それぞれのハロウィン
悪戯したらアステロイド


アキはボーダー本部の廊下を歩いていた。
すれ違う人が皆、まともな格好をしているわけがなかった。
今日はハロウィン。
この時のためにエンジニア総出で全員のトリガーに細工を施していた。
それは正午以降トリオン体は自動的にハロウィンモード…仮想したものに切り替わるという仕掛けだ。
別に、仕事で疲れて鬱憤を晴らしたいから仕掛けたわけではない。
迅のサイドエフェクトにより、こうした方が良いとなっただけだ。
一隊員であるアキには詳しい事情は知らされていないが、
やれと言われればやるまでである。
そしてエンジニアは見事やり遂げた。
防衛隊員達だけというのも荒波が立つかもしれないという事で、
本日は職員も仮装するようにとお達しが出ていた。
なのでアキもトリガー起動で仮装していた。
衣装はランダム設定だが、そんなおかしな恰好になることはないはずだ。
似合うかどうかは別として。
休憩時間の間にアキは飲み物を買おうと共有ブースに入る。

「アキー!おまえどうにかしてくれよ!!」

駆け寄ってきた出水と唯我にどうしたのだろうかと首を傾げた。
「衣装解除できねーのかよ。なんなら違う衣装とか!」
どうやらハロウィン仕様のトリガーに文句があるらしい。
アキは二人を見る。
出水は海賊、唯我はゆるキャラふな○しーの被り物……そんなにおかしくはないはずだ。
「別に二人とも変じゃないですよ」
「いや、僕はもっと煌びやかでカッコいい衣装が!」
「唯我の格好はどうでもいいんだよ」
「出水先輩酷い!」
「お前より太刀川さんだよ、太刀川さん!」
「太刀川さん?」
アキは首を傾げる姿を見て、出水達は逆に苛立ちを覚える。
それくらいアレをどうにかしたかった。
「あの人これから単独任務だから〜とか言ってネグリジェ姿で歩き回ってるんだぞ!?」
「仮にも僕が所属しているチームの隊長にあの仕打ち!
エンジニアは何を考えているんだぁ!?」
「もう歩く災害だ!お願いだからなんとかしてくれ!」
なんかとてつもない事になっているらしい。
解除するには鬼怒田と各プロジェクトチーフの承認コードが必要だ。
一介のエンジニアが単独でできる事は何もない。
「ごめんなさい。無理です」
「薄情者め〜〜!!!」
唯我の声が木霊する。
その声に何事だと周りの注目を集める事になった。

「あ、先輩達!お疲れ様です。
その……どうかしたんですか?」
声を掛けて来たのは修達、三雲隊の面々だ。
「お疲れ様。仮装の話してただけだよ。
雨取ちゃんの魔女、可愛い」
「あ、ありがとうございます。
神威先輩は赤ずきんですか?」
「うん、そうみたい」
喧騒はどこいったのか……ほのぼのし始める女子を片目に、
出水達は玉狛の衣装を見る。
修はヴァンパイアの格好して、付属にテディベアがついているみたいだが、まともだ。
遊真は狼男なのか、耳と尻尾がやけにリアルに動いている……まともだ。
「エンジニア、絶対仕組んでるだろ!?」
「そこのランダム性は私が担当したものではないので分からないです」
「よく分からんが、いずみ先輩、アキは嘘ついてないよ」
「担当してたらマジで恨むって」
出水は呟いた。
もうこれは我慢するしかないのか……
明日から辛いなーと太刀川隊両名は明後日の方向を見ていた。
「そういえば陽太郎くんは今年来ないの?」
去年は宇佐美と一緒に本部に来てお菓子が欲しいと言っていたのを思い出しアキは言った。
「陽太郎くんはヒュースさんと一緒に出かけるそうです」
「なんか……『おれにはいかねばならぬとこがある』とか言ってたな」
「ヒュースくんの事好きだね」
「陽太郎といえば、忘れるところだった。
アキ、トリックオアトリート」
遊真の言葉でそういえばハロウィンだったとアキは思い出す。
すっかり太刀川をなんとかしてくれーと言われて忘れるところだった。
アキはポケットに手を突っ込んではたっと動きを止めた。
今自分はトリオン体だ。
ポケットの中身があるわけがない。
しかも今日はトリガー解除できないハロウィン仕様だ。
アキはしゅん…として答える。
「ごめん、お菓子今は持ってないの」
「残念だな。…ん?アキならいいのか?」
「何?」
「いたずら」
遊真のその言葉にアキと唯我以外が凍りついた。
呟いた時は無垢な少年の顔そのものだったが、
その後のニヤリと笑った小悪魔な顔に嫌な予感しかしない。
「アキ」
遊真はアキの腕を引っ張り顔を首元に近づける。

がぶり。

「ぎゃあああああ――――!!!」
アキではなく、唯我が代わりに叫んだ。
それを目撃していた面々も気持ちとしては唯我と同じだ。
アキに関しては、今何が起こったのか理解するのに時間が掛かっているようだ。
それくらい衝撃的な出来事だった。
皆の反応から自分が間違った行動をとった事を遊真は理解した。
しかしどれが間違えているのかは分からないのか首を傾げてみせた。
「とりまる先輩から
ハロウィンはトリックオアトリートって言ったのにお菓子を貰えなかったら、
いたずらして欲しいという事だから思う存分やってもいいと教えてもらったが、
違ったのか?」
「京介!?」
言っている事は間違っていない…のか?
なんだか微妙なところだが、悪戯の方向性は間違えている。
出水はここにいない後輩を思い浮かべ頭が痛くなった。
「大胆な事をしても一度だけなら許されると言ってたが…うーんこれが嘘だったのか?」
嘘と本当が混じっていたら確認したくなる。
好奇心には勝てない…遊真はそういう人間だった。
嘘を見抜くサイドエフェクトがあるから大丈夫だろうと安心していた修はかなり反省した。
「すみません、神威先輩!僕が空閑にもっとしっかり言い聞かせておけば…!」
近界民だからこちらの世界の事を知らなくてもしょうがないということで一度だけという発言をしているのなら、
烏丸もなかなかの確信犯である。
遊真が悪戯した理由は分かった。問題は内容だ。
「遊真くんと神威先輩って付き合っていないよね?」
おずおずと千佳が二人に尋ねた。
そう、その通りだ。
この手の悪戯は恋人同士なら許容範囲のもの……かもしれない行為だ。
男連中が聞きたくても口にできなかった事を千佳は口にした。勇者である。
遊真もアキも千佳の言葉の意味が分からない程鈍いわけではない。
「付き合っていないよ。おれとアキは先輩後輩でボーダーの仲間だぞ」
「ちなみに向うでの挨拶とかそんなんじゃ……」
「ないよ。そんな国におれは行ったことも見たこともないな」
遊真の言葉を聞いて自分達の関係と遊真にそういう好意はないと認識して、
更に近界での習慣もないことをアキは理解した。
先程の行為は恋人等親しい間柄で行うようなじゃれ合いだというのも皆の会話で分かった。
自分が周りと認識、価値観がずれているわけではないと知ると急に恥ずかしくなってきたらしい。
皆とは遅れてアキが顔を赤くし始めた。
少し時間が巻き戻せるなら唯我と一緒に叫びたい気分だった。
「空閑……よりによってなんでココでアキをターゲットに……」
「狼は赤ずきんを食べていいんだろう?」
この一言で皆悟った。
近界民であることを盾に分かっててやったなと。
そして出水……あと銃手である唯我は知っているが、
ここにはアキの保護者がたくさんいるのである。

「空閑くん、さっきのはどういう事かしら?」

絶対零度の微笑みで加古と那須がお揃いでやってきた。
エンジニアと同様、見つかってはいけない相手に早速見つかったと本部組は項垂れた。
只ならぬ雰囲気を察して修と千佳は冷汗をかいている。
「アキにいたずらしました」
ドヤ顔で言う遊真にお願いだから空気を読んでほしいとこの場にいた皆が思った。
「三雲くんと出水くんがいながらこれはどういう事かしら?」
加古がアキを抱きしめ、
まるであやすように頭を撫でながら言う。
顔は和かであるはずなのに、オーラが黒い。
射手組は問答無用で巻き添えを食らった。
二人は謝る事しかできない。
「すみません」
「すんません」
今、何を言っても無駄だという事が嫌でも分かる。
「そういえば空閑くんとはランク戦の決着がついてなかったわね…今からどうかしら?」
「なるほど。アキにいたずらすると強敵が釣れるわけですな。
おれは全然OKだよ」
遊真と那須の方は話がついたらしい。
今からブースに直行するようだ。
「那須先輩…」
「安心してアキちゃん。
必ず仕留めるから」
「そうよ、ここは那須ちゃんに任せて。
アキちゃんは私と一緒に開発室に行きましょう。
エンジニアさん達も協力してくれると思うわ」
「え、う、はい?」
当事者であるアキはどんどん置いていかれる状況だが、とりあえず返事をするしかなかった。

「いいかメガネくん。アキに手を出すと一番怖いのあの人達だから絶対怒らせるなよ」
「出水先輩……うちの空閑がいろいろとすみません…!」

こうして個人ランク戦のブースは遊真、那須を中心に大変な騒ぎになったらしい。


20151103


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