生駒達人
君が好きだから


「アキさんアキさん!」

 駆けてきたと思えばそのままダイブ。飛び込んできた緑川をアキは抱き止めた。
「トリオン体だったから良かったけど、生身だったら受け止められないよ?」
 安易に危ないから気をつけてと告げると「はーい」と素直に返事をした緑川にいい子だと頭を撫でる。
「それにしても身長伸びたね〜私と同じくらいだ」
 そう、受け止めきれないと忠告した理由のがこれだ。
 自分の方が年上で最初の頃は今よりも少し身長が低かった緑川を今のように飛び込んできても受け止めることはできていた。だけど今はどうだろう。男の子の成長は早いなと感心する。
「おれ、かっこよくなってきた?」
「うん。なってるなってる」
「迅さんに近づいたかな!?」
「いや――それはどうだろう」
「ええ〜〜かっこよくなってきたって言ったのに……アキさんの嘘つき――!」
「迅さんと駿じゃタイプが違うでしょ」
 そう諭せば不満だったのかぶーぶーと文句があがる。そんなこと言うなら離れてと抗議すれば更なるブーイングが起こる。どうすればいいのだろうかと思っていれば右斜め後ろから糸を引っ張られるような感覚がした。
 ――警告――
 アキは第六感である直感が強化されたサイドエフェクトをもっている。反応条件は気まぐれでよく分からない。発動すると今のように大まかな系統を告げたりあるいは何かある方向を示してくれるのだ。
 サイドエフェクトに従って振り返る。そこには自身の隊長である冬島と隣に恋人である生駒がいた。
 何か困ったことでもあったのか目を泳がせながら頭を掻く冬島はオペレーターの真木に言いくるめられた時と少し似ている。自分は何かしてしまっただろうかと見つめ返せば隣だとサインを送ってくれた。
(達人? え、達人が何!?)
 ゴーグルを装着している生駒の表情は全くと言っていい程読めない。
 ――警告――
 先程から頭の中で鳴り響く警鐘。大きくなる前になんとかしないといけない奴だということだけは悟った。冬島が換装していればこんな面倒なやり取りをしなくても済んだのに……という不満を脳裏にちらつかせ、意味が分からない。ちょっと待って。とサインを送る。
「ごめん、駿。隊長が私に用があるみたいだからちょっと離れて」
「え――」
 言ってもなかなか緑川は離れない。先程まで聞き分けのいい子はどこへ行ったのだ。
(剥がすのが可哀想な気がする自分は弟子馬鹿なのかな)
 剥がすことを諦めたアキは緑川を引き摺って冬島達の元へと歩みを進める。
「隊長、どうかしましたか?」
「お前この後生駒隊と合同ミーティングやるって話しただろ? 遅いから捜しにきたんだ」
(え、そんな予定入っていた?)
 ――のる――
 声に出さなかった自分を褒めてやりたい。冬島の様子やサイドエフェクトの反応をみるに空気を読めということだろう。よく分からないが話をあわせることにした。
「……そんな時間でしたっけ? すみません、完全に忘れてました。はい、駿、離れる」
「ぶ――冬島さんのケチ」
「っ、俺は女子高生だけじゃなくて中学生にも睨まれるのか」
「隊長、かなり意味が分からないけど落ち込まないでください!」
 慌てるアキを見て緑川は腕を解いた。口ではケチだとは言いつつも邪魔をしたいわけではないのだ。
「今度、グラスホッパー戦法やろうね!」
「私から駿に教えることはもうないと思うけどな」
「やろうね!」
「はいはい」
 腕をぶんぶん振りながらはランク戦ブースへと消えていく緑川を見送りながら、戦闘狂への一歩を踏み出しているような気がして頭が痛くなった。いや、強くなることはいいことなのだが。それよりもだ。予定が入ってもいないのに急に呼び寄せた冬島に、そして先程から一言もしゃべらない生駒が気になって仕方がない。
(というか達人怒っている?)
 だんまりを決め込んでいる生駒を見るのは初めてでどうすればいいのだと思っていれば上から言葉が降ってきた。
「――ということで、お前さんは生駒と話し合い。今日は当真も真木も本部に来る予定ないしうちの作戦室使えよ」
「ん??」
「んじゃ、おっさんは退散するか」
 女子高生は怖いとぼやきながら去って行く冬島は残念オーラー全開だ。一体何があったというのだろうか。とりあえず生駒がずっと黙っている理由をこの場で聞くのはよくないのだろう。先程から冬島隊の作戦室の方向に身体が引っ張られる感覚がしている。
「えっと、達人。行こう?」
「……あぁ」
 やっと口をきいてくれたことにほっと胸を撫で下ろす。それでも作戦室へ向かう道中は終始無言で不安に駆られてしまう。
 ウィーン。
 作戦室の扉が開いた。そして閉まる音を聞く。生駒が椅子に座ったのを確認してからアキは話を切り出した。
「ね、達人怒ってる?」
「……怒ってへん」
「でもずっと黙ったままだよ」
 ゴーグルを装着したままで顔が見えない。何かあるなら言って欲しいと生駒の顔からゴーグルを外す。座っている生駒からゴーグルを取るのは簡単で――ただ、取っても力強く目を瞑っていて思わず口をぽかんと開けてしまう。
「俺は器が小さい男や――ちょっと見んで欲しい」
「え、本当どうしたの?」
「あかん! そんな見つめられたら恥ずかしいやろ!」
「ん? 見るけど」
「あ――――」
 言葉を交わせば交わす程、いつもの大好きな生駒に戻っていく。彼の中でアキを無視するという選択肢はないのだろう。それが分かってあの手この手と思いついた言葉をぽんぽん投げていく。案の定、先に折れたのは生駒だった。いや、折れてくれないと話すこともできないのでよかったのだが。生駒の隣に座り「で?」と夢子は聞き出した。
「緑川に抱きつかれとったんやん?」
「うん」
「それ」
「……え」
「俺の中でなんかあかんかった」
「え? だって駿、私の弟子だしよくやるよ」
「知っとるわ」
「駿が迅さんに抱きついていたのを見て『可愛いな』って言ってたよね?」
「言ったわ」
 そして後輩に慕われて迅は男前だと褒めまくっていたのもアキは知っている。なのにどうして? アキの疑問は膨らむばかりだ。
「アキ、俺の彼女やろ」
「うん」
「しかも緑川と顔近かったやん? ずるいやろ」
「ん――――――!!」
 言葉にならない言葉が口から出た。確かに生駒とは身長差があって抱きついても抱きしめられても距離は近くなれど顔が近くになることはない。それこそキスしない限りは……。
「それによう考えたらアキと緑川二つ違いやん。男と女やん。緑川がアキを好きになる可能性なんてありまくりやん」
「え、ないでしょ」
「あるわ! 俺やったら百パーセント堕ちとる」
「えっと、ありがとうございます」
 ただの嫉妬かと思えば何だこの男。自分よりも年上で身体だって大きいのに可愛くて可愛くて胸が締め付けられる。
「達人」
 アキは生駒に抱きついた。生駒が座っているおかげで自ら腕を愛しい人の首元に絡めることができる。顔だっていつもよりうんと近い――。
「大好き」
「俺もや」
 生駒の腕が背中に回される。
 次からは気をつけるからと口にして、アキと生駒の影が重なった。


20190203


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