彼等のバレンタイン
恋は毒のように


ボーダー本部の嵐山隊作戦室。
嵐山は遊真からバレンタインに貰ったチョコの話を聞いていた。
チョコを貰ったことに対してなのかそれとも贈ってくれた相手に対してなのか楽しそうに話している遊真をまるで自分の弟のように喜んでいた。

「そうか遊真は貰えたんだな」
「うん、凄く美味しかったぞ」

「良かったな」と言いながらふと嵐山は自分の目に止まった物を見て言う。

「良かったら何個か持って帰るか?」

それが何を指しているのか遊真はすぐに理解してくれたらしい。いや、そもそも嵐山隊作戦室に段ボール箱に箱詰めにされている無数のチョコを見れば誰でも察しはつくのだろう。

「これ、アラシヤマに贈られたものじゃないのか?」
「まさか。これは市民からボーダーへの贈り物だよ」

嵐山は毎年バレンタインになるとボーダー宛にチョコが贈られてくること。それを窓口として受け取っているのが広報活動をしている嵐山隊だということを遊真に説明する。
中には隊員の名前名指しで贈られているものもあるためそうであるものとないものとで仕分ける。
贈られる相手がはっきりしている場合はその隊員の元へ。残りは皆に行き渡るように配る。どれだけの市民がボーダーを応援してくれているのかを伝えるために――チョコレート難民にとっては有難いことだろう。

「そういうことならお言葉に甘えて……皆の分貰っていくぞ」
「ああ、袋準備するな」

遠慮なく遊真は玉狛支部の人数分のチョコを手にし嵐山が用意してくれた袋に入れる。なんというか手際がいい。本当に隊員に配るつもりだったんだなと思いながら遊真は嵐山にお礼を言う。
早速皆に届けようと部屋を飛び出した遊真を見て嵐山の顔がほころぶ。後輩の背中を見送りチョコの仕分けを始める。すると部屋の外で遊真が誰かと鉢合わせたのか言葉を交わすのが聞こえてきた。

「こんなところで偶然ですな」
「……何言ってるの?」
「今アラシヤマがチョコを配ってるぞ」

言葉を交わし終えたのか外から声が聞こえなくなる。声を聞いて相手が誰なのかは想像しなくても分かる。
唐突に開かれた作戦室の扉。まるで答え合わせをするかのように入ってきた人物に嵐山は快く迎えた。

「わー三上に借りた漫画みたい」

それはチョコの山のことを言っているのだろうか。入室して早々言葉を漏らすアキに嵐山は苦笑する。「どうしたんだ」と聞くのは愚問だろう。どう考えてもアキは遊真に誘われ入ってきた。ただそれだけ。いつも通りの彼女はバレンタインというイベントに興味がなさそうだ。
有無を言わず嵐山の向かい側にある椅子に座ってチョコの山から一箱手に取る。

「遊真に聞いたんだけどコレ嵐山が皆に配っているの?」
「ああ。皆から貰ったのを分けて今充達が配っている最中だ」
「皆から貰ったのをねー……」
「アキも好きなだけ持って帰っていいぞ?今準備する」
「あーいらない。加古さんと三上に貰ったから」

アキが持っている紙袋には既に幾つか入っている。あげるよりは貰う派の人間であるアキは何も考えずに適当にチョコを手にする。品定めているのか口々に「手作りっぽい」「空けるのめんどくさそう」「これ貰ったわ」等と呟いているが彼女の基準は全く分からない。
ショップに売っているものであれば何となく中身が分かる嵐山は親切心で何か好きな味があるのかと聞こうとする。
「アキ」と彼女の名前を呼ぼうとしたところで急にアキの手が止まり見つめ続ける。急に室内が静かになったのが気にならないはずがない。

「これ、嵐山宛なんだけど――」

カードに書かれている名前とメッセージにアキの眉間に皺ができる。
「流石にこれは貰えないわ」と呟く彼女に貰おうとするなよと突っ込みたいところだが残念ながら突っ込み者不在である。

「そこはまだ分けていなかったかもしれない」
「やっぱりよく貰うんだ……そうね、やるしかないものね……」

再度がさごそと音を立て始めたためアキの呟きは聞き取れなかった。そして音が止んだかと思えば聞こえてきたアキの言葉に嵐山の心臓は一瞬止まった。

「意外と美味くできてるじゃない」

彼女は今何を言ったのだろうか。
目の前にある段ボール箱のせいで彼女の手元は見えないが恐らく彼女は空けて中身を見たのだろう。常識的に考えてありえない。更にいえば口元がもごもごしているのを見ると彼女の口の中に何かがあるのが分かる。
他人の贈り物を勝手に食べるのはいかがなものか。

「アキそれは――」
「何、欲しいの?」
「そう言う問題じゃな……」
「はい」

嵐山は非難しようと立ち上がったところで口元に何かが押し当てられる。思わず口の中に入ってしまったそれはほんのりと甘い味がした。

「美味しいでしょ」
「う、うん」
「……そうなの」

反射的に答えてしまったが口にした物が本当に美味しかったかどうか嵐山には分からない。
ただその言葉に反応してアキの目が丸くなる。そして目を逸らしてぶっきらぼうに吐かれた言葉に彼女が何をしたいのか察するには少しばかり難しい。
何せアキの行動や言葉、表情に仕草といろいろなものがかみ合っていないのだ。
どういう状況なのか整理しようと頭を動かすが上手くまとまらない。脳内で理解不能だとすぐに音を上げるのは嵐山にしては珍しかった。

「用は済んだし帰るわ」
「ん?もう帰るのか」
「流石にこれ以上は無理よ!」
「??」
「あとそれ!嵐山が口にしたんだから後始末しなさいよ!」

理不尽な物言いに流石の嵐山も絶句する。
物凄い勢いで作戦室を飛び出たアキを見送り暫く立ち尽くす。

「何だったんだろうか……」

そう呟く嵐山の心境はご尤も。
まるで台風が通り過ぎたかのような静けさに何か引っ掛かりを感じるが当の本人がいなくなってしまったのだから仕方がない。
アキに言われた通り食べかけのチョコの残りを食べようと彼女が座っていたデスクの方へ回ったところで首を傾げる。
デスクの上には嵐山宛だと分かるように名前を書かれたカードがつけられている包みとそれとは別の開封されたチョコ。生まれた違和感に先程のアキの行動がちらつく。そして徐々に大きくなってきた違和感に耐え切れず嵐山は作戦室を出た。


20180218


<< 前 | | 次 >>