vs
トライアングルは崩れない


2−Bには有名な人が二人いる。
芸能人ではなく、所謂クラスの人気者ポジション。
明るくて気立てが良くて誰とでも仲良くなれるそんな人。
それだけでも凄いのにその人達は見た目もかっこよくて女子に人気。
しかもボーダーに所属している二人は、
同学年だけでなく先輩後輩、そして他校にもそれとなく知れ渡っている。
出水公平と米屋陽介は二人とも仲が良いしクラスの皆とも仲が良い。
教室内で明るく楽しそうに話している。
…だけどただ一人、例外がいた。
社交的で人懐っこい二人が目を逸らし、
急に口数が減ったり、舌が回らずどもったりする。
出水と米屋は同じクラスの神威アキと話す時、必ずそうだ。
教室中に笑い声が聞こえるくらい明るい二人からは想像ができないかもしれないが、
現実に今起こっていた。

「…、神威ー」
「どうしたの出水くん?」
「あ、えっと…げ現国の課題、て提出してほしいんだけど…」
「分かった。ちょっと待っててね」
「お、おう」

「やべー俺まだできてねーわ…。
神威…ちちょっとノート、み…みせてくれねぇ?」
「ん?いいけど。
出水くん少し待ってもらえるかな?」
「あ、あぁ…じゃなくて!
槍バカ!何神威の、ノート写そうとしてんだよ!
自分でやれ自分で!」
「私は別に気にしない…」
「だ、だめだろ!?そんな事言ってコイツ楽したいだけだろ」
「神威がいいって言ってるんだから別にいーじゃん」

つまり自分はどうすればいいのだろうかとアキは困りながら、
ノートは提出しないといけないのでとりあえず出水に渡す。

「おう、さ、サンキュ」

そう言いながらも目を逸らされてなんだか気まずい。
アキは自分の席に戻ってこの気持ちを友人に言う。

「私、あの二人に嫌われてるのかなー…」
「え、どうしてそう思うの?」
「だって二人ともいつも私と目を合わせてくれないし、
なんか皆と話す時と違ってつまらなさそう…っていうか……無理に話している感じが凄くする」
「あ、はは…アキにはそれはそう見えるかも、ね」

アキの言葉を聞いて友人は苦笑するしかない。
2−Bにはアキ以外のクラス全員が知っている有名な話が一つだけある。
出水と米屋はアキの事が好きでだけど上手く話せず空回っている。
そしてそれを誤解しているアキは二人に嫌われていると思っているという事だ。
最初は冷やかしや嫉妬、逆に応援していた者もいたが、
ここまできたら皆当人たちに口出ししないで見守っておこうとなっている。
これが2−Bのスタンスで、
クラスメイト達は慣れてしまっているのでまたか…と思うにとどまっている。
のだが、
他のクラスの者は違う。

「おーい、米屋ー三輪来てるぞ」

この時、三輪はどうして自分はこのタイミングで来てしまったのかと思った。
いや、米屋に貸していた教科書を返してもらうために来ただけなので、
仕方がないのだが…。
なんだか面倒なものを見てしまったと立ち尽くした。
三輪から見ても出水と米屋はコミュニケーション能力が高く人付き合いがいい人間だ。
その二人が…どういう事か。
コミュニケーションボロボロどころか、
アキに対して好意を寄せているのがバレバレだ。
ボーダーで見せるあの鋭い表情や自分のペースを貫く姿勢はどこへいったのか。
…好きな人相手にああなるのか…と思わなくもないが、
自分が知っている友人たちの姿が違い過ぎて、引くしかなかった。

「陽介…」
「秀次どうしたんだ?」
「…今のはなんだ」

教科書を返せと本来の目的を忘れ、思わず目の前で起こったことを聞いてしまったのが、
今思えば三輪の失敗だったのかもしれない。
三輪はこうして2−Bの不器用なトライアングルに巻き込まれたのだ。



三輪が彼等の状況を知ってからプライベートでも割とアキの話が出てくるようになった。
今までは一応切り分けていたらしい…。
無論三輪が恋愛に関してあまり得意でないため、しなかったというのもある。
だけどこのままでは恋愛に進展しないどころか、
まともに会話できない状況…クラスメイト達は見守る態勢になってから助言さえしてくれないらしい。
それも三輪からすればそうなるよなと、
クラスメイト達に対して理解するのは早かった。

“気になって上手く話せない”
“こっちを見てくるから目を合わせられない”
“声を聞いてると幸せで話についていけない”

こいつら何言ってるのって感じだった。
最初は三輪も真面目に聞いていたが「でも〜」「だけどさ〜」と続く、
どこの女子だよと言わんばかりの返しに人の話を聞く気はないのかと思ってしまった。
「意識しすぎてダメになるなら逆に意識しなければいいだろ」と言えば、
「それができたら苦労しない」と尤もな事が返ってくる。
なら「一層友達と思え」と言えば、「好きなんだから友達って思えるわけないだろ」と返されたわけだ。
この二人、存外に面倒だった。

「…三輪先輩、どうかしたんですか?」
「あぁ…陽介たちが面倒で」
「三輪酷ぇ!」
「秀次〜防衛任務ちゃんとやるから、な!?」
「任務は真面目にやれ」

見兼ねた古寺が三輪に話しかけた。
彼の後ろで同じく三人の現状を見ていた奈良坂も思わなくはなかったが、
面倒に巻き込まれるのは目に見えていたので敢えて放置する方向だった。
弟子であり気遣い上手である後輩の古寺が話し掛けたので、
我関せずではいられなくなったが…。
理由を聞いて更に奈良坂は三輪の心境を察し、
同時に関わりたくない奴だと思ったが、
古寺が「あの米屋先輩と出水先輩が…」と驚いたり「お力になれたらいいんですけど…」と、
心優しい事を言うので少しだけ付き合う事にする。
同級生には厳しくても後輩には優しい奈良坂である。

「しかし正直なところ陽介たちとは学校が違うから、
俺達ができるのは話を聞くくらいだ」
「それでもいい」

そう答えたのは三輪だった。
相当堪えていたらしい。
確かに学校でもボーダーでも二人に捕まっていたら気疲れは半端ないだろう。
奈良坂は敬意を表し、三輪にたけの○の里を渡した。

「出水ーここか?」

そしてなんの前触れもなく…出水の隊長である太刀川が三輪隊の作戦部屋の扉を開けた。
彼を歓迎する者は誰もいなく、
皆に冷たい目で見られて太刀川は落ち込…まず、
堂々と部屋に入った。

「なんだ、太刀川さんじゃないですか…どうかしたんですか?」
「どうかしたじゃねぇだろ」
「いずみん、そろそろ防衛任務だから迎えに来たよ」
「この時間になっても作戦室に来ないの珍しいから、
忘れてるのかと思ったぞ」
「流石にそれは…」
「あ、忘れてました」

出水の言葉を聞いて太刀川隊は何も思わなかったが、
米屋を除く三輪隊はこれは重症な奴だと思った。
もしかしなくても早急に片づけないと今後の任務に差し支えるのでは…。
そしてそれは未来の米屋だと関連付けた。
多分、彼等の発想は何も間違えていない。
三輪隊のなんともいえない空気を感じ取って太刀川隊は首を傾げた。

「もしかして今取り込み中だったのかな?」

国近の言葉に今までの状況を軽く説明する。
「恋する男の子って感じでいいね〜」なんて国近は言うが、
ではそのまま引き取ってくださいと、
出かかった言葉を三輪たちは呑み込んだ。

「二人の対応が違い過ぎて…正直それで気づかない女子もどうかと俺は思うが…」
「神威は悪くないだろ!?」
「そうだな、悪いのはお前らだ」
「ぐっ…秀次が冷たい」
「だが、そこまで酷いなら相手は気づいていないというよりは勘違いしてるのではないか?」
「勘違い?」
「ああ、なるほど!
先輩達誰とでも仲良く話すのに自分にはそうじゃないからどうしてだろうと思いますよね」
「下手すると嫌われていると思っているかもな」
「うーん、確かにそう思っちゃうかもね〜…」
「終わりだな」
「終わりじゃねぇよ」
「奈良坂!縁起の悪い事言うなよ!!」

離せば話すほどカオスになっていく。
しかしそこに爆弾を投下した人間がいた。
太刀川だ。

「それなら告白したらよくねぇ?」

そんなことできるわけないと出水と米屋は抗議したが、
ここまでくればそれしかないだろうと言われぐうの音も出なかった。
そして太刀川のそれはある意味正論だ。
三輪隊の面々もそれを考えなかったわけではないが、
会話もまともにできていないのにそれはきついだろうと思っただけだ。
しかし言われてみれば確かに、
それしか現状はないように思える。
話を聞く限り、相手は二人に好かれている事も気付いていないようなので、
二人が変わらないなら、向こうの意識を変えるしかない。

「なにかしら好意を持っていることだけは伝えておかないと、
奈良坂が言うように終わりだろ。
それが嫌なら言ったらどうだ?
楽になるぞ〜」

はははと笑う太刀川の言葉は何でもない事を言っているようで、
真理的だった。
確かにそうだ。
友達と思えないとかそんな事言っている場合ではない。
どんな形でもまず、自分達が好意を持っている事を知ってもらわないとダメなのだ。
この場の雰囲気が変わったのを感じ、
太刀川はこれで解決したと思った。

「お、解決したか?
それじゃあ行くぞ〜」

言うと太刀川は出水を引きずり、三輪隊作戦室を出た。

「陽介」
「米屋」
「米屋先輩…!」
「お前等簡単に言うけどな〜〜」

このままじゃいけない事は本人達が一番分かっている。
ならば、決行あるのみだ。


そして二人は動き出した。
屋上に呼び出して告白しようと…。
彼等は緊張でいっぱいいっぱいだ。
しかし本人たちの気持ちを知らないアキにとっては、
彼等の顔は強張っており正直怖かった。
これから何を言われるのか想像してみたがあまりいい感じはしない。
なんで教室じゃだめだったのか。
早く友人のもとに行きたいと考えていた。

「神威、あ、あの…」
「お、おれ…たち、言いたいことがあって――」

きた…!

アキは思った。
日頃の鬱憤?か何かを言われるのかと身構えた。
目を合わせようとしなかった二人が意を決してアキを見る。
それに思わずびくっとしてしまったが、
二人はその事に気付いていなかった。

「な、にかな…?」

アキの言葉に二人は黙る。
そんななかなか言えない事を二人は言うつもりなのかと、
今度は不安がアキを襲った。

「おれと――」
「オレと――」
「「友達になってください!!!」」

「へっ?」

突然の呼び出し。
屋上に一人。
そこで男子生徒二人が待ち構えて…嫌味でも文句でもなんでもなく、
言われたのが思ってもいない言葉だったのにアキは呆けてしまった。
そして出水と米屋も言いたかったのは「好き」という言葉だ。
言おうとしたけど言えなかった。
そして先日の友人たちの話からそもそも好意を持っている事に気付いていない。
寧ろ嫌われていると思っているかもしれないという言葉を聞いて、
二人的にはそう思われる事の方が嫌だったわけで…。
彼等の精一杯はぐるりと回ってまずは友達からというところに落ち着いたわけである。
そんな彼等の葛藤を知らないアキは「うん」と返事をするしかなった。

「いいよ」
「本当か!?」
「良かった…!」

その言葉を聞いてアキはちょっとだけ笑った。

「…私、二人に嫌われてるのかと思ってたから少し安心した」
「そそそんな事絶対ねーよ!な?」
「あ、当たり前だろ!おれたちずっと仲良くなりたいって思って」
「本当?良かったー」
「「……!!」」

キーンコーンカーンコーン…

学校のチャイムが鳴る。

「それじゃ、これから友達としてよろしくね」

言うとアキは「早く教室に戻らないと…」と二人に言う。
だけど二人は少し屋上に残ると返事をしたのでアキは首を傾げながらも、
一人、教室に戻った。

アキがいなくなって二人…「うわ――」と叫び悶えていた。

次は絶対…!

そう心の中で思う二人の恋は前途多難であった。


20161219



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