当真勇
いつも通りってなんだっけ
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「アキー」
「勇?どうしたの」
「あれ貸してほしいんだけど」
「また?いい加減にしないと先生に言われるよ」
「だからアキに借りに来たんだろ」
言いながら私は勇に辞書を渡す。
だけど勇は悪びれる様子もなくあたかも当然だという顔で、
そのまま辞書を受け取った。
「今度、狙撃訓練付き合ってやるからよー」
「はいはい」
そう言って勇が教室からいなくなって、
クラスメイトが話しかけてくる。
「何も言っていないのに良く分かったね」
「だっていつもの事だから」
「でもあれで何かは伝わらないでしょ」
仲が良いねーと言うクラスメイトにそうかなと首を傾げる。
そんな事言われても、
私と勇は幼い時からいつも一緒だった。
幼稚園、小学校、中学校、高校も一緒。
そしてボーダーも一緒な私達は入隊時期も一緒だった。
入隊動機は人に言えたものではなく、なんとなくだった。
なんとなく楽しそうで、二人一緒ならなんとなくなんとかなると思ってた。
適当に狙撃手を選んで、
ポイントを競い合って、
お互いB級にあがって、
それぞれのチームに所属した…。
それからはチーム戦という事もあって、
少し難しくて私を置いて勇はA級になった。
悔しいけど、でも勇がA級になっても別に変わらないと思ってた。
いつも通り。
なんとかなるって思ってた。
…違う、かな。
これからも一緒だと思ってた。
だけど、違う。
少なくても周りの目は違った。
ボーダーで同じポジションでポイント集めて…そうやっていくうちに、
私達には実力差というものが存在することを知った。
ランクから分かる通りだけど、
勇の方が狙撃が上手くて強い。
私は…努力した分だけ上手くなってはいるらしいから、
普通なのだと思う。
「大分狙い通りに撃てるようになったんじゃねー」
「勇、狙撃の腕はいいからねー」
「じゃあ俺の弟子になるか?
付きっ切りで教えてやるよ」
「それは嫌」
こんなのはいつものやり取り。
勇が冗談で言っているのも解ってる。
基本、勇めんどくさがり屋だし。
いつも遊び感覚だもん。
ボーダーの訓練でもそう。
それでも私は勇に勝てないんだからやっぱり悔しい。
「今度のA級昇格試験次の日曜だっけか?」
「今シーズンでやっと二位圏内にいけたからね。
このままA級入りするから」
しないと次のランク戦まで四ヵ月。
短いようで長いその期間は正直しんどい。
随分強気だなって笑う勇に上から目線の先輩面に少しムカつく。
やっぱりこのまま離されたままは、なんか対等じゃなくて好きじゃない。
「するよ、勇が教えてくれたんだもん。
絶対する」
「……ぷはっ」
「ちょっ…!なんで笑うの!!」
「いやー嬉しい事言うよな。
師匠冥利に尽きる」
「だから私は勇の弟子じゃないから。
でも、ありがと。
私勇のそういうとこ好き」
「そっかー、俺も好きだぜ」
そう言って勇は私の頭をくしゃくしゃにした。
いつものやり取り。
いつもの勇。
いつもの私。
いつも通りでこれからも一緒だと思ってた。
試験当日。
私達の隊は無事にA級に昇格することができた。
「おーおめでと」
そう言ってくれたのは勇だ。
教えた甲斐があったと言う勇にそうでしょと私は頷いた。
昇格試験は他の隊員も見れるようになっている。
今ここに勇がいるという事は見ててくれたって事だ。
ログを見るのも面倒そうにしている勇が観に来てくれるのは純粋に嬉しい。
どうだ、見たか。
そう言うと勇は「調子に乗りすぎじゃねぇ?」と私の頭を小突いた。
「これで俺は解放されるってわけかー。
物覚え悪い弟子を持つのは大変だったわ」
「だから弟子じゃないって…」
<<つまんねーな>>
「?」
私は首を傾げた。
誰かが何かを言った?…気がした。
「アキどうかしたのか?」
「何か聞こえなかった?」
「いや――」
一体何だったのだろう。
目の前の勇も不思議そうにしている。
その後耳を澄ませてみるけど何も聞こえてこない。
…気のせいかな。
「そんじゃ、お祝いに食べにでも行くか」
「カゲのとこ?」
「まだ何も言ってないだろ」
「分かるよ、どれだけ幼馴染してると思ってるの?」
<<……か。嫌だな>>
「え?」
やっぱりそうだ。
聞こえる…というのとは違う。
なんというか見える…というよりは感じるという方が近いのかもしれない。
それが勇から発せられているもので、
それが勇が思っている事だという事がなんとなく分かってしまった。
どうしてなのかと聞かれてもそれは上手く答えられない。
本当になんとなく、だった。
勇とはずっと一緒にいたから知っている。
大体どんなこと考えているとか、分かる…だって幼馴染だもん。
知ってるんだよ。
だけど急に感じた違和感に私は戸惑った。
私達はいつも一緒で…勇からそんな風な感情を感じたことはない。
なのに伝わってくるそれに私はどうすればいいのか分からない。
「勇、嫌なの?」
「何がだ?」
「えっと…私と一緒にいるの……」
勇がびっくりしている。
変な事言った自覚はある。
だからその表情は分かる。
「んなわけねーだろ。
嫌だったら一緒にいねぇだろ。
変な奴だな」
<<変な奴だな>>
これは本当だ。
何の違和感もない。
いつも私が感じているものだ。
そうだよね、良かった…!
「お前急にどうしたんだ?」
「なーんでもない」
「なんだよいきなり」
「うーん、勇が幼馴染で良かったっていう事かな。
私達はこれからも変わらず、ずっと一緒だよね!」
<<ずっと幼馴染、か…ありえねぇよな>>
伝わってくる不満、落胆…なんだろうこれ。
気のせいとかそんなんじゃない。
勇を見るとはっきりと伝わってくる。
当たり前だろって、
目の前の勇はいつも通り笑っている。
なのに…なんなの、これ…。
「勇、私と幼馴染……辛いの?」
「アキ、今日どうしたんだ?変だぞ」
<<辛くねぇわけないだろ>>
「なんで、辛いの?私が嫌いだから?」
「そんなわけないだろー?アキ、本当にどうしたんだ…」
<<そんなわけないだろ。アキが好きなんだよ>>
「私の事好きなの?」
「な――…」
空気が凍り付くのが分かる。
勇が気まずそうにしているのはなんで?
私の事が好きなら何でさっき辛かったの?
私はさっきまでのやり取りを思い出そうと必死になる。
勇はいつも通りだった、はず。
勇と話している時、違和感があったのはどこだっけ…。
それは確か――…
「アキ、あんま変な事言うなよ」
「変な事って何?私は…!」
勇の顔を見る。
<<好きだから、それ以上言うな>>?
好きだから…さっきは嫌だって。
ありえないって言ってたのは…私が幼馴染って言ったから?
じゃあ、勇は私が幼馴染なのが嫌ででも好きで…
あれ、それってつまり…
身体が硬直する。
結論は出た。そういう事なんだと思う、ううん、絶対そう。
だって目の前の勇を見たら分かる。
言葉にしてなくても分かる。
それは幼馴染だからとかそういうの関係なしに、
見ていれば分かる。
勇は今、私の事を心配して、
一緒にいたいと思っててくれてて――…
私も勇とずっと一緒にいたいと思ってる。
だけど私のと勇のとは違うんだ。
見れば見るほど明確になっていくそれに私はどうすればいいのか分からない。
聞こえてくる勇の声と見える勇の声が一致しなくて、
私が知っている勇と見える勇が一致しなくて、
初めて味わうそれに私は酔ってしまった。
「頭、痛い――…」
――勇に救護室に連れて行ってもらって、そこで知った。
私にサイドエフェクトが発現したという事を。
相手の心が見える能力。
後天性のサイドエフェクトは今までと違う感覚に戸惑う事が多いから、
焦らずゆっくり受け入れるようにと言われた。
でも私にとってはそれはどうでもいい事だった。
いつものやり取りをしていた。
いつもの勇だった。
いつもの私だった。
いつも通りでこれからも一緒だって思ってた。
だけど私が見た勇の心は…いつも通り、なのかな?
だとしたら私は…
今まで勇の何を見ていたんだろう?
勇をどう見ればいいのか分からなくて、
私はいつもの私じゃなくなった。
20161125
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