影浦雅人
猛獣使いと狼さん


噂を聞いてアキはヒヤッとした。
共有部の掲示板には、
噂が真実であることを示す文書が貼り出されていたいた。

『暴力行為により以下の隊員の所持ポイントの減点、
及びチームランクを降格する。』

そこには幼馴染である影浦雅人と、
彼が隊長を務める隊の名前があった。



「どういうことなの、雅くん!?」

会って早々、開口一番がこれだ。
面倒な奴に捕まったなと影浦は思った。


アキは影浦隊の元オペレーターであった。
戦闘員が優秀なことに加え、
的確に指示や補佐をするアキはオペレーターとしての実力は確かなものだった。
その評価を得、
影浦隊から新しく結成された若い隊へ異動したのはもう一年も前の事である。
そして、半年前くらいになるのか、
諸事情でオペレーターから戦闘員に転属するという、
冬島がエンジニアから戦闘員に所属した以来の異動は、
一部の間では有名な話だった。
オペレーターとしては優秀だったが、
戦闘員としてはまだまだらしい。
訓練生期間を終え、正隊員となっても、
順位がそこまで上がるわけではなく、
チームを組むわけもなく、
それでも地道にコツコツ努力を重ねていた。

…そんな矢先に、
影浦の暴力沙汰の話を聞いたら、
日課となりつつあった訓練を放り投げて、
当人を捜すのは無理もない話だろう。
少なくてもアキは知らないふりができなかった。
何せ、影浦が暴力を振るった相手は、
アキが影浦隊から異動した時のチームメイトだったからだ。

「私闘は禁じられているの知っているよね?
しかもトリオン体じゃなく生身でやるなんて…」
「トリオン体じゃ痛み感じねぇだろ」

どうやら影浦は相手を痛めつけたかったらしい。
ランク戦、模擬戦もそうだが、
相手が承諾しない限り戦闘は行えない。
それなら断りもなく生身でやり合った方が手っ取り早いというのが影浦の意見だった。
相当怒っている。
どうしてそんな事をしたのかと問い詰めたりはしなかった。
影浦は自分から手をあげたりはしない事をアキは知っている。
どうしてこんな事をしたか。
理由だって想像はついていた。


アキが移動した先のチームメイトは、
戦術や戦略を知らない若いチームだった。
連携をするのにコミュニケーション能力は必要不可欠だ。
年齢も同じだから、仲良くなるのは早いだろうと考えたうえでの配属だった。
アキもそれを理解した上で、
戦術に関して口を入れたりしていたのだが、
彼等はそれを受け入れなかった。
オペレーターなんだから、
自分達が求めている情報の提示だけしてくれればいいとか、
自分達が求めている指示だけが欲しいとか、
そんなのばかりで、
自分達に都合が悪い指示、意見は聞きもしなかった。
最初はそれでも勝っていたのだ。
だが、B級のチームというのは中位からは戦術なしで勝ち進んでいくには難しい。
そこから勝てなくなった彼等はアキがオペレーターとしての仕事をちゃんとしていないからだと言い出した。
以前所属していたチームで上位にいけたのは
隊員に恵まれていたからだとも言われた。
確かに影浦隊の皆は自分の強みを理解していたし、
それにあわせた戦闘スタイルを持っていた。
アキが彼等のスタイルを理解して指示を出すし、
彼等もアキに信頼を寄せていたから、
順位を上げていったというのはある。
自分だけの力じゃない。
皆の力があったからだ。ということもアキは理解している。
オペレーターは任務が上手くいくこともそうだが、
皆が生きて帰ってこれるようにサポートするのが仕事だ。
アキはそれを誇りに思っている。
しかし彼等には前線に出ないお気楽な仕事だと言い、
現場のことが分かっていないからあんな指示を出すのだと言う。
そこまでいってしまえば、もう改善することは無理だった。
自分が気に食わないならそれでもいい。
でも、オペレーターを無下にするのは止めてほしい。
戦術はちゃんと身につけてほしいと伝えたところ、
俺達より弱いくせに生意気言うんじゃないと言われ、
アキが所属していたチームは解散した。

悲しかった。
悔しかった。

そんな胸が張り裂けそうな想いは初めてだった。

それからアキが戦闘員への転属を希望した。
彼等の言う通り自分は何も分かっていない傲慢な事ばかり言って、
戦闘員の目線で見れば、少しは彼等の事を理解できたのではないか。
そう考えた故だった。
運よくトリガーを使う才能があったことで、戦闘員への転属は叶った。

訓練生から正隊員になったところで、
アキは再び彼等と言葉を交わすことになった。
本当に戦闘員になるなんて馬鹿じゃないのかと笑われたが気にしなかった。
それよりも未だ戦術の大切さが分かっていない彼等に不安を覚えたくらいだ。
正隊員になって日は浅いが、
それでも伝えられる事はあるはずだ。
アキの助言は彼等にとって気に食わないものというのは変わらないらしい。
そういう事は俺達に勝ってから言えと言われ、
半ば強制的にランク戦を続け様に行った。
実技経験が少ないアキが彼等に勝つことはできず、
口ばかりと罵られ、
更に、いいポイント稼ぎだと目をつけられボコボコにされていたのは、
影浦が暴力事件を起こす少し前の事だった。


「もう、こんなことしないで」

余計なことはするなと言うアキの言葉。
しかし影浦は自身のサイドエフェクトによる不快感は感じていない。
が、苛立っていた。
サイドエフェクトなんて関係ないところで不快に感じていたのだ。
「クズに調子づかれるのがムカつくんだよ」
そしてこういう時に一人で解決しようとする頑固な幼馴染と、
その時、何もできなかった自分に腹を立てた。
長年の付き合いが故か、
影浦はアキに少し過保護なきらいがある。
それを自覚しているアキは、
今回の件は自分のせいだという事は容易に想像がついた。
影浦はいい人だ。
だからこそ余計に影浦が罰を受けるのが許せなかった。

「雅くんはそれで気が済むかもしれないけど、
隊の皆にも被害被るんだよ?申し訳ないでしょ」
「あ?なんでお前が俺の隊の心配なんかしてんだよ」
「だってB級降格だよ!?
私のせいで雅くんが悪く言われたら…」
「俺が気に入らないなら隊を抜ければいいだけだろ。
別に抜けても痛くも痒くもねー」
「嘘はよくないよ」
「ケッ」

不貞腐れる影浦にアキはため息をついた。
暴力事件はやはり自分が原因だった事に罪悪感を感じるのと共に、
幼馴染のためにやり方は良くないが怒ってくれたことに対し、
アキは少し嬉しかった。
影浦が持つサイドエフェクトは知っている。
自分がどう思っているかも伝わっているのだろうが、
それでもやはり、口に出して伝えたいとアキは思った。

「雅くんの気持ちは嬉しかった…ありがとう」

伝わってくる感情と相違ない言葉に、
影浦はわざと悪態をついてみせた。
こういう感情は少しむず痒いのだ…。

影浦のその行為自体はよくないが、
ちょっとスカッとしたとアキは言う。
本当は辛くてしょうがなかった。
それを口にしなかったのはアキの意地だったのかもしれない。
胸の奥から込み上がる何かにアキは泣きそうになる。
誰かに甘えたい。
そんな想いが影浦に突き刺さり、影浦はちょっとだけ身構えた。
ただこの女…アキは、
期待を裏切るのが上手いらしい。
「私、雅くんに迷惑掛けないように強くなるから」
この言葉を聞いた時、
自分に刺さっていた感情なんてものが気にならなくなっていた。
「お前、全然分かってねーな」
「え、何?」
アキの忍耐力を影浦は舐めていた。
そうだ。こいつはこういう奴だった。
煩悩を振り払うべく、
影浦はスタスタ歩いていく。
その後をアキは小走りでついていく。

一緒にいれて嬉しいなーというアキの想いも、
影浦の先程打ち砕かれた期待に比べれば痒くもなんともなかった。
なにせアキは何も分かっていないのだ。






「アキ先輩ならしょうがないですね」
「寧ろ、僕は納得しました」

後日、影浦隊のメンバーに今回の件で謝罪をしに行った時にアキは皆に言われた。


「アキ先輩ならしょうがないですね」
「寧ろ、カゲさん何してるんですか」

ここで噛みつかないのは如何なものか…と、
今回のアキのやり取りを知った隊員達は容赦なく影浦に言い放った。

その後、キレタ(八つ当たり)影浦のせいで、
影浦隊でランク戦?が勃発したのだが、
それはまた別の話である。


20150719


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