それぞれのハロウィン
祭りの裏側で


――ハロウィンってこんなにも凄まじいものだった?

アキは眉間に皺を寄せた。
ボーダー本部では仮装した隊員達で溢れかえっていた。
玄界から離れて四年半…。
その間にこんなにもハロウィンが流行するとは思っていなかった。
おばけ、魔女、カボチャの被り物、何かのキャラクターもの、
見てて可愛いものから視覚的暴力のものまで様々だ。
仮装とかしなさそうな人間のために、
トリガー起動すればもれなくハロウィン仕様のトリオン体に換装するらしい。
いい迷惑だ。
目の前で、三輪がドラキュアの格好をしていて物凄く不機嫌そうにしている。
それを米屋(狼男)が引き摺っているのを見て同情した。
しかもこのトリガーの厄介なところは自ら解除できないようになっていることだ。
エンジニアの無駄な徹底ぶりに怒りさえ覚える。
どうして自分はトリガーを起動してしまったのかとアキは後悔していた。
せめてこの光景を先に見ていれば…いや、過ぎた事はしょうがない。

「で、迅はそんな恰好で何の用?」
「やだなー俺も一応被害者だよ?
起動したらこうなってたんだよねー。
折角アキとお揃いなんだし一緒にいる方がそれっぽくない?」

隣にいる迅は執事の格好をしていた。
迅が執事。
見た目は様になるかもしれないが中身は全然人に尽くすような献身的姿勢が見えないので、
アキ的には似合わないの一言に尽きる。
そしてアキは侍女……所謂メイドの格好になっていた。
クラシカルなロングスカートバージョンだ。
最後にスカートを着用したのは中学生の時…つまり近界に攫われる前の事だ。
それ以来のスカートに違和感を感じ、しかもロングで邪魔。
そして自分には似合わない事が分かっているので気持ち悪くてしょうがない。
自分の姿を見て笑った奴の気持ちも分かるがムカついたので斬り捨ててやった。
お菓子をくれなきゃ悪戯する?
やれるもんならやってみろという奴だ。
「胡散臭さが上がったわね」
「えーメガネくん達は格好いいって言ってくれたんだけどなー。
うちの後輩達、皆可愛いんだよ。
メガネくんがヴァンパイア、遊真が狼で千佳ちゃんが魔女」
「遊真も参加してるの。
アイツ大丈夫なの?ハロウィン」
「大丈夫、大丈夫!
狼はヴァンパイアと魔女と仲がいいから悪戯しないで二人のいう事を聞くんだよって言っておいたから」
「迅、それなんか視えてて言ってない?」
「視えてないよ。
第一ちゃんと読めていればアレを目撃するルート歩かないから」
「それは…そうね……そうして欲しい……むしろ視えて回避して欲しかったわ……」
二人は既に視覚的暴力の塊であるとある男を目撃している。
コスチュームはランダムだという事らしいが、
あれにも悪意を感じた。
しかも本人がそれを気にせず歩き回っているから性質が悪い。

「で、今日はハロウィンなんだけど」
「知ってるけど何?」
「俺達の仮装も、まぁ…こんな感じだけどさ、街も凄くてね。
ボーダー隊員の格好したり、近界民(トリオン兵)の格好したり……」
「それは……センスを疑うわね」

皆よくやるわ……とアキは感心した。
呆れを通り越して尊敬さえする。
そんなアキに追い打ちをかけるように迅は言う。
「それに便乗して基地にスパイが入り込む事もあって」
「……」
いきなり真面目な話になった。
迅の口調はいつもと変わらず、人に警戒させないような感じのままだ。
それにあわせてアキも神妙な顔にならず、
雑談でもするかのような態度のまま接する。が、
二人の姿は執事とメイド。
並ぶと仕事の話をしているようにしか見えない。
…実際に仕事の話しかしていないが。
「分かっているなら防げば良かったのに」
「いやー上が念の為に侵入経路を確認したいらしくて、泳がせる事にしたみたいでさー」
「こっちの情報が漏れたらどうするの?」
「それはアキがいるし」
「……」
つまり迅がアキについてくるのはそういう事らしい。
最悪を想定して、念の為に風間達も巡回してるからと迅は言う。
しかし、こんな仮装した隊員ばかりじゃどれが本物か見分けがつかない気がする。
……とアキが思っている最中、
目の前に隊服を着た男がこっちに向かって走ってくる……。
「迅、アキーそいつ頼む!」
そしてその後ろは王子様スタイルの嵐山が男の後を追って走ってくる。
いろいろ突っ込みたい事はあったが、
アキは反射的に足払いをして相手の態勢を崩し、
そのまま背負い投げをした。
「え、此奴?」
手ごたえなさすぎだとアキは呟く。
呆気なさ過ぎて唖然とするアキの元に嵐山が駆け寄ってくる。
「こちら迅、神威隊員が標的を確保しました」
「ありがとう。無事に捕まえられて良かった!」
「本当、こんなに分かりやすいのによくここまで泳がすことができたわね。
そっちにびっくりするわ…あと、嵐山それ違和感なさすぎ」
違和感とは勿論仮装の事である。
嵐山は恥ずかしがる素振りも見せずありがとうと爽やかにお礼を言う。
この男、素で此処まで言えるとは…嵐山の底が見えないなとアキは思った。
「迅とアキはお揃いか。なんか仲が良くていいな」
「いいだろ?」
「よくないよくない。
似合わないし、動きにくいし、いろいろダメージでかすぎ」
「そうか?可愛いと思うけど」
「……」
アキは自分の耳を疑った。
なんの事か分からず思考が停止する。
「あぁ…服、ね。服は可愛いわね……」
「?アキは可愛いぞ??」
「……!?」
言われない言葉に動揺する。
嵐山は真っ直ぐな男だ。
本気で言っているのだろう。
お前の目はどうなってるんだと言ってやりたいが、何故か言葉が出てこない。
隣の迅を見る限り、自分はいつもと違う表情をしているのだろう。
それだけは分かった。

「迅〜貰いに来たぞ〜」

雰囲気をぶち壊すように手を振りながら近づいてきたのは視覚的暴力の塊である太刀川だ。
三人とも咄嗟に目を逸らした。
「嵐山なんか様になってるな」
「ありがとうございます。…太刀川さんは……」
「嵐山、無理に答えなくてもいいわよ。
それよりこれあげるからさっさと消え…本部長のとこに行ったら」
アキは男を突き出す。
しかし太刀川から視線を逸らしたままだ。
「お、お前神威か!俺のと違ってちゃんと女に見えるな」
「太刀川さん、アキは女性です」
「そうそう。
あとネグリジェ姿の太刀川さんと一緒にしないで」
「なんかお前ら俺に対して酷くねぇ?」
太刀川の呟きは虚しく響いた。

目覚めた侵入者が目の前にいたネグリジェ太刀川を見て悲鳴を上げたのは余談である。


20151103


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