空閑遊真
空閑遊真は先輩の務めを果たしたい
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玉狛支部には近界民がいる。
玉狛の白い悪魔と言われる空閑遊真は近界民であり、
その事を知っている者は極一部である。
空閑にとって玄界の常識は驚きと苦労の連続だった。
なかなか慣れることができない空閑のために、
友人であり自身の隊の隊長である三雲修をはじめとする玉狛支部の人間のおかげで、
なんとか過ごせるようになった。
たまに常識はずれな行動を起こすこともあるが、
今は随分と馴染んだように思う。
ここまで馴染むことができたのも、
三雲達が…そして玉狛だけでなく、本部の先輩たちが、
熱心且つ丁寧に教えてくれたからだ。
有難いことに彼等は面倒見が良かった。
そして後輩に対して優しいを通り越して甘やかすことも多々あった。
こちら側の常識だけではない。
ランク戦などボーダーでの過ごし方だけではない。
一緒にご飯を食べに行ったり、遊んだりと、楽しいことばかりだ。
彼等に貰ってばかりの空閑は、皆にお礼と称して返そうとしたこともあったが、
皆口をそろえて「気にしなくていい」、
「後輩なんだから先輩の厚意に甘えとけ」、
「お前に後輩ができたらそいつにやってやれ」、
「僕たちは友達なんだから当然じゃないか」と返された。
自分達は恩を返してほしいわけではない。
もしも空閑がそれに感謝をしているのならそれを次の世代にして欲しいと言って、
受け取ってはくれなかった。
先輩たちがそう言うのであれば仕方がない。
空閑は彼等の想いを受け取り、
この恩はいつか来るその時に返す…と胸に刻んだのだ。
そして、そんな空閑に最近後輩ができた。
玉狛支部で居候をし始めた神威アキ。
彼女はこちら側の世界に来たばかりの近界民である。
アキがこちら側に来た理由は簡単に言うと亡命。
運良く玉狛に保護された彼女はそのまま玉狛に住むことになった。
アキがいた国と玄界はやはり異なるようで、
あちら側とこちら側のルールの違いや文化の違いに戸惑っていた。
そんなアキを見ると、
自分がどれだけ周りに助けられていたのかが分かる。
三雲や玉狛の皆、ボーダーの先輩たちに受けた恩を返せるのは今なのだろう。
なのに…
「神威、字を間違えてるぞ」
「アキ。たべるときはいただきますというんだぞ」
「ちょっとアキー。作るの手伝ってよ!」
空閑の時と同じように周りの後輩への接し方は強固なものだった。
「むむむ、つきいる隙がありませんな…」
面白くないとぶーぶー言う空閑。
残念ながら彼のこの独り言に突っ込む者は誰もいなかった。
「遊真どうしたの?」
最近少し不機嫌そうな空閑にアキは尋ねた。
同じ近界民出身という事もあり、
二人が仲良くなるのは早かった。
いくら玉狛の皆が面倒見がよくても、
彼女から話しかけるのは空閑だけだ。
だから不思議に思ったことを素直に言葉にしたのだ。
「うむ。アキにつけいる隙がなくてコマッテイマス」
「つけいる?」
つけいるとは確か相手の弱点や隙を巧みに利用するということだったはずだ。
…自分には何か弱点があるのか。
理解できないとアキは首を傾げるしかなかった。
「うん。皆に先越されてる。
おれも先輩なのに悔しいぞ」
「遊真、悔しい?なんで??」
「アキに先輩らしいこと何もしてない」
「先輩らしいこと?」
「おれは皆にこちら側のルール教えてもらったぞ。
お金の使い方に、字の読み書きにだろ。
あとは先輩は後輩の面倒をみて、ご飯奢ったり甘やかすというのも教えてもらった。
だけどおれアキに何もしてない」
玄界の上下関係事情というのはそういうものなのかとアキは思った。
ここで一つまた玄界の事を知ったとアキは唸る。
…これも先輩が後輩への指導に入るのではと思うわけだが、
空閑から言わせるとこれはノーカウントらしい。
なかなかに難しいものだ。
「私は遊真に先輩してもらってるよ?」
「む?」
そんな覚えはないと空閑は首を傾げた。
サイドエフェクトが反応しないので、
アキは本気でそう思っているらしい。
いつそんな場面があったかと空閑は思い出そうとするが該当する記憶はない。
思いつかないと言う空閑にアキは言う。
「遊真がいたから私は皆に受け入れてもらえたよ」
「玉狛はもともと近界民に優しいぞ?」
「それでも遊真がいなかったらここにいられなかったかもしれない。
迅さんに聞いた。
ボーダーには近界民の事恨んでて受け入れるのを拒否する人もいるって。
だけど遊真が最初に頑張って信頼を得た。
だから私がここにいるのは遊真のおかげ」
「ふむ、迅さんが…」
迅に聞いたということは迅はこの未来が視えていたということだろうか。
なんだかしてやられた感じがする。
「頼りになってるよ。えっと…せんぱい?」
アキの言葉に嘘はない。
本当に頼りにしているようだが、
無理矢理言わせた感じがしてなんだかモヤモヤする。
アキの本音の言葉にまだ腑に落ちないと言う空閑にアキは思いついたように言う。
「私、小南せんぱいにカレーの作り方教わったの!
遊真に食べてもらいたい!!」
「おぉ…!コナミ先輩のカレーはおれの大好物だ!」
「うんっ!
いつもお世話になっているせんぱいにお礼!」
「それは嬉しい役割だな!」
嬉しそうに言うアキにつられて空閑も嬉しそうに笑った。
そして後日、空閑は気づく。
食べ物に釣られて流されたことに――。
先輩の威厳も器もまだまだだと思い知ったのだった。
20161026
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