出水公平
一目で落ちた
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学校帰りの電車の中。
どこの車両に乗るのかはきまぐれだから覚えていない。
いつも通りのアナウンス。
扉の開閉音。
人の移動する足音。
特に変わらない友達との会話。
「お嬢様も電車に乗るんだな」
誰かの一言で視線がそっちに行く。
「なんか、リムジンで通学してるのかって思ってた」
「お前、それなんの偏見だよ」
「っつうかアニメの見すぎ?」
三門市にあるお嬢様学校の制服姿の女子に彼らは貴重なものを見たと言わんばかりに騒ぎたてていた。
確かにお嬢様学校に通っている人間を電車の中で見る事はそう多くない気がする。
出水は思った。
でも、彼がいるボーダーには少なからずお嬢様学校に通っている人間はいる。
その中でも特に有名な某A級実力者は勝気な性格で、
見事男子が夢見る清楚で可憐というイメージをことごとく壊してくれたわけだが…。
そんな事があり、彼らほど出水のノリはよくはなかった。
だが
(確かにかわいいなー…)
出水がそう思うくらい制服が…というよりは笑顔が似合う女子だった。
友達と楽しそうに会話して時折零れるような笑みを見てそう思った。
電車の中に子供連れの母親が入って来る。
それを見て、流れるように席を立ち、子供に席を譲る姿とか、
隣に座っていた友人も促し、
同じように彼女の席を立ち母親に席を譲る。
その後彼女たちは先程と変わらず会話し始める。
わずか数秒の出来事だ。
別に意識して行動したわけでなく、
本人の気質が滲み出るかのような自然な動き。
彼女の事をかわいいなと先程まで思っていた出水だが、
なんとなく見ていたそれが、
彼女の事をいいなを思わせた瞬間だった。
端的に言うとその姿に心が奪われた。
そう言っても過言はないだろう。
「……はぁ…」
ボーダー本部のラウンジにて、
出水はため息をついた。
どこの誰かと口に出すのも憚れるが、
「後輩は一般的に先輩にご飯を奢ってもらう権利があるらしいじゃないですか!
だけどボクは一度も出水先輩に奢られた事がない!
よってボクはその権利を行使する!!」と声高々に言われた。
最初は無視しようかとも思ったが、
全隊員が利用する共有スペースで泣きつかれてしまったらしょうがない。
放っておくと騒音で周りに迷惑が掛かってしまう事から仕方なく了承したのは最近の話だ。
それで今、こうして待っているはずなのだが、
言いだした本人は現れる様子がない。
時間を潰すためにドリンクを飲んでいたが、
それももう飲みほしてしまった。
(もう、待つのはやめよう)
出水は缶を捨て、適当に本部内を歩き回ることにした。
…適当に歩き回った結果、
辿りつく場所が個人ランク戦のブースなのだから、
どこかの戦闘民族とそう変わらないのかもしれない。
「文香先輩、腕上げましたよね」
「次のランク戦で貢献したいからね」
「うーん、なかなか当てられなくなってきたわね…。
弾種増やしてもう少しメリハリをつけるべきかしら」
「これ以上手数を増やされると倒すのが苦労するわ。
その分、倒し甲斐があるけど」
「文香先輩のそういう向上心が強いところ、私好きです。
でも、勝たせてあげませんから!」
ふふふ〜と雰囲気はなんだか和やかだが、
会話の内容は打倒ライバルという感じだった。
そんなちぐはぐな会話に惹かれ、出水は思わずそちらを見た。
「あ」
「……?」
この間、電車の中で見た女子高生だった。
まさかボーダー隊員だとは思ってもいなかった。
びっくりして思わず出た声に、相手が反応する。
気づかれた。
…これって物凄く恥ずかしい事なのではないだろうかと出水は思った。
「お疲れ様です」
「お、お疲れ」
「出水先輩ですよね、いつもお世話になっています」
「お世話?ってか、オレの事知ってるのか?」
「はい、私も射手やっているので、
ログ見て勉強させていただいています」
「ああ、そういう事ね」
相手も自分の事を知っているから、少しドキリとした。
しかし隊員が他の隊員のログを見て戦闘の参考にするのはよくある事だ。
聞いて納得するのと同時に、ちょっとだけ淋しく感じた。
「そういう事だけでもないんですが…」
「?」
「いっずみ先〜輩〜〜〜!!」
すると、出水が待っていた人間の声が聞こえてきた。
ブースは広いのに声が響いている。
ある意味凄い。
「どうして待っててくれないんですか――捜しましたよ!!」
声が響いている…。
いや、撤回だ。騒がしい、騒がしすぎる。
そしてその仲間だと思われるのが恥ずかしくていたたまれない。
太刀川隊のメンバーの事を知っている人からしてみれば今更感しかしないが…。
それとこれとは別である。
「先輩を待たせるとはどういう料簡だ」
「可愛い後輩のためなら三十分くらい…!」
「お前はまずオレに謝れ」
いつもなら蹴りの一つや二ついれるが、今日のところは大人しくする出水。
流石に女子二人の前で蹴り飛ばす気にはなれなかったらしい。
あと、これ以上唯我に騒がれるのは避けたかった。
「って、アキ!
なんでここにいるんだ?」
「ランク戦よ。特訓と自分の成長具合をみるのに最適だもの」
「そうかー、ならばこのボクが練習相手になってあげよう!」
「なんだ、唯我。お前、この女子と知り合いか?」
他人に興味なさそうで意外と他の隊員を見ているのだと、
唯我に対して感心と共に、
何気にショックを受ける出水。
唯我相手に何か出遅れた感がしてしょうがない。
「知り合いも何も、アキはボクの妹ですよ」
「唯我アキといいます。
いつも兄がお世話になっています」
「は」
いきなりの展開に出水は素直に反応した。
今、唯我は何て言ったのだろうか……。
「ボクににて、容姿端麗、成績優秀で聡明な可愛い妹なんですよ!
ま、ボクに比べればまだまだですけどね!!」
「は!?」
自慢げに語る唯我の顔を見て出水はイラッとした。
「すみません、兄はお調子者ですが、
出水先輩の事や太刀川隊の皆さんの事が好きなんですよ。
よく話を聞きます」
困った顔で微笑むアキの顔を見て、
出水は一瞬頬を染める。
困った顔も可愛いと思ったが、
唯我の高笑いを聞いて現実に戻される。
本当にイラッとしてしょうがないと、
出水のこめかみに青筋が……。
「唯我、話したい事がある。お前ブースに入れ」
「え、いきなり何ですかぁ!?」
「今お前をハチの巣にしたい気分なんだ」
「何ですかそれ!横暴ですよ!?
訴えますよ、出水先輩〜〜!!」
「いいから来いっ!」
出水は唯我の首根っこを掴み、引き摺って行く。
この何とも言えない気持ちをぶつけるには丁度いい相手なのだ。
…いろんな意味で。
「アキのお兄さんって面白い人よね。
いつも思うけどあなたとお兄さん、全然似てない」
「…それは褒め言葉として貰っておこうかしら」
とりあえず、出水にやられて傷心する唯我の未来が想像できたアキは、
自分の兄を回収するために、
二人の試合が終わるのを待つことにした。
試合終了後、折角だから自分ともやってくれないだろうかと考えて……。
「ログで見るより実際に見た方が勉強になるわよね!」というアキの言葉に、
隣にいた照屋は「そうね」と微笑んだ。
20160621
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