荒船哲次
メソッド


「アキってそつがないよね」

私は器用ではないしやりたいこともない。
目の前にあることを片づけるためになんとなくやる。
やれるようになるように何度も何度も繰り返して……ただそれだけ。
できるようになったら更に高みを目指せばいいと思うのに、
そういう欲もない。

なんでもそつなくこなせて羨ましいって友達に言われることがあるけど、
それってそんなにいいものなの?
言われる度に私は思う。

私からしたら特技と堂々と言えるものを持っている友達が羨ましかった。
他には何もできないとか欠点だらけだよとか言っているけど、
これっと言ったらこの人とすぐに頭に浮かぶ友達が羨ましかった。
ただがむしゃらに進んでいく友達が羨ましかった。

“そつがない”なんて――

まるでお前には何もないと言われているようで、私は好きじゃなかった。

だから、なのかな。
自分が夢中になれるものを見つけたくて、
確かなものを掴みたくて、
マスターランクになるまではやり続けるという目標を決めて、
達成して、それでもこれだと思えなかったら違うポジションで再スタートをするのは……。


「神威さん!」
「え?」

聞きなれない声に私は少し驚いた。
今まで接点なんてな――いや、ランク戦くらいかな。
それ以外は全く話したこともない子。
だけど私が彼を知っているのはランク戦で戦ったことがあるからというだけじゃなくて、
最近、荒船くんが狙撃手へ転向したという噂を聞いたから。
攻撃手から銃手への転向、逆も然りだけど、
オールラウンダー目指している人が結構やる流れだから割と見慣れている。
だから、荒船くんが攻撃手から狙撃手へ転向したのは珍しい類のもの。
転向のきっかけが荒船くんの弟子……来馬くんのとこの隊員に負けたからというものだった。
自分の限界を感じて、攻撃の幅を広げるために理由はひとそれぞれだけど、
ポジション転向のきっかけとしては割とある話だった。
だけどこんなにも噂が大きくなったのは、
来馬くんのとこの子もそうだけど、荒船くんも攻撃手はマスターランクをとっている。
これからの伸びしろやボーダーの主力として期待されるくらい、
皆が注目している隊員だったからだと思う。
私にとって、荒船くんの認識は噂をしている皆とあまり変わらない。
あとは来馬くんが凄くいい子でかっこいいと言っていたのを聞いていたくらい。
いい子でかっこいい子と噂が少しピンとこないけど、
それだけ私には荒船くんは接点があまりない子だった。

「えっと……荒船くん、ランク戦ぶりかな」
「はい、この間はやられました」
「攻撃手の動きは何となく分かるからねー撃たれてくれてありがとうございました」
「先輩なかなか言いますよね」
「チーム戦だからね。ポイントは稼いでおかなくちゃ皆に申し訳ないもの」
「俺は撃たれるつもりはなかったんだけどな……」

まるで拗ねたみたいな言い方が少し可愛くて、
身長が自分より高くて見上げるような形になっても、
年下って可愛いなーって思う。

「でもこれからは簡単に撃ち難くなっちゃうね」
「別に撃たれるつもりはないですけど……どうしてですか?」
「狙撃手に転向したんでしょ?」
「……やっぱり知ってたんですか」
「噂になってるしね」
「あんなに騒がれるとは思ってもいなかったですよ」
「そう??」

攻撃手から狙撃手ってポジション全く違うから割と大きいと思うけど。

「神威さんも攻撃手から狙撃手へ転向しましたよね?
前例あるから、噂されるとか考えてなかったです」
「ん――確かに私の時は噂されるとか、なかったかな。
っていうか私が攻撃手だったの知ってたんだ?」
「そりゃ、ボーダーにいるなら知ってますよ。
攻撃手、狙撃手ときて今は……」
「うん、荒船くんとは入れ替わり。
射手始めたばかりだね」

そう、私は最初攻撃手だった。
マスターランクをとってから狙撃手を選んだのは……なんとなく。
ランク戦でベイルアウトする原因の大半が狙撃手による攻撃だったから。
射線を気にして動いたりはするけど、
思ってもいないポイントから撃たれた時は感嘆した。
自分が思っているよりも狙撃手は考えて動いている。
だから狙撃手を知りたくて、という理由で狙撃手を選んだ。
それもこの間、無事にマスターランクをとることができた。
そのまま狙撃手に留まらず射手に転向したのは、
狙撃手が近距離戦闘を防ぐために中距離攻撃ができた方がいいと思ったから。
攻撃手の経験があるから近距離戦闘ができないわけではない。
だけどライフル持っている状態での近距離戦闘というのはハードだ。
近づいてくるのが分かってて、尚且つ距離を離す事ができない。
そして近距離戦闘を避けるなら――と対処を考えたらそこに行きついた。
どのみちマスターランクをとったら次のポジションへと考えていたから丁度いい。
それだけだった。

ころころポジションが変わる私のことを理解できる人はいないだろう。
その前に理由がないから理解なんてできるわけがない。
ただ、皆不思議に思うというのは分かる。

「もしかして神威さんもパーフェクトオールラウンダー目指しているんですか!?」
「パーフェクト?」

木崎さん以外聞いた事ない言葉に思わず目を丸くした。
そんなこと、考えてもいなかったな。
……というか“も”?
それってつまり――……

「荒船くん目指してるの?」
「はい、だから同志かと思いまして!」

堂々と言い放つ荒船くんに少し気圧される。

「同志?」
「はい!
俺、木崎さんみたいにパーフェクトオールラウンダーになって、
メソッド化するのが目標なんです。
効率よく防衛隊員を育てることができたら、今後のボーダーの役にも立つし。
神威さんが狙撃手から射手へ転向されてもしかして――と思いまして」

同じことを考えている仲間だと思ったのだろうか。
だとしたら、確かに、興奮するかもしれない。
私も同じ目標を持つ仲間と一緒に頑張る方がヤル気でるから。
だけど、ごめんね荒船くん。
私そんな立派な理由でポジション転向してるわけじゃないんだよ。
真っ直ぐな目で言われると、
実はなんとなく自分がやりたいものを探していて……なんて、
水を差してしまいそうで言えない。
でも、自分の目標をしっかりもっていて前へ進んでいく姿は凄く――

「かっこいいね」
「……そうですか?」

キャップのつばを持ち深く被り直す荒船くん。
あれ、もしかして私変なこと言ったかな?
自分の言動を思い返してみようとしたところで、
荒船くんが口を開いた。

「神威さん、さっきの続きなんですけど、
俺が狙撃手になったら撃ち難くなるってなんでですか?」

何の話だろうと思って、
そうそう、さっきまで話していたことだと思い出す。
そこまでちゃんとした理由があるわけじゃないけど、
荒船くんよく考えて動く子だから、この言葉には意味があるんだと思う。
参考になるかは分からないけど。
私は思っていることを言う。

「狙撃手になったら今までと違うことと言ったら、
周囲の把握そして前衛の動きを見ることが多くなるってことだけど、
そうしたら、どこからどのタイミングで撃てばいいのか分かるようになるでしょ?
狙撃手としては当たり前のことだけど、
他のポジションはそうではない。
この思考と行動を解かっている状態で攻撃手で動くと判るのよ。
今が狙撃手が撃ってくる絶好のタイミングだって」

勿論、経験をたくさん積んでいる攻撃手は射線を気にして勘で動く。
だけど狙撃手の心得を知っているのと知らないのとでは精度は格段に違う。
……と私は思っている。
攻撃手の時では考えられなかった視点を狙撃手として見る。
攻撃手と狙撃手の視点を持つと全体を見通す幅が広がる。
すると、相手が何を考えて狙っているのか分かるようになる。
……要は勘を養うってことだけど。
何も知らなかった頃に比べると気付けることはたくさんある。
ポジションごとの思考や行動を知るといろいろ対策を練ることができる。
少なくても私はそうだった。
ピンチになった時は違うポジションから事を考えると、
意外にも活路を開く糸口になったりする。
閃きを養うという意味でも他のポジションを知ることは重要だと思った。
本当に、ただそれだけのことだった。

……参考になったかな?
なってたら嬉しいんだけど。

荒船くんを見ると、彼は目を丸く見開いて、
「攻撃の幅を広げるにもいろいろあるんだな」と呟いていた。

「百聞は一見に如かず。ROMを見ることで学べることでもあるんだけどね」
「そんなことないですよ。
百見は一考に如かず。百考は一行に如かず。百行は一果に如かずっていうの聞いたことあります」

見るだけでなく、考えないとダメ。
考えるだけでなく、行動しないとダメ。
行動するだけでなく、結果を出さないと意味がない――…。

ああ、そうか。
私は“そつがない”で終わらせるんじゃなくて結果を出すための確たるものが欲しいんだ。

荒船くんの言葉が私の胸にすとんと落ちてきた。

「神威さん、実践しているんですよね?
俺、凄くかっこいいと思います」
「……!」

初めて言われたその言葉に、胸から溢れてくる何か……
気を抜くと涙が出てきそうになった。

「ありがとう!荒船くんのおかげだよ」
「え、どういたしまして……って、俺何もしてないですよ」
「そんなことないよ」

自分の中に溜め込むだけで何も発しなかったもの。
荒船くんと話して初めて気づけた。
どうして行動するか分からない私のなんとなく。
その意味を気づかせてくれた。
なんとなくじゃなくて、ちゃんと考えて行動して得ようとしていることに、
気づかせてくれた。
それって凄く私にとって大きなことだったの。

私より年下の男の子。
なのに、かっこいいなんてずるいじゃない!
だから感謝の意を込めて私は宣言する。

「私、射手でもマスターランク目指すから。
先に行ってるね」
「すぐに追いつきますよ」

ほくそ笑む荒船くんを見て、私は自分を奮い立たせた。


20170416/2周年記念


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