生駒達人
鈍感男vs恋する乙女


※似非関西弁にご注意ください。



「水上はええなー可愛い妹がおって」

そう言ってイコさんが頭を撫でてくれるとうちの頭は必ずぐしゃぐしゃになる。
お兄ちゃんも頭を撫でてくれるけどまた髪を梳かさないといけないようなことにはならない。
身内、性格あると思うけど同じ男の人でもこんなに違うんだなーって思った。

「もう!イコさん止めてくれませんか?
髪がボサボサになってしもうた!!」
「アキちゃん小さいし撫でがいがある頭しとるから、ついやりすぎてしまうねん」
「撫でがいがあるってどういうこと!?」
「可愛くて構いたくなるってやつ?水上もそんなことあらへん?」
「ありませんわ」
「ほんま?おかしいなー」

首を傾げるイこさんは無自覚。凄く酷いと思う。
うちはそうやってイコさんにぐちゃぐちゃにされた頭を手で綺麗に戻していく。
お兄ちゃん以外に男の人に撫でられることがあんまりないから凄くどきどきして……それがばれないように自分の髪を梳いていく。
胸の中が温かくなって……うちはイコさんに撫でられるのが凄く好きなんや。

うちの気持ちを知っているのかお兄ちゃんの目が冷たい。
五月蠅い、あほ。こっち見んといて。
睨めば視線を手元にあった落語に移した。
何も言わなくてもできた兄やなぁと思う。
うちはそんなお兄ちゃんも好きなんやけど――……

「そういえばこの前ランク戦した子も小さくて可愛かったなー。アキちゃんと同い年ちゃうん?」

うちは裏表のない天然気味なイコさんが大好きなんや。
そしてイコさんの大好きなところでうちはいつも勝手に一喜一憂してしまう。勝手に喜んで勝手に傷ついて……。
お兄ちゃんが小さく溜息をついた。そんな気がした。


◇◆◇


「人の恋愛はやっぱりむず痒いな」

そう声を上げたのはお兄ちゃんだった。
割と言葉は選んでくれているみたいだけどさっきから見ていたやりとりに突っ込みたいところがあるらしい。
分かってるから言わんといて。
こっちだってお兄ちゃんに自分の恋愛見られてるの恥ずかしい。
だけど仕方ないやろ?うちだけ生駒隊のメンバーじゃないからイコさんとたくさん一緒にいられるのってここだけやもん。
お兄ちゃんに会いに来るのを言い訳にして来るしかないやん。
そう言ったら「それがあかんのや」と言い返された。お兄ちゃんが言わんとしていること分かるけど直接言葉にするの覚悟がいるんや。

「イコさん天然やから自分に向けられ取る気持ちはっきり伝えんと気付かへんよ」
「分かっとる」

好きなものを好きっていうのは簡単。だけど好きな人に好きっていうのは勇気いる。
イコさん真っ直ぐ見てくるしかっこいいし見てられへん。
だけど伝えるってほんまにほんま、エネルギーかなり使うねん。
イコさんが可愛いって言ってくれるの嬉しい。
イコさんが撫でてくれるの嬉しい。
好きになって欲しい。
そのために行動しなくちゃあかんの分かってる。
だけどなかなか動けない自分がいるんや……。

「まぁ、あまり気張らんとき」
「うん」

お兄ちゃんのアドバイス。空回りしても仕方がないって言いたいんやろ?
分かってるよそんなこと。だけどイコさんのこと考えると心臓の音が激しくてうるさい。好きだって伝えたくて先へ先へと心が急かす。なのにうちがそれを抑えるように踏みとどまってしまうんや。
どうやったら伝えられるんやろ。


◇◆◇


生駒隊の作戦室をノックする。

「お兄ちゃんおるー?」

返事を聞かずに部屋に入ればそこにはイコさん以外誰もおらんかった。
ジャンジャンなっているギターの音が止まる。

「水上なら今おらんよ」
「そうみたいやな……イコさんごめんなさい。ギター邪魔して」
「気にせんでよか、寧ろ誰も聞いてもらう人おらんから寂しかったところや」
「ふーん、それならうち聞いていってもいい?」
「ほんまか!?腕が鳴るわ〜」

言うとイコさんがノリノリで歌い始める。
ギター上手いことにびっくりした。歌もかっこいいしヤバイやん、これ惚れてしまうやつやん!……いや惚れてるけど。
うちは椅子に体操座りで座り込む。お兄ちゃんおらんから行儀が悪いって注意する人おらんしいいやろ。
顔が見られんように足に顔を近づけて曲に聞き入ってるふりする。

イコさん、好きやなぁ。

口には出せないかわりに心の中で何度も言う。
イコさんイコさん考えてたらなんだか恥ずかしくなってきて顔を上げるタイミングが分からなくなった。
気づけば曲は終わっててイコさんが「どうやった?」って聞くからうちは慌てて顔を上げた。

「イコさん凄くかっこよかった!」
「ほんまか?惚れるやろ?」
「惚れるわ」
「俺も隠岐に負けずモテる時代が来たわ」

嬉しそうに言うイコさんの言葉を聞いて血の気が引いた。さっきまでイコさんのこと考えて熱かった身体もだんだん冷たく感じた。

「イコさんモテるの嫌やなー……」

いつの間にか呟いた言葉にイコさんが真面目に反応する。

「なんで嫌なん?男やったら女の子にモテるのは夢やろ。
……!もしかして俺のギターの腕まだやったんか!?」

コロコロ変わるイコさんにそんな事あらへんってはっきり答えたい。
ギター上手いよ?だけど素直に言うのを戸惑う自分が嫌やった。なんだか気持ち悪い。

「そんなことない。イコさんギター弾いてるのかっこよかった」
「せやったら何でそんな顔で言うん?」
「それは――」

答えられなくてうちは再び顔を抱えている膝に隠すように伏せた。
面白くないなんて言えるわけないやん。

「どないした?」

上からイコさんの声がする。
頭がぐちゃぐちゃ撫で回されてふらつく。
だけどうちは顔を上げようとはしなかった。いや上げたくなかった。今の顔見られたくなかったんや。

「どうもしてへん」
「嘘やろ?」
「嘘やない」
「アキちゃん頭撫でたら嬉しそうに笑ってくれるやん」

なんだ……うちが頭撫でられるの喜んでたの知ってたんや。
そういうところはちゃんと見てて分かってくれてるんや……なのになんであともう一歩ってところで気づいてくれないんやろ。
……それも我儘なんかな――気づいて欲しかったらはっきり伝えないといけないんだろう。
お兄ちゃんに言われた言葉を思い出す。

「顔上げてくれんと困るわ。俺アキちゃんがはにかんでるの見るの好きやねん」
「好――!!?」

不意打ちを喰らって反射的に顔を上げてしまった。
うちが顔を上げたことにほっとしたのかイコさん笑ってくれたけどその後に「顔赤いけどどないした?」って首を傾げながら聞いてくるのマジでないわ。
なんやねんこの天然。あかんやろ。かっこいいやろ。ただでさえ好きなのにもっと好きになるやろ。

「イコさんずるい」
「俺なんかしたか?」
「したわ!そんな……好きとか言うたら女の子惚れてしまうやろ!?他の女の子にしとらんよね!?」

こうなったら勢いだ。イコさんに他の子にはこんなこと言わないように念をおしとこう。
詰め寄るうちにイコさんは「まだしたことないわ」と答えてくれた。少しほっとしたけどまだってことはこれからやっぱりする予定あるんだよね?……イコさんに好きな人ができたら当たり前のことだけどそれを考えると胸が苦しくて仕方がない。

「ほんま迂闊にそういうことやらんといて下さい。女の子惚れさせたらイコさん責任とらんといかんですよ」
「女の子に好かれるんなら嬉しいやろ?喜んで責任とるわ」
「なら責任とってください!」

突然静寂が襲ってくる。
今自分で何て言ったのか思い返してみる。勢いに任せて言い過ぎた。うち、あほやないの!?信じられんわ……穴があったら入りたい……。

イコさんから何も返事が返ってこない。恐る恐る見てみたらきょとんとしてるイコさんの顔があった。
……もしかして分かってないんやろうか?嘘やろ。

「うち、イコさんのこと好きやねん」

勇気を振り絞って言った言葉は自分でも驚くくらい小さかった。
聞こえた?ちゃんと届いた?
不安が襲ってくる……なんでもいいから答えて欲しい。

「俺もアキちゃん好きやで?」

何を今更って感じで言うイコさんの顔を見てうちは驚愕した。
うちがどういう意味で好きって言ったのか……もしかしなくても解釈間違われてる?信じられへん。あんなに女の子にモテたいって言ってたのに女心分かってないなんて!……なんとなく察してはいたけど!そういうのもイコさんらしくていいとも思うけど!今はない。絶対にない!

「イコさん分かってます?」
「ん?」

首を傾げたイコさんを見て確定した。
イコさん私のこと女の子として見てくれてないんだ……。
お兄ちゃんの妹だから同じ感じで見てたんやろうか?……なんだか想像がつく。それ一番きついやつじゃない?
チームメイトの妹としか見れない?女として見れない?恋愛対象として見れない?どれなんやろ。
自分は恋愛対象外なの?それとも嫌いって言われてないから頑張ればなんとかなるの?分からん、これは一体どれに当てはまるのか分からんわ……。

「イコさんのあほ!!」
「いきなりどうしたん!?」

うちは思いっきり立ち上った。
あんなに心臓がばくばくしていたのが嘘みたいに頭が冷静になる。
ほんまにイコさんにははっきりしないとあかんわ。
うちの言い方が悪かった?それまでの流れが悪かった?
ならもう一度ちゃんと伝える!
ちゃんと女として見てもらえるまで伝えるわ。
女として見られてちゃんと返事を貰えるまで何度も何度も伝えるわ。
だってイコさん気づいてくれないんやもん!
臆してる余裕なんてあらへんかった。
だから、うち頑張れ!!

「イコさん!」
「な、なんや!?」
「うち、イコさんが――」

めっちゃ好きやねん。


20171009/2周年記念


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