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シンデレラ、ガラスの靴を履く


それを見つけたのはたまたまだった。

大学に通いながらボーダーの防衛任務やシフト調整と既に管理職と同じ仕事をし始めている風間蒼也にとってランク戦は自己鍛錬の場であり、息抜きの場でもあった。
観戦ブースで隊員達の戦っているところを見て気になる隊員がいれば手合せをしアドバイスをするのは仕事というより性分だ。
目の前の隊員の成長を信じて助言をするのはいい先輩であり、いい上司である。
ただはっきりと言うため聞く者からすれば辛辣に聞こえることもある。
相手にどう思われても構わない風間は言葉を選ぶことはない。
もう少し優しい言葉を掛ければいいのにと言われてもそれが本当に目の前の人間のためになるのかと考えれば否である。
大半の人間は自分にとって不都合な言葉を受け入れることができない。
だからといって都合のいい言葉を並べたところでたかが知れていると思っている。だから風間は真っ直ぐな言葉を投げつける。
そこから先、成長しようと足掻くのであれば多少なりとも力になる。
風間はそういうストイックな人間だった。
彼のそういう面倒見がいいところは評判であり慕う者もたくさんいる。
そんな風間が誰か特別に目を掛けるというのはあまりない。
だから目の前の少女に対して特別視していたわけではない。
はっきり言えば今まで意識していなかった。
ランク戦をするまでは――。

神威アキ。

彼女が強かったわけではない。
何かに特化した技術があるわけではない。
サイドエフェクトを持っているという話も聞かない。
目の前にいる少女は他の隊員と変わらないただのB級隊員。
だけど風間はこの試合で感じたのだ。
過去に自身の隊を作り上げる時のあの感覚を――。
その時風間の脳裏にある光景が浮かぶ。
経験したことがあるからこそその直感はただの勘ではないと確信した。



◇◆◇



それを見つけたのはたまたまだった。

二宮匡貴は正直弱い人間のランク戦には興味がない。
……というとまるで隊員を見下しているようで語弊があるのでもう少し具体的にいうと、なんの努力もしない人間、自分の実力を理解しようともせず間違った方向に努力し自分は頑張っていると言い張る人間に興味がない。寧ろ嫌いだ。
壁にぶつかって嘆くだけで乗り越えようとしない人間が嫌いだ。
こういう人種を弱いと分類し自分の中で興味のない人種としてしている。
ここまではっきり線引きしてしまうのは自分が高みを目指しているからなのだろう。
とにかく二宮にとって下位の隊員のランク戦を観るのは時間の無駄でしかなかった。
そんな二宮が彼女を見つけたのは偶然だった。もはや運命と言っていいのではないかというくらいの低い確率――神威アキの戦う様というのは正直言って普通だった。
派手な攻撃ではない。インパクトが残るような技など持っていない。逆に人の印象に残らないような動きだったといってもいい。
ランク戦開始後、トリオン体が転送される。
鉢合わせるまでの間、相手を先に見つけるのはアキで仕掛けるのも決まってアキからだった。
それがどういうことか……彼女の対戦相手は彼女を発見することができず彼女の先制攻撃を受けているということだ。
結果だけ見れば彼女の勝ち星は少ない。
接近戦での対人技術がまだ足りないのだろう。
ボーダーのランク戦はログがとってあり隊員なら誰でも閲覧することができる。
一覧には日付、対戦した隊員、試合結果だけが出るようになっているため彼女の強みは誰にも気づかれることがなかったのだろう。
最近の兵として上がってくるのはルーキーの空閑遊真や雨取千佳の名前が出回っていることもあり彼女の名前が挙がってこなかったのも頷ける。
磨けば光る人材だと二宮は思った。
そう思ったら行動は早かった。



◇◆◇



「俺の隊に入らないか」「俺の隊に入れ」

急に聞こえた二つの声にアキは目を丸くした。
何を言われたのかは理解できる。
だがこの二人に声を掛けられる理由は分からなかった。
一人は先程までランク戦をしていた風間だ。
今の試合で自分の甘いところを指摘してくれたアキにとって大先輩である。
もう一人は誰だろうとアキは自分の記憶を漁る。
確か射手の友達がかっこいいと言っていたのを思い出し、射手で一番強い人だと思い出す。
そんな二人に声を掛けられるのは凄いことなのだと想像するのは難しくない。
自分が強ければ自信にもなり誇りにもなるだろう。
だが残念なことにアキはB級隊員に上がりたてという事実を抜きに考えても自分は弱い部類になることを知っていた。
だから二人の申し出は嬉しいよりも驚きが先に出てくる。
ドッキリか何かかと考えたが目の前の二人がその手の冗談をするように思えず……つまり本気だと分かっても尚、現実を受け入れられずにいた。

「二宮か珍しいな」
「風間さんこそ」
「そうでもない。
敵に気づかれにくいというのは意識しても習得するのは難しい。
……隠密行動を主体としているうちに神威が入れば隊として戦力が上がると考えただけだ」
「そうですか。俺の隊の方でももう一人サポート役が欲しかったところです。
今のうちの隊員ならサポート役が増えればそれだけ戦術の幅が広がりますので」
「隊のバランスの良さ、そこから戦術を広げていく攻撃的なのがお前の隊の持ち味だと思っていたが……そうだな。
神威が二宮隊に入隊すれば戦術は広がるだろう。
だが見ての通り神威はまだ攻撃手の駆け引きが未熟だ。訓練するのに時間を有する。
その上でチームの連係ができるレベルまで持っていくには時間が掛かるのではないか?」
「それは風間隊の方でも同じでしょう。
寧ろ今の風間隊の完成度を考えれば下手に増員して本来の役目を損なうことになると思いますが」
「それは最初だけだ。将来性を考えればうちしかないだろう」

アキが状況を整理している間、風間と二宮は言葉という武器を使い攻め合っていた。
自分を巡って取り合いになっているように聞こえるが、ところどころ自分の未熟さを指摘され自覚するようにというような発言が度々こちら側に飛んでくる。
その通り過ぎてなんというか申し訳ないとアキは思わずにはいられなかった。
精進するからどうか二人ともお開きにしてほしい。
風間と二宮の口論にいつの間にか周囲が野次馬化していた。
それにアキはますます身体が縮こまってしまう。
しかし現実は無慈悲にもアキを待ってはくれなかった。

「「神威」」
「はいっ!」

二人の口論にいきなり巻き込まれアキは反射的に返事をした。
ガチガチになった身体、表情も硬い。声も少しぎこちなくアキが緊張していることに気づいた二人は少し落ち着きを取り戻した。
いつまでも風間と二宮だけが言い合っていても仕方がない。
ランク戦で決着をつけようかとも思ったが今まで何度も戦ったことのある相手だ。
お互いの手は知っていた。それに当事者であるアキの意見を聞かないことには勝手に話を進めるわけにもいかない。

「お前の意見を聞きたい」
「風間さんと俺とどちらをとる?」

二つに一つ。
どちらかしか選べないというなら単純に同じポジションの風間を選ぶべきか。
でもそれだけの理由で選ぶのは少し違うような気がすると悩むアキがじれったくなったのか答えを求める声がする。

「どちらが自分の成長に繋がるのか決めることができないのか」

風間も二宮も今までかかわりのなかった人間だ。
必死に悩んでいたアキにはそれが誰の声だったかは判断できなかった。
言葉を拾ったのが不思議なくらいの緊張状態。
それでもその言葉を拾えたのはそれが自分の願望だったからだ。
正しいかどうか答えはない。
ただ自分を信じて……自分の可能性を見出して誘ってくれた彼等を信じるのであれば……アキはぎゅっと拳を握りしめる。

「か、風間さんよろしくお願いします!」

アキの言葉を聞いて風間が不敵に笑う。

「そういうことだ二宮。神威は貰うぞ」
「ちっ」

二宮の舌打ちにアキはびくっとしたがその後に続く風間の言葉に頷き後に続く。
どうやら今から訓練をしてくれるらしい。

「待って下さい!」

言うと先程の二宮の口論の時とは打って変わってアキを待つ風間。
アキが追いついたのを確認してから歩き始めた。
先程よりも歩きやすくなっていることに気づきアキは胸を撫で下ろした。


20170917


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