空閑遊真
死が二人を分かつまで


「アキって年の差恋愛は気にする方?」
「え」
 何の脈絡もなく投げかけられた質問に思考が一瞬停止した。この手の話題が得意ではないということもあるけど何より、目の前にいる彼が恋愛ごとに関心を持つとは思ってもいなかったからだ。
 ボーダー本部のラウンジで遊真くんと出会った私達はお互い向かい合わせになるように座って談笑していた。ころころ変わる話題はボーダーのことや学校のこと。先程まではクラスのことや、もうすぐ私の誕生日がくるという話をしていた。そして冒頭に戻る。
 遊真くんの癖なのか、彼はいつも相手を真っ直ぐと見つめるところがある。
 何かを見通すような瞳に身体をガチガチにさせていたのは最初の頃だけ。年齢の割に幼い風貌と遊真くんが持つマイペースさのおかげでなんとなく緊張感がなくなった。
 それでも真っ直ぐに見つめられるのは気恥ずかしくて、でも目を逸らして一方的に見られるだけの方がもっと恥ずかしいことに気づいた私は彼が話す時はちゃんと見返すようになった。
 おかげで真っ直ぐ向けられる眼差しに少しだけ耐性ができた。はずなのに、どうしよう。その瞳に捕らわれたようで目が離せない。どくどくと脈を打つ心臓の音が大きくなっている気がする。まるで翻弄されているようで恥ずかしい。……私の方が年上なのにな。
 そっと小さく息を吐いて吸い込んだ。
「気にしないけど」
 気取られないように返事をしたつもり。いつもより声が硬い気がするのはただの気のせいだと思いたい。
 私が変な緊張感に襲われているとは知らない遊真くんは未だに私を見つめたまま。でも少しだけ頬が緩んで目元が優しくなったから、私はほっと胸を撫で下ろした。
「いきなりどうしたの?」
「ん、言ってなかったか?」
 言葉を聞く限り誰かとまたは何かと混同しているみたいで、きょとんとしている遊真くんは外見のせいで実年齢よりも幼く見えた。少し微笑ましくなる。
「この前テレビで年の差結婚についてやってたんだ」
「う、うん」
 一回り位離れた芸能人同士の結婚。周囲に好意的に受け止められ祝福されている様子がメディアに流れたのは記憶に新しい。
ファンではないけれど胸がほっこりするくらいには嬉しかったし友達と一緒に喜んだ。
だから遊真くんも同じなのかなって思ったけども、そうではないらしい。
「同じ年の差でも結婚していない成人と未成年はダメなんだろう? なんで?」
「え、えっと……」
 首をこてんと傾ける姿は可愛らしいのだけど反対に質問内容は可愛くない。純粋な疑問をぶつけられてもなんと答えればいいのか悩んでしまうのは私が恋愛ごとに疎いのと同じくらいにその手の事情をよく知らないからだ。
「子どもを守るために、節度をもったお付き合い。ということじゃないかな」
「ん――未成年同士のキスは良くて片方が成人になるとダメなのは何で?」
「……ダメでは――」
「ないの?」
ぐいぐい来るのにあわせて目が訴えてくる。一瞬、息が止まった。
「ないと思うよ」
「じゃあ、なんでテレビのはダメだったんだ?」
 今度はどれのことを言っているのだろうか。見当がつかない。
 遊真くんは数度瞬きをする。私が何のことか分かっていたのを察してくれたようで、私が尋ねるよりも早く概要を説明してくれた。
 先日、年の差恋愛を題材にしたドラマが放送されていたらしい。
 男子中学生と女子高校生の恋人達と、成人男性と女子高校生の恋人達。
 前者は友人達に応援されて幸せそうな様子を描かれていたのに、後者は「真剣に愛している」と言い合ったのに男性のみが断罪され散っていく様子が描かれていた。
 世間に許される組がある一方で許されなかった組がある。その違いがなんなのか。
 考えた結果、成人と未成年という組み合わせしか分からなかったと教えてくれた。
「どっちもキスまではしているのにどうしてあの二人は駄目だったんだ? ねぇなんで?」
 前のめりになるような勢いで遊真くんは問う。なんで、どうしてと疑問を口にするのは知りたがりの子どものようなのに、目が、それだけではないと告げているような気がした。
「お互いが真剣じゃなかったからかな」
「そうなのか? うむ、ドラマだと真偽がよく分からないな」
「??」
 遊真くんが言っていることはよく分からない。だけど普段、悟りを開いているかのように人の言葉を見抜く力を持っているのに……その様子はなんだか珍しい。それでいてとても新鮮で、なんというか――。
「可愛いな」
「何がだ?」
 思ったことの一部が漏れてしまい、身体の熱が一気に上昇する。
 以前、「可愛い」と言ったら「ありがとう」とも「でもカッコ良くもなりたい」って言われたの思い出す。
 カッコ良くなりたいという言葉を聞いていたのに、可愛いって……もう少し相手のことを考えようよ。自分にがっかりする。
「あ、そうじゃなくて、って、そういうわけでもなくて……あのね、遊真くん」
「うん。でもおれ、アキの方が可愛いと思うぞ」
「へ?」
 いきなりそんなこと言われても、というよりも、そういう流れだったかな? 一体何が起こったのか分からなくなる程、顔が熱くなる。
 可愛いなんて言い慣れていないから。だからきっとそうなんだ。
 ふと脳裏に私が「可愛い」って言った時の遊真くんの反応が過る。遊真くんは受け入れて自分の気持ちを伝えてくれたのに、私は何をしているのだろう。
「あ、りがと……」
 遊真くんを見習って――私の気持ちを伝える。
「ごめんね」
「どうして謝るの?」
「あまり言われたことないから慣れてなくて。焦っちゃう」
 私の方が年上なのに情けない。その意図を汲み取ってくれたのかは分からない。遊真くんは天真爛漫な顔を私に向けた。
「そうか。じゃあおれで慣れてくれ」
「え」
「あ、間違えた。おれだけに慣れてください」
「え」
 他の言葉を忘れてしまったかのように口から何も出てこない。それって、つまり、どういうことなのだろう。
「アキって何考えているのか分かりやすいよな」
 遊真くんは席を立ち、ぐいっと近づいてくる。私が座ったままだからか初めて遊真くんの視線が上から降り注ぐ。顔が、上手く見えない。
「い、いきなり何を……」
「いきなりじゃないぞ? おれ、ずっと前からアキが一番可愛いって想ってた。言ったのは初めてだけど」 
 こんな至近距離でも遊真くんの目は真っ直ぐで、きらきらとした眼差しを向けてくる。拘束されているわけでもないのに私の身体は動かない。ただ心臓だけが激しく音を鳴らしている。
「それでアキは年下のおれは好き?」
「……」
 これはつまりそういうこと、だよね? 
 混乱している私をよそに遊真くんは更に畳みかけてくる。
「おれはアキが好き」
 遊真くんの息が私の髪を撫でる。
「もう少し待とうと思ったけどおれが十八歳、二十歳になる時までにアキの隣に誰も近寄らないとは限らないもんな」
「……誰も近づかないよ」
「おれが今隣にいるだろ?」
「そ、れは……遊真くんだからで」
「ふむふむ、嬉しいな」
 上手く返事ができていないのに遊真くんの目元が、頬が、口元が緩む。
「おれの身体はあげられないけど、おれの気持ちをあげる」
 
 ――だから、ずっと一緒にいてもいいか? 

 その声に私の胸は酷く締め付けられた。


20190510


<< 前 | |