぎたところで、LINEの通知が次々と新年を祝うメッセージがポップアップし消えていく。
今年は新年はコタツで迎えることが叶わなかった。例の事件の提出書類が山積みであり、捜査課と公安分の書類を分けて書かなくてはならないのも面倒だった。
そういえば去年も隣で溜息をつかれながらも判子を押した記憶がある。溜息をついてくれる優しいアシスタントが不在なことは残念だけれど、元より応援がなくともそれなりにできる質であった。寂しいくらいに滞りなく、時計の針と作業は進んでいく。
室内の古ぼけた蛍光灯が、ちかちかと書類の文字を揺らしていた。どうでもいい事が気になるくらいには集中力が切れてしまったようで、後ろへ大きく背伸びをした。関節がかわいた音を立てる。

「……んん〜……」

休憩がてら外の空気を吸おうと、コンビニへとコーヒーでも買いに行くことにした。
今年は暖冬で東京では雪を見かけていない。雪が積もらないのは寂しい。移動の点では手間取らずに楽ちんだった。とはいえ夜は冷えるため、マフラーを鼻まで被る。
真っ赤なマフラーは、仮面ライダーみたいに見えるからお気に入りだった。作品は詳しく見た事は無いけれど、あらすじは私に少し似ている気がして勝手に親近感が湧いている。
徒歩三分。コンビニは三賀日だろうと、煌々とその看板を照らしていた。バイトの留学生らしき男性はこちらを一瞥することも無く、黙々とパンの品出しをしている。
私は小袋のチョコレートと、ココアを手に取ってレジで手短に会計を済ませた。仕事とはいえ品出し中にごめんなさいと、面倒くさそうな顔をした店員に心の中で謝罪をする。
ゆっくりとした足取りで、公園のベンチまで鼻歌を歌った。ラストクリスマス。
チグハグな鼻歌が誰に聞かれるわけでもないから、ワンコーラスも歌ってしまう。仮面ライダーじゃなくてサンタクロースのマフラーだったのかもしれない。だってそういう気分だった。

この公園はいつだって人気がない。
薄暗くて、女性がひとりで歩くには用心が必要なくらいだ。それでも最近はよく訪れるから、このベンチが特等席みたいになっている。
少しだけぬるくなったココアのプルタブを開けて、口をつければ思ったよりも甘ったるい。
合わせて買ったチョコレートも食べる気でいたけれど、鮮烈なパッケージに胸焼けしそうになった。
なんでいつものブラックコーヒー買わなかったんだろう。しんちゃんならきっとブラックだった。
不意にポケットに入れたスマートフォンが振動する。母からの電話だった。今年は仕事があると話していたから、心配して電話を寄越したのだろう。

「あ、お母さん。もしもし、うん今は大丈夫。あけましておめでとう」

実感の持たない「おめでとう」だった。私だけがまだ去年に取り残されてクリスマスぐらいにいる。明るい声を聴くと、少しだけ寂しくなった。同時に、その優しい声を聞くと早く帰らないといけないと思う。
空を見上げても雪ひとつ降る様子は無い。
雪が無ければ沈んだ足跡も、何も残してはくれない。どうせなら大雪が降ったっていいのに。始末書を書き終えたら、日々は綺麗さっぱり元通りにでもなってしまうのか。
缶はあたたかい手で握っても、どんどんぬるくなって冷えてしまう。しかしぬるくなってもココアは甘い。甘ったるい。その余韻は……なんか、嫌だ。

遠くではしゃぐ様な若者の声が聞こえる。きっと初詣に出かけるのだろう。私も朝が来る前に、職場におやすみなさいを言いたい。
ココアの缶を遠投すれば、放物線を描きながらカゴに吸い込まれていく。カコン、と乾いた音が辺りに響いた。
今年はせめて吉ぐらいだといいな。