アイのカタチ
Iの気持ちも知らないで
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「はい、二宮君」
そう言って渡された包みがチョコレートだということくらい想像するのは難しくなかった。
何せ今日はバレンタイン。
日本に住む人間が知らないはずはないこの日に渡されるのだ。
仮にチョコレートではないにしろ、
バレンタインのプレゼントには違いない。
ただそれが、二宮にとって社交辞令的なプレゼントでは困るというだけで…。
渡してきた相手の顔を見る。
少しは恥じらいがあれば可愛いのだろうが、
生憎、目の前にいる神威アキは照れる事なく、いつもと同じ顔をしていた。
逆にアキは何のリアクションもない二宮を見て信じられないと驚いてみせた。
二宮からしてみればそれが信じらない…のだが。
「…あれ、聞いてない?
望達とチョコを作るって話」
「知っている。加古が皆に配ると言っていたからな」
それを聞いた時の太刀川、堤の青ざめた顔を見て考え直せと二宮は言ったくらいだ。
炒飯だけでなく、他の料理でも人を殺す気なのかと。
それを聞いた加古は笑って言い返した。
「今年は大丈夫よ。アキと一緒に作るから」
最早、加古は止まらないし、止められなかった。
加古に頼まれた時点では作る気なんてさらさらなかったアキだが、
頼みの綱だと言わんばかりに太刀川と堤に懇願されては頷くしかなかった。
これを見越して太刀川達の前でチョコの話をしたのだとしたら加古の戦術もなかなかである。
…そんな経緯を知っている二宮は眉間に皺を寄せるしかない。
「大丈夫、味は普通だよ。
……義理チョコだからお返しとか気にしなくていいし、
あとこれは望から」
「いらん」
「そう言わないでよ、折角作ったんだから」
「他人からの手渡しを受け取る必要はない」
「えー私のは……この際いいとして、望のは貰ってよーお願い!」
「どうせ義理だろう」
「そうだけど!頼まれた人間の気持ちを汲んでさぁ」
お互い睨み合う。
先に折れたのはアキの方だった。
「はぁ……今回は力作なのに勿体無い」
「神威しつこい」
「二宮君は頑固だよ。
っていうか、義理じゃなかったら貰ったの?…望のチョコ」
「アイツのはいらん」
では、誰のものなら貰うのか。
それを口に出そうとしてアキは唇をぎゅっと噛みしめた。
聞きたくても聞けない。
そう思っての行動だったが二宮は少し勘違いして受け取ったらしい。
やれやれといった感じで溜息をつく二宮を見て、
更に勘違いして受け取ったアキは渡すのは義理だったはずなのに何だか玉砕した気分になってしまった。
「ならいいや…太刀川君にでも渡そうかな」
その言葉に二宮が反応する。
「何故、太刀川だ」
「だって……棄てるの勿体無いんだもん」
「太刀川にやるくらいなら俺がもらう」
「さっき、いらないって言ったじゃない」
「気が変わった」
「そう」
アキは二宮にチョコを渡した。
受け取った事を確認して、ほっと胸を撫で下ろした。
その様子を二宮はじっと見ている。
「望のチョコは?」
「いらん」
「言っておくけど、望のも普通の味だからね?」
「それこそ、太刀川にくれてやれ」
「……太刀川君宛のチョコも預かっているけどさー。
まーいっか。じゃ、届けに行ってくるから、今年も宜しく!」
そう言って去るアキの様子はやはりいつも通りで、
手にしているチョコは言葉通りの義理なのだと実感した。
期待はしていなかったが釈然としないものがある。
わざとらしく二宮はため息をついた。
「なんの嫌がらせだ」
「あら、何のことかしら?」
ニコニコしながら近づいてくる加古。
二宮は知っている。
この顔はよからぬ事を考えている時の顔だ。
一度とぼけて見せたのに、
二宮の質問の意図を理解して言葉を返すのがその証拠だった。
「私は折角だからアキも誰かに渡したら?って言っただけで、
別に二宮くんに、なんて言ってないわよ。
ふふ、二宮くんもまだまだね」
加古が笑う。
「まだアキは私のものって事で。
三倍返し期待してるわ」
言うと加古は無理矢理二宮にチョコを押し付けた。
だから嫌だったのだと……二宮の不機嫌度が増す。
アキにチョコを託す必要はなかった。
なのに、何でそんな事をしたのか……どう考えても嫌がらせとしか考えられない。
一言二言文句を言う権利があるはずだが、
この女に何を言っても無駄だと二宮は諦めた。
手を振り、足早に立ち去る加古を見て、
逆に清々しささえ感じる程だった。
「あら、堤くん。はいバレンタインのチョコあげるわ」
「加古ちゃん、ありがとう」
加古は堤にチョコを渡す。
その時、ふと思い出したのか堤に聞く。
問うというよりは確認といった方が近い感じで。
「堤くんは世界で一つしかない義理チョコってどう思う?」
「え、本命じゃなくて?」
やっぱりそう思うわよねと加古はクスクス笑う。
「まだ義理だし、教えなくてもいいわよね?
――それに、取られるのムカつくしね」
その言葉を聞いて誰の事を言っているのか分かった堤は苦笑するしかなかった。
20160214
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