荒船哲次
ノンフィクション


迷った。

神威アキがそう思うのは割と早かった。
ボーダーにいる幼馴染にお弁当を届けたくて、
ちょっとしたコネでボーダー本部に入れたのはいいものの、
案内役の隊員は合同訓練とかなんとかで手が離せないらしい。
すみませんが、ここで待っててくださいと言われて、
寧ろそんな中自分の我儘を聞いてくれたことの方に感謝したいくらいだった。
アキは分かった。と言って大人しく待って……いなかった。
早くお弁当を届けないとという気持ちと、
折角、民間人が入ることができないボーダー本部にいるのだから、
少しだけ探検しちゃおうという好奇心に負けた事により、
アキは待っているはずの部屋から出た。
なんだかスパイ大○戦みたいなノリで。
いや、彼女の脳内では絶賛そのBGMが流れていた。
見つからないように…と意識しすぎると逆に浮いてしまうので、
普通に歩いていたから、他の隊員とすれ違っても特に何もなかった。
それが良かったのか悪かったのかは分からない。
ただ案の定、迷った。
それだけである。
記憶力は割といい方なのだが、
どこも同じ廊下で同じ部屋で特徴的なものが見当たらない。
案内板なんてものはなく、
こんなに広いボーダー本部を覚えるのは大変そうだなと思いながら、
少し考える。
先程の部屋までの道順は覚えたので戻ることはできる。
幼馴染を呼び出そうか…と考えたが、
彼女の中にある子供心がそれを良しとせず。
驚かせたいという欲求に負け、もう少し自分の足で歩いてみようという決断に達した。
今、よく分からない大部屋に辿りついたアキは意を決して、
通りすがりの隊員に話しかけた。

「あのー…哲…荒船くんどこにいるか知りませんか?」

幼馴染の荒船哲次。
アキがお弁当を届けたい相手だ。

「荒船さん?
知らないな…お前知ってる?」
「狙撃手って今から合同訓練とかじゃなかったっけ??」

合同訓練。
それを聞いてアキはしゅんとショックを受けた。
今回の協力者も確か合同訓練があるからと言っていた。
彼の後について行けば良かったのか。
…ボーダー見学してみたいと適当な理由を言うのではなく、
お弁当を届けたいと本当の事を言えば良かったと少しだけ後悔した。

「合同訓練…てどこで行って――」
「あれ?もしかして神威アキ!?」

その時だ。
隊員の一人が声を上げた。

「神威アキってあの神威アキ!?
今、連ドラ出てる!!?」
「本当だ、神威アキだ、やべ顔小さっ!」
「この前の映画!崖から飛び降りたシーンかっこよかったです!!」

一つの声がどんどん大きくなり、
瞬く間にそれは広がっていく。
気がつけばアキはボーダー隊員に囲まれていた。
なんというか圧倒される。

「アキ」

その声と共にアキは腕を引っ張られた。

「哲次くん」

本来の目的である人物の登場にアキは呑気に首を傾げた。

「合同訓練じゃなかったの?」
「どこでその情報を…いや、そうじゃねぇだろう。
なんでここに…」
「お弁当届けに来たの」
「どうやってボーダーに…」
「それは企業秘密で」

なんだか親し気な会話に他の隊員たちは釘付けだ。
その目線に気付き、
荒船は隊員達に散るように指示を出す。
…が、皆目の前の先輩より、目の前の芸能人。
そして二人の関係性の方が気になるようだ。
食いついてくる隊員達にどう相手をしようか考えている荒船をよそに、
アキが言う。

「幼馴染なの」

その一言に周囲はざわめく。

「荒船さん、神威アキと幼馴染なんて羨ましすぎる!!」
「分かったからお前等落ち着け。
…これ収拾つかないな。
アキ」

言うと荒船が再度アキの腕を引っ張り走り出した。

「あ、荒船さんが逃げた!!」

後ろからそんな声がするがお構いなしだ。
二人は人目がつかない場所を目指して走り出した。

「囲まれたヒロインを助けてくれる主人公。
リアルでこんな事されるなんて思っても見なかったなぁ」
「お前、相変わらず呑気だな」
「そうでもないよ?
好きな人にしてもらって凄くドキドキする」
「〜〜〜〜!!
なんでそんな事平然と言えるんだよ」
「私、伝えることが本業なので。
何度でも伝えるよ」
「分かったから、行くぞ」
「うん!!」



そんな会話がなされているとは知らず、
残された隊員達。
その中には荒船と一緒に騒ぎを聞き釣れた彼の隊員達もいた…。

「オレ、これどっかで見ました」
「まぁそうだろうな」

アキは役者だ。
ドラマないし映画で実際にやったのだろうと穂刈篤は言う。

「合同訓練どうするんですか?」
「不参加だろう、荒船は。
聞いてみるか、あとでどうなったのかを」
「え、それダルイやつっすよね!?」

割と真面目に言っている穂刈を見て、
半崎義人は溜息をついた。


20161201


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