迅悠一
世界覚醒10秒前


※単行本未収録話ネタバレ注意。
※成り代わり要素在り。


「早く、並んで並んで!」
「は〜い」

返事をしつつ余所見をしていたら誰かと肩がぶつかった。

「あ、ごめん」
「こっちこそごめん」

そう言うと彼は微笑む。その顔はどこかで見覚えがあった。
いや、今まで一緒にいたから彼のことは知っているんだけど、私が知っている彼を彼だと認識するのに時間が掛かった。
ぼさっとしている私に違和感を感じたのかいつものように彼……迅くんはわたしの腕を引っ張る。

「真都ちゃん早く並ばないと怒られるよ」

迅くんが視線で指すから私もつられて見る。
カメラがある。
脚立で調整しながら角度とかいろいろあわせているから早くフレーム内に入れと指示を飛ばしてくる。
そうだ!今はボーダー設立の記念に集合写真を撮るんだった!
わたしが思い出すのと同時に迅くんの引っ張る力が強くなってしゃがんだ。

「集合写真の最前列ってちょっと緊張する……」
「そう?」

何とも思っていないのだろう。迅くんはいつもと変わらない顔だ。
なんだか狡い。
カメラの方から「10秒後!」という声が聞こえてきたのでタイマーをセットしたのだろう。
慌てて自分もフレーム内に入ろうとする大人とノリのいい奴等がカウントダウンを始めた。

「10」

「早く早く」と呼びながらわたしはいつもの日常を噛みしめる。
そしてここから始まるんだと胸が躍るのが分かる。

「9」

記念だから少しでも可愛く映るようにと意識してカメラに目線を合わせる。

「8」

カウントダウンする度に胸が高鳴るのは写真を撮るからだけなのか。
多分それだけではない。右隣にいる迅くんの顔を見ようと思ったけど止めて、先程引かれた右腕の熱を思い出す。

「7」

迅くん。
わたしの知る迅くんは中学二年生で少し……ううん、大分マイペースな少し変わった男の子だった。

「6」

迅くん。
あれ、どこかで聞いたことある名前だ。
どこで聞いたんだっけ?

「5」

頭に浮かんだのはサングラスを掛けた男の人。
そうだ、私はさっきそれで混乱して……。

「4」

私はその男の人を知っている。
どこで知ったんだっけ?

「3」

その男の人はわたしの知っている迅くんに少し似ていて……。
私は答える。
だって彼は迅悠一だもん。

「2」

左隣の男の子が耐え切れなかったのか大きな欠伸をする。
逆に私は覚醒したのか先程まで認識できなかったわたしの知る迅くんと私が知っている迅悠一がイコールで結ばれる。

「1」

え、隣にいるの迅さんなの?
夢なの、そうじゃないの?
動揺した私は思わず自分の右隣りを確かめた。

「あ……」

シャッターが鳴る。
その瞬間、いろんな情報が頭の中に流れ込んでくる。

「真都ちゃんどうしたの?変な顔」

私の視線に気づいて迅さんが私の顔を覗き込む。
真都ちゃんって誰さ。私の名前アキなんだけど。
わたし、真都は驚いて顔が熱くなるけど逆に私、アキは混乱を通り越して冷静になった。
おかげで体温はプラマイゼロで平熱。身体に異常はない。頭は大分アレだけど。
とりあえず迅さんが指摘してくれたぽかんと空いた間抜けな口を私は閉じる。
夢か現実(トリップor転生)なのかはよく分からないけど……冷静に、至極冷静に結論から述べる。

ここワールドトリガーの世界だよね。


20180617


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