出水公平
好きの訴え


 胸がいっぱいになるのは想いがたくさん詰まりすぎるから。余裕がないから苦しくなるのだと思っていた。
 彼のことばかり考えるようになって胸がぎゅうと軋むような感覚に好きなんだと自覚してからが始まりだった。意識すればするほど想いが胸の中に押し込まれる。「好き」が納まりきらなくなって口からぽろりとこぼれてしまった時は自分の気持ちを知られたことが恥ずかしかった。彼とどうなりたいという未来・希望は描けていなかったというのもある。まだ求めてもいなかったのに……その先に続きがあることを知らなかった。訪れた続きに考えることもできなくて無意識に「好き」だけが溢れた。
 彼、出水公平と付き合うことになって胸苦しさはなくなるのかと思ったけどそんなことはなかった。
 見つめ合えば心臓が大きく音を奏で返事をする。彼の瞳に映る私の姿に熱が上がった。
 手を繋げば胸が躍り、届いてきた声に擽られた。
 抱きしめあえば聞こえてくる彼の心音に一つになろうと鼓動があわせだして隣からの香りに酔わされる。
 それから――。
 恋人の余裕なんてものはない。どんなに一緒に過ごしても私は公平を好きになるばかりで胸がいっぱいになる。私の許容を超えているのにまだ行けると、想いが更に胸の中へ入り込もうとするからぎゅうぎゅうになって悲鳴が上がる。私はその度に苦しいのに目の前にいる公平は今日も涼しげな顔でかっこいい。私がどんな状況なのか分かっていないに違いない。
「公平ばかりずるい」
「何が?」
 公平の部屋で二人っきり。テスト勉強をするために設置された小さなテーブルにノートを広げていた。顔を上げれば一番最初に映るのは相手の顔。近すぎる距離に緊張していたのは私だけなのだろうか。唯一残っていた真面目さが遂に手を止めてしまう。そして公平を見る。彼の瞳に映る私は頬を膨らませていた。子供っぽい仕草に慌てて顔を整える。いや、今から不満を伝えるのに綺麗な表情にするのはどうなんだろう。うーんと眉間に皺を寄せる努力をしていると公平が笑い出す。
「お前の顔忙しいなー」
「忙しくない。ん、やっぱ忙しい、主に心が!」
「何かあった?」
 落ち着かせようとしてくれているのか。話を聞く態勢を整えて優しく覗き込んでくる公平にまた好きが溢れる。
 そういうところだよ。
 言うと公平がきょとんとする。無自覚なのか。そうなんだろうな。素で公平はかっこいいのだ。
「私ばかりが公平を好きで不平等」
 いつも振り回されている。なんとかして欲しいと不平不満を口にすれば、何かを噛み締めるように公平が抱きしめてきた。首元に公平の頭がすっぽり納まったのを感じて鼓動が早くなる。この音を聞かれているのだろうか。そう考えると心臓がより大きな音を立ててくるから胸が痛い。
「……私の話聞いてた?」
「聞いてた。お前がおれのことすげー好きだってことだろ? おれも」
 公平が私のことを好きでいてくれているのは知っている。でも、やっぱり……私の方がもっとずっと好きなんだ。だっておれも、の後には続きがなかったから。
「うそ。絶対に私の方が好き。譲れない」
 いや、譲れないってなんだろう。自分の口から洩れる言葉に突っ込んでいると心臓がギブアップ宣言をした。これ以上はもたないから離れようと動き始めたら公平の腕に力が籠められる。
「おれも。……少しでも一緒にいたいとかどうやってお前に触れようかなって考えてる」
 吐息のような言葉が私の耳を刺激する。背中を一直線に走るなにかが内から身体を震えさせる。首元の一点に熱が集まる。聞こえてきたリップ音は公平の言葉よりも大きく聞こえて、先程まで存在していた彼の腕から逃れるという考えがどこかへ消える。ただ今起こったことに意識が向く。
「どどど、うしてっ。恥ずかしい……!」
 心臓の跳ね上がり方が異常だ。抗議すれば公平が反論してくる。
「それはこっちの台詞だって」
 好きだと口にするのは恥ずかしい。言葉で伝えられないなら行動で……そう聞かされてそっかー公平も一緒なのか〜……なんて、素直に納得できなかった。それに、私が公平のことを好きで胸が苦しくなるのは変わらないような気がする。
「余裕が欲しい」
「――慣れるしかないんじゃねぇ?」
 頬に熱が。故意に音がたてられる。弾けるように反応すれば公平の顔は少し離れていて、お互いの視線が絡み合う。後頭部に手が添えられた。迫ってくる公平に最後まで振り回されるのが悔しい。
「じゃあ公平も慣れてよ」
 好きだと言って。
 意味が伝わったのか公平の頬は少し紅くなったけど口はすぐに開いた。
「好き」
 自分の言葉ごと喰いつくように唇が重ねられた。
 ずるい。
 公平は私に言葉を吐き出す余裕を与えてくれないのに好きな気持ちは与えてくれる。それに応えようとするから私の胸はいっぱいになった。


20200201


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