彼等のバレンタイン
なぞなぞ


「ここをこうして……」
「アキ先輩、チョコにお湯が入っちゃいます!」
「あっ!湯煎難しいなー……焦がさないようにかき混ぜつつお湯が入らないように注意して……」
「そもそもその小さなボウルを持って傾け過ぎなのよ!」

「……あれは何をしているのだ?」

玉狛支部の台所。
玉狛所属の女性隊員と支部にあまり顔を出さない本部隊員兼エンジニアのアキが騒がしく何かを作っているのに疑問を持ったヒュースは口にした。

「あれはバレンタインのチョコだな」
「バレンタイン?」

チョコは知っているがバレンタインとは一体何なのか?とヒュースはさらに疑問を口にする。
あちら側の世界にはなかった行事だ。ヒュースが知っているわけがない。
彼の疑問に対し答えてくれたのは烏丸だ。

「バレンタインは二月十四日に祝われる愛の誓いの日だな。
日本では女性が好きな相手へ贈るのが一般的だ」
「それは本当か?」
「本当だ」

真剣な顔で問答を行う鳥丸をヒュースは見つめ返す。
何度か彼の嘘に騙されたことがあるヒュースはその言葉を素直に信じていいものかと悩んでいるようだ。
烏丸の隣に座っている修に視線を向けるが、何も補足をしないところを見ると烏丸の言っていることは真実らしい。珍しいこともあるものだと感心しつつ考える。
愛の誓いというからに大層な日であるのだろう。

「何故女からと限定されているのだ?」
「日本人はオクユカシイからな。積極的になれるイベントを用意したんじゃないのか?」
「それで男は何をするんだ?」
「相手の気持ちを受け取ってきちんと自分の気持ちを返せばいいんじゃないかな?」
「ああ、だから渡す側つまり伝える側はあんな感じで必死に作っている」
「なるほど。求婚に必要な儀式のようなものか」
「その通りだ、ヒュースも受け取る時は覚悟しておいた方がいい」
「え、ちょっと烏丸先ぱ……」

烏丸の言葉を裏付けるかのような台所のチョコ作り模様を見てヒュースは納得する。
彼が少し勘違いしていることに気づいて修が訂正しようとするがそれを狙ったのか否か遊真がヒュースに尋ねた。

「ヒュースは贈られたい誰かがいるのか?」
「なっ!……そんなのお前達に言う必要はない」

顔を赤くしながらソファから立ち上がり部屋を出て行くヒュースを見て遊真と烏丸は全てを察した。

「あれはいるな」
「ですな」
「二人ともヒュースを揶揄うのは……」
「別に嘘はついていないぞ?本命に渡す文化は日本にはあるんだろう?」

確かにその通りだが……と修は頭を悩ます。義理チョコの存在を話していないのはわざとではなくタイミングがなかったからだ。決して悪戯心からではない。
「何かあれば俺達がフォローしてやればいい」という烏丸の言葉に修は頷く。
そんな彼等のやり取りを見ていた遊真はヒュースより一足先にこちら側の世界にいたためかバレンタインのことは知っている。
少し前から小南がそわそわし、千佳やアキがチョコを作ろうと約束していたのを見て興味が湧かないはずがなかった。
どうしたのかと聞いたら本人たちは教えてくれなかったが宇佐美からしっかり情報を得ていた。
バレンタインは愛だけではなく感謝の気持ちを伝える日でもある。
「遊真くんはどんなプレゼントを貰えるんだろうね?」と言っていたのは記憶に新しい。
そして誰にどんなプレゼントを貰うかは贈ってくれる人間がいないと分からないのである。
遊真は台所にいる彼女達を見る。

「うーんこうやってじっと見ているのも退屈だな」
「まぁ本来は女性が準備をしているところを見ない方が良いんだろうけど」
「そうなのかオサム?」
「いや、分からないけど……」
「去年は小南先輩に部屋ごと立ち入り禁止にされたんだが、いろいろ事故があったからな――」
「うーん、おれちょっと見てこようかな」

去年の詳細も気になるが今年の方が気になると遊真はとことこ台所へと歩いていく。
ひょこっと顔を出してみればそこにはひと段落がついたのかアキ達は後片付けをしていた。

「ひょっとして終わったのか?」
「遊真くん?どうしたの?」
「とりまる先輩から去年はバレンタイン事故があったって聞いたからな。
今年は大丈夫なのか様子を見に来ました」

隠すこともなくありのままを伝える遊真に小南は慌てて弁解する。
どうやら事故の当事者らしい。

「とりまるったら余計なことを言って……!ちょっと私言ってくる!」
「うーんここを占領しすぎも良くないかな……タイミングもいいし皆でおやつにしようか」
「おぉーそれはいいタイミングですな」

烏丸に文句を言いに出た小南の後を追うように宇佐美もお茶の準備をするためにダイニングルームのテーブルの上を綺麗にして準備をする。
残された千佳とアキはそのまま器具の片づけを続けるらしい。
何も言わずにお互い作業をし始める辺り二人は案外仲が良いのかもしれない。

「あ、そうだ!」

急に思いついたのかアキは手を止めて冷蔵庫から何かを取り出し遊真の前に持ってきた。

「これ味見用なんだけど空閑くんにも上げるね。内緒だよ」

周囲に気付かれないようにと小声で話すアキはなんだか摘み食いをしようとしている子供みたいだ。
無邪気に笑うアキに連れられて遊真も笑う。

「いつもありがとう」
「これは感謝の気持ちってヤツ?」
「そうだね」

遊真のサイドエフェクトは反応しない。彼女が向けている気持ちは本物だ。それがどれだけ心地よいことか。
だけど同時に胸の奥で燻る何かに気付く。それが何だろうかと考えて遊真は一つの考えに行きついた。

「先手を取られると後手にしか回らなくなるな」
「え?」
「なぁアキ」

遊真は顔を近づける。小声で話していたこともあって誰にも聞かれたくない内密な話でもあるのかと思いアキもあわせて顔を近づける。
アキの耳元で遊真が囁く。

「バレンタインはおれにチョコくれるのか?」

今貰ったのは味見用だし。
催促をしているように聞こえるだろうか。だとしても遊真は気にしない。
バレンタインチョコが貰えるのか……純粋に知りたいだけなのだ。
遊真の言葉に一瞬呆気にとられたがアキはさも当然のように言う。

「当たり前だよ」
「それって義理?」
「え、っと……」

ここで言葉が詰まるのはほぼ確定したようなもの。
例えアキが間髪入れずに応えたとしても嘘を見抜くサイドエフェクトを持っている遊真からしてみればこの質問に対する答えはなんなのか分かる。
イエスかノーでしか答えさせない。嘘を見抜くのに一番分かりやすい方法だ。
遊真のサイドエフェクトのことを頭からすっかり抜けているのか律儀に答えるアキに遊真は笑う。

「当日楽しみにシテイマス」
「……楽しみにしていて下さい」

何故か敬語を使ってくるアキに胸が温かくなる。
満足したのか遊真はにやりとほくそ笑んだ。


20180213


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