vs
停戦協定
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「透、ちょっと聞きたいことが…」
「ああ、ここは――」
残りは課題という事で授業が終わった。
唯我アキはそのままの流れで躓いてしまった問題の解き方を隣に座っている奈良坂透に尋ねた。
奈良坂の教え方はとても丁寧で分かりやすい。
しかも完全に答えを教えるわけではなく今後解けるように考え方を導くスタンスだ。
それは答えを教えるよりは手間暇もかかり難しい事ではあるのだが、
奈良坂はちゃんと相手を見て説明してくれる。
それがアキにとって好ましく、
隣の席の縁もあり、つい聞いてしまうのだ。
「そうなるんだ。ありがとう。おかげでこの後もできそう」
「それは良かった」
奈良坂が笑うので、アキもつられて笑う。
お世話になったのは自分の方なのに、
まるで自分の事のように嬉しそうに笑ってくれるので、
アキは奈良坂は優しい人間なのだなと思った。
「そうだ、アキ。
今日はこの後どうするんだ?」
「ん?今日はボーダーに行くよ」
「用事か?」
「うん。出水とランク戦しようって約束してて」
「そうか。俺も一緒に行こう」
「透ランク戦するの?」
「…いい練習相手がいたらな」
ボーダー本部。
「出水、ごめん。遅くなった…」
「別に気にするなよおれも今来たところだから…って、
奈良坂と一緒か?」
「あぁ、同じ学校だからな。
一緒に来た」
「へー珍しいなお前がランク戦ブースに来るの」
「たまにはそういう日もある」
普段通りの会話だった。
学校は違えどボーダーに所属しているため、
奈良坂と出水の付き合いは長い。
それに比べるとアキは入隊して一年しか経っていない。
だけどこうして出水とランク戦の約束をするくらいに仲が良い。
それは同じポジションだという事もあり、
ランク戦であたる事が多かったから…というのもあるが、
自分の弟が出水が所属する隊のメンバーだったからというのが一番大きい。
アキの弟は個性的で彼女の言葉で言うと馬鹿で可愛い弟らしい。
その馬鹿で可愛い弟のおかげでその姉という事だけで最初は出水に勘違いされていたが、
ランク戦や言葉を交える事でその誤解も解けた。
出水は新人とか関係なく本気で戦ってくれるので、
自分の実力がどれくらいなのか知る事ができ、
戦況に合わせて考えて動く…だけでなく戦術のひらめきを出す訓練にもなっていて、
今ではお互い腕を競いあう関係になった。
本気で戦えるいい仲間であり、
自分の弟の面倒をみてくれる数少ないいい人であった。
そんな感じで仲のいい三人は、
周りから見たらいつも通りの会話をしていた。
だから普通なら気づかないかもしれない。
出水と奈良坂の言葉の節々に棘みたいなものがあったのを――…。
先程の会話も言葉通りに受け取れば何も思わないが、
二人からする「なんでお前がいるの」「俺の勝手だろ」という風になっている。
なんでこのような裏台詞になっているのか…それは、
出水と奈良坂はアキの事が好きなのだ。
そんな二人が自分に想いを寄せているなんてアキは知らない。
好かれている事は分かっているし、だから一緒につるんでいると考えている。
彼女が今やりたい事は自分磨きであり、
恋愛なんてアウトオブ眼中。
二人の好意がラブだとは思っていなかった。
ランク戦を終え、戦術について花開かせるアキと出水。
学校が同じ、クラスも同じで隣の席という羨ましい存在の奈良坂と違い、
出水がアキと堂々と接することができるのはボーダーだけだ。
自然と話すのにテンションが上がる。
…だけど残念な事に、アキの会話の大半が射手と弟の話という悲しい現実があった。
それを打開しようと出水は勇気を振り絞って違う話題を出そうとしていた。
「なーアキ」
「どうしたの?」
「今度の土曜か日曜って暇か?」
「その日は……」
クリスマスだ。
普通ならその日に誘われたらもしかして…と思うだろうが、
アキの場合、かなり怪しい。
一層の事バレてしまった方がいいのではないかと出水は思っている。
寧ろ射手と弟抜きの会話を普段からできる仲になれたなら…
想像しただけで幸せだ。
そんな出水の気持ちに気付かず、
アキが脳内カレンダーでその日のスケジュールを思い出す。
確かその日は…
「…出水、その日は……」
「予定が入っているから無理だ」
アキが答えるよりも早く答えたのは奈良坂だった。
お前、いつから聞いてたんだよと出水が視線で訴えるが、
目の前で堂々と話していれば聞こえると奈良坂が視線で返す。
「…何で奈良坂が答えるんだよ」
「ああ、アキは毎年クリスマスは忙しいのを俺は知っているからな」
「なっ!」
クリスマスに過ごせないのは残念だが、
誰か別の男と過ごされるよりは全然いいと若干開き直っている感は否めないが、
だから諦めろと言っている奈良坂に出水は軽く舌打ちをする。
これも同じ学校で同じクラスだからなせるわざだと思うと太刀打ちができない。
くそー奈良坂羨ましい…!と出水が思っているところ、
アキから思いもよらない言葉が飛んできた。
「透が言う通りクリスマスは家の用事があるけど、
イブは空いてるよ」
「!?」
「!!」
「それで出水どうしたの?」
まさかのイブが空いてる発言に二人は反応した。
「ならおれと――」
「イブ一緒に過ごさないか?」
「ちょっ、奈良坂…!アキ、奈良坂じゃなくておれと過ごさないか!?」
二人の顔を見てなんでこんなに必死なのかアキは理解ができない。
「出水が予定聞いてきたのってボーダーの事じゃなくて?」
「じゃなくて!プライベート!!」
「透は?」
「プライベートだ」
「じゃあ、三人で…」
「「そうじゃなくて!!」」
「なんで?友達なんだから皆で一緒に遊んだ方が良くない?」
「違うんだアキ!」
「そうだな。そういう単純なものではなくて…」
「姉さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」
物凄い勢いで彼女の弟である尊が飛び込んできた。
美しい髪がなびきすぎたのか、
髪を整えながらかっこよく見せるためにきりっと立っているが、
少し残念だった。
「尊。建物内で走らない。大声出さない。
皆に迷惑だし、誰かにぶつかって怪我でもさせたらどうするの?」
「それは確かに唯我家の長男としてあるまじき行為だった…反省するよ。
だけど姉さん!
ボクは話を聞かせてもらったよ…一体どういうことなのさ!?」
「何が」
尊のよく分からない発言にアキは遠慮なく突っ込んだ。
出水と奈良坂も邪魔者が来たと若干顔が引きつっていた。
「クリスマスイブ!!
どうして出水先輩と奈良坂先輩と一緒に過ごすことになってるんだぁ!?
姉さん分かってる?
出水先輩はボクに跳び蹴りしてくるし、
奈良坂先輩もボクに冷ややかな目で見てくるし、
そんな二人と一緒に過ごすなんて…もしも姉さんの身に何かあったらボクは――」
「唯我――誰が飛び蹴りするって?」
「アキの弟に対してそんな事をした覚えはないが?」
「ほらァッ!?今!ボクを!邪魔だって二人して見てっ!!」
「尊が騒がしいだけでしょ」
言うとアキは溜息をついた。
こうなると尊が大人しくならないのを知っている。
もう諦めるしかない。
尊が静かになるようどう穏便に済ませようかとアキは考える。
「姉さんはボクを独りおいて楽しむ気なの!!!?」
「…寂しいなら尊も友達と遊べばいいんじゃないの?」
「今年は!たまたまっ!!
友人と都合があわなくて暇だって言ったじゃないか〜〜!!」
「そうだった?
ま、暇なら仕方ないか。
悪いけど二人とも、尊が寂しいみたいだから四人で…」
「姉さん!クリスマスコンサートの練習に付き合って欲しいんだ!
今年はなんだか不安で…お願いだよ姉さん!
ボクを見捨てないで―――!!!」
尊が言うクリスマスコンサートとは、
唯我家主催のクリスマスパーティで行うコンサートであり、
二人は毎年そこで演奏を披露する事になっている。
恒例行事なので練習は欠かさないし、緊張する事もないのだが…
弟がこんな事言うなんてよっぽど今回の演目に自信がないのかとアキは思った。
自分の父親は割と世間体を気にしているので、
ミスをすると確かにまずいかもしれない。
唯我家の人間として、
常に家の為、世間の為と教え込まれているアキにとって、
二人には申し訳ないが…尊の方の優先順位がぐっと跳ね上がった。
友達と遊びたい気持ちはあるが、
話の流れ的に三人では無理そうで、しかも少し険悪な雰囲気になりそうだったのを思い出し、
一層の事、一緒に過ごさない方が平和なのではないかという考えに行きついたのもある。
申し訳ないが今回は尊をとろうとアキは考えた。
「そういう事だから二人ともごめん。
またの機会で」
「姉さん、そんな悠長にしてる場合じゃないよ!
今すぐぅー早くぅーここから離れてぇぇ!!」
尊はアキの手を引っ張っる。
最後本音が駄々漏れだ。
尊の言葉に出水も奈良坂も内心「唯我――!!」と叫んで、
飛び蹴りか狙撃かを喰らわしてやりたい気持ちになった。
アキがいるためそれは今、実行することはできないけども。
「出水…」
「ああ、分かってるよ」
ブースから二人の姿が消えて二人は呟いた。
誰がアキと付き合うかとかの前にあの弟の存在をなんとかしなくてはいけないと、
二人は認識した。
「そもそも弟はお前の隊の人間だろう」
「…あとでハチの巣にする」
アキ本人に意識してもらうよりも先に、
弟に姉離れさせないとこれから先大変だという事を認識し、
二人は一旦停戦協定を結んだ。
20161223
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