ヒュース
君といる罰


※「君といる罪」続編のため原作から三年後の世界軸になっています。
※ヒュースは玉狛第二の戦闘員として所属しています。
※遊真はトリオン体のままなので見た目は子供、中身は大人状態です。


――国を捨て、好きな人を選んだ。
それが罪だというなら、私は罰を受けなくてはいけないのだろう。



夜、眠りにつくと故郷が夢に出てくる。
綺麗で広大な土地、
少し堅苦しいといっても差し支えない程の真面目な兄と、
豪快に笑う兄の姿。
そこには仲間と幼馴染のヒュースの姿があった。
幸せな時間。
だけどそれが急に崩れる。
闇。
全てを覆いつくす黒。
その中で必死に手を伸ばして何をか掴む。
すると目の前には自分が守っていたものが崩壊する光景が浮かんだ――。


「…!?」

アキは飛び起きた。
目の前に広がるのはまだ見慣れない自分の部屋だった。


アキが玄界に来て数日が経った。
ヒュースが玉狛支部というところに滞在しているため、
アキもそこで過ごしている。
アフトクラトルに攻めてきた組織なので、
正直、少し身構えていたが、
ここの住人たちは想像していたより優しかった。
敵国の自分を警戒するどころか気遣ってくれて、
驚いてしまった。
それを話せば玉狛支部だけが近界民に対して寛容なだけだと教えてもらった。
他は近界民に対して恨みを持っている人間もいるが、
ここで大人しくしている限り安全は保障してくれるらしい。
それだけでも随分寛容だとは思うが…。
自分の常識とは違う。
アキはここが別の世界であることを再認識した。

「アキおはよう」
「おはようヒュース」

環境が変わり、見慣れない自分の部屋でも、
ずっと恋い焦がれていた想い人の顔を見てアキは安堵した。
ヒュースは幼馴染であり、そしてアキの大切な人だ。
彼もアキの事を大切な人だと認識しているので、
二人は俗にいう恋人という事になる。
そう考えるとアキは少し照れてしまうが、
表面上冷静でいられたのは軍事訓練の賜物なのかもしれない。

ヒュースとアキは幼馴染で、
同じ軍に所属する同期で、ヒュースはアキの兄の部下だった。

アフトクラトルにいた時、
実をいうとアキとヒュースは幼い時に少し遊んだくらいの仲だった。
アキは家柄、ヒュースは自身の当主のために軍に所属するのは決まっていた。
軍に所属してからの二人は幼馴染ではなく、
仕事仲間としての距離感しかなかった。
休憩中に少し話したりはするくらいの間柄。
アキが黒トリガーに適合してからは特にそうだった。
彼女のトリガーは敵だと認識したもの、
攻撃だと認識したものを遮断する…防御に優れたトリガーだった。
絶対防御といってもいい強力なものだ。
だが、強力なものほど縛りと呼んでもいい条件が存在する。
アキのトリガーはアフトクラトル中心部にある城にいる時のみに有効であり、
防御範囲や精度はトリガー使いの精神力に依存していた。
だからアキはこのトリガーが適合してから城から出る事が減ってしまった。
敵が攻めてきても、自分はこの城の中でトリガーを起動し、
無事に勝つように、生き残るように祈る事しかできない。
皆はそのトリガーは強力だというけど、
自分で動く事の出来ない防御トリガーを素直に絶賛する事はアキにはできなかった。
何より、自分の行動範囲を制限され、自由がなくなった。
軍人だから民間人に比べるとそんなに自由はないのかもしれないが、
会いたい人に会えないのは相当堪えた。
兄はこの国の四大当主の一人であり、自分に感けている時間はない。
もう一人の兄も戦い好きで遠征によく行って不在。
何もする事もなくただ寂しさを感じる事しかできないアキは大体一人だった。
それでもこの仕事を全うしていたのは、
兄の立場と、幼馴染のヒュースがいたからだと今のアキははっきりと言える。
それはほんのひと時だったけれど、
幼馴染だったというだけで、
ヒュースは仕事の合間に会いに来てくれたのだ。

ヒュースは元々しゃべる性質ではないので口数は少ないし、無言の時もある。
それでも傍にいてくれるだけで心強く、寂しさなんて感じなくなっていた。
成長して見た目や役職がつき、各々の立場というものができても、
根っこの部分は幼い時と変わらない。
ヒュースは真面目で誠実な人だ。
会話する機会が減っても、
数分でも傍にいてくれるヒュースがただの幼馴染でなくなったのは、
そう遅い事ではない。
そしてそれが積み重なって恋になるのは自然の流れだった。

アキがヒュースに抱いている気持ちにはっきりと気付いたのは、
ヒュースが玄界に遠征へ行って戻ってこなかった時だ。
兄から故意的においてきたと聞いてショックだった。
そして何日も何日もヒュースと会えない日々を過ごし、寂しさを思い出した。
今にも玄界へ行って連れ戻したい。
そんな気持ちがあってもアキの持つトリガーの貴重さを周囲も、
そして彼女自身も理解しているため、動く事ができなかった。

でも状況は変わった。

ヒュースがアフトクラトルに再びやってきた。
敵として。
こんな形で再開なんてしたくなかった。
アキは凄く戸惑った。
そこにヒュースが「一緒に来てほしい」と言ったのだ。
「一緒にいたい」と言ってくれたのだ。
ヒュースがどれだけエリン家の当主に恩を感じ、
忠義を尽くそうとしていたかを知っている。
そんな彼の口から出た言葉の意味を理解できないはずがなかった。
そしてアキもヒュースと同じ気持ちだった。
ずっと一緒にいて欲しかった。
ただその想いだけで、自分自身の重要さを知っていながら、
アキはヒュースの手を取った。

そして今に至る。

玄界では階級は関係ない。
アフトクラトルにいた時に比べて自由はある。
ヒュースの手を取った気持ちに嘘はない。
その行為に後悔はしていない。
だけど、時折故郷の夢を見て想い馳せる。
アフトクラトルは無事だろうか――と。
随分ムシのいい話だとアキは思った。

「行ってくる」
「いってらっしゃい」

本日は玉狛支部の数名と一緒に防衛任務へ行くらしい。
ヒュースは玄界のボーダーという防衛機関の人間らしく仕事をしっかりしていた。
こちらで生活する事を決意しているのだろう。
ヒュースを見送り、ふぅと一息ついた。

「寂しいのか?」
「え?」
「ヒュースが任務に行って」

そう言ったのは遊真だった。
ヒュースから遊真は自分達と同じ近界民だという事をアキは聞いていた。
玄界の人間よりも少しだけ親しみやすい気がしているが、
遊真は見た目子供だが実年齢は違うという事も聞いているため、
子供だと思って接すると痛い目を見ると教えられていた。

「少しだけ。
でも向こうにいた時に比べて一緒にいる時間も多いからいう程寂しくはないよ」
「寂しいのか寂しくないのか分からんな」

遊真は首を傾げていた。
確かに自分で言っていてなんだが、その通りだと思う。

「じゃあ、こっちにきて良かったと思っているか?」
「――え…」

遊真の言葉にアキは一瞬理解できなかった。

「アキはたまに嘘つく事がある」
「嘘?」
「もしかして自覚なしか?

遊真はアキに分かりやすいように言葉を言い換えた。

「アキはこっちに来たことに後悔しているのか?」
「そんな事ないよ」
「そうか、嘘か」
「違っ…!」

遊真の目が冷たく鋭くアキを貫く。
反射的にアキは反論したが、
遊真には聞き入れられなかったようだ。
遊真はアキの確信に触れるように言う。

「ヒュースの手を取った事後悔しているのか?」
「してない」
「じゃあヒュースの事は好きなのか?」
「好きだよ、ヒュースは私の大事な人なの」
「そうか」

その言葉を聞いて遊真の顔が少しだけ柔らかくなる。

「それは本当で安心した」

遊真は続ける。

「ヒュースがここにいる事を選んだ意味は分かっているんだろ?」
「うん、エリン様のもとを離れる事を選んだ覚悟は分かっているの」
「違うだろ」
「え」
「アイツは自分が大切なものは何か分かっているし、優先順位だってつけられる。
そんな中でアキを一番に持ってきたんだ。
ヒュースはアキを好きだからこっちに連れてきたんだ。
アキを自由にしたかったんだ」

アキは思い出す。
ヒュースが言っていた「お前は攫われるだけだから悪くない」という言葉を。
どういう意図で言ってたのかは分かっていた。
ヒュースは優しいからアキが選んだものに罪悪感を覚えないようにするためだけだと思っていた。
だけどそれだけじゃない。
遊真の言葉を聞いて、アキは気づく。
自由にしたいというのが本当なら、
アキが後にヒュースの事を恨んでもいいとそういう覚悟もあの時には既に持っていたという事だ。
ヒュースの愛の深さにアキは涙を流してしまいそうになる。

「故郷を忘れろなんて言わない。
寧ろ覚えておくべきだとおれは思うぞ。
自分が選んだものを理解して、選ばなかったものを理解して、
その上で自分がどう在るべきなのかが大事なんじゃないか?」
「自分がどう在るべきなのか…」
「そうだ。
ヒュースが好きだけど、選ばなかったアフトの事を想い悔やむなら、
その分、二人は幸せにならないといけない。
じゃないと好きな人を選んだ意味がなくなる」
「……」
「国を捨て、好きな人を選ぶことが罪なら、
幸せになる。
それがこの罪の償い方なんじゃないのか?」

国の者は自分達を捨てたアキを一生恨むだろう。
何をしても恨むだろう。
ならば、こちらを選んだから自由になったのだと、
幸せになったのだと見せつければいいと遊真は言う。
幸せになる権利は誰もが持っているものだと続ける遊真の言葉を聞いて、
妙にしっくりきた。
後悔に押し潰されるのではなく、
選んだもので幸せになっていく努力をし続ける方が確かに健全だ。
アキはヒュースに言われていた事を思い出す。
確かに遊真を子供だと思っていると痛い目をみる。
その意味が少し分かった気がする。

「ユーマ。ありがとう」
「おれは別に。
それよりアキはヒュースに言うべきことがあるんじゃないか?」
「うん」



**********



「ヒュース!」
「アキ?どうしてここに」

防衛任務が終わる頃、アキはヒュースを迎えに来ていた。
…と言っても玉狛支部の外にある橋のところまでだが。
だが、アキ一人でここまでくるのは初めてだった。

「ヒュースに伝えたい事があって…。
私、ずっと考えていたの…!」

アキの言葉にただ事ではないとヒュースを思った。
そして嫌な予感がして覚悟した。
アキは言う。

「私、ヒュースとずっと一緒にいたい。
でもそれだけじゃ駄目なんだって思って…。
私、ヒュースと一緒に幸せになりたい!
ヒュースが私のために動いてくれるなら、
私もヒュースのために何かしたいの。
私、ヒュースのことがずっと前から好きだったから!!」

アキの言葉にヒュースは呆ける。
そして徐々に理解してきたのか、顔を真っ赤にさせた。

「どうしてお前はこんなところでそんな…!?」

普段クールでいるヒュースが少し取り乱す。
その姿を見てアキは笑った。
その顔はアフトクラトルにいたままでは見る事の出来なかった顔だ。
きっとこれからここ玄界でヒュースのいろんな顔を見る事ができるのだ。

「ヒュース、私決めたの。
ここであなたと一緒に幸せになるって。
少しでも早く、伝えたかったの!」
「〜〜〜〜っ!!」

ヒュースはアキの手を取り、足早に玉狛支部に向かって歩いていく。

「ちょっとヒュース、どうし…」
「こんなところにいたのでは抱きしめられないだろう」

小さく返ってきた声にアキは笑った。
人前では恥ずかしいというヒュースの言葉も行動も、
全てが愛しくてたまらない。

幸せになるために、国を捨てて好きな人をとったのだ。

国を捨てる事が罪だというなら、
その分の罰(対価)が必要だろう。
彼女のそれは

幸せになる事――。


20160930


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