彼等のバレンタイン
ハッピーバレンタイン


ボーダー本部。
ランク戦を終えて通路を歩いているヒュースは奇妙なものを見たような気がした。
ヒュースがいるのはT字になっている通路。自分の目の前を赤い隊服に身を包んでいる男が段ボールを持ち運んでいく。その隣には自身のチームメイトである遊真もいた。彼も同じく段ボールを抱えている。
自分と違って遊真は玄界に馴染みがある。今目にしたような和気藹々とした光景はよくあるのだろう。
暫くして二人の後を追うように一人の女性隊員が紙袋を持って物凄い形相で歩いているのを見た時は今から何か始まるのかと僅かながら警戒したものだ。

「ヒュースさん!」

名前を呼ばれて振り返る。そこには見知らぬ隊員の姿。身体をもじもじさせながら手渡されるそれにヒュースは先日玉狛で行われていたバレンタイン(前夜祭)を思い出した。

玄界の行事の一つにあるバレンタイン。この日は想い人に気持ちを伝える日とお世話になっている人に感謝を伝える日だと聞いた。
前者は烏丸にそして後者は修が後から教えてくれたものだ。だから今回のイベントの概要はヒュースも把握していた。
本命に自分の気持ちを伝えるのは覚悟がいることだろう。
ふとヒュースの脳裏に先ほどの光景がよみがえる。
恐らくは赤い隊服の男に先程の女性隊員は自分の気持ちを伝えるつもりだったのだろう。
なるほど。本気だからこそあんなに血走っていたのかと合点する。
自分には関係のないことなので至極どうでもいいのだが。
さて、それを踏まえて目の前の隊員はどうなのだろうか……と考えるのが普通なのかもしれない。
生憎ヒュースは知らない人間から貰うつもりは更々ない。無愛想にも受け取らないことを示し早急にこの場から立ち去る。
この後は陽太郎を迎えに行くために公園に行く大事な予定がある。
そして陽太郎の隣にはいつものように彼女もいるのだろう。
お菓子作りが好きな彼女のことだ。いつも作ってきては陽太郎とヒュースにプレゼントしている。
だから今日という日にお菓子を用意していないわけがない。
疑問に思うこともない決定事項。
それが自分の中で当然だと認識するまで親しくなるとは思ってもいなかった。
そして今日用意されているお菓子は恐らく修が教えてくれた方のだろうと想像するのも難しくなかった。
お菓子に込められている意味に一喜一憂する日が来るなんて今まで考えていなかったヒュースにとって、今日はなんだか複雑だった。

いつもの公園に到着する。
辺りを見回さなくても分かる。
彼女、アキの姿を見つけてヒュースは近づく。

「ヨータローは?」
「うん、今日は用事があるから帰るんだって」
「ならアキがいつまでもここにいる必要はなかったのではないか?」
「わ、私がいたかっただけなの!ヒュースくん陽太郎くん迎えに来ると思っていたから……」
「そうか」

アキの親切心が優しくて苦しい。
煮え切れない気持ちを持ちながらもまだその時ではないのだと、今はまだ友好関係を築き上げていればいいのだと自分に言い聞かせる。
だからいつものように振舞う。

「送る」
「待って!」

ここで彼女が制止するのは珍しい。
何かあったのだろうかとヒュースは振り向く。

「その前に貰って欲しいものがあるの」

おずおずと差し出された紙袋。
バレンタインのお菓子だということは考えなくても分かる。

「いつもありがとう」

アキの口からその言葉が出てくるのは予想済み。だから落胆はしない。
ヒュースはいつものようにお菓子を受け取り「ありがとう」と言うだけなのだ。

「それで!最後まで聞いてほしいことがあって……」

喉まで出かかった言葉が消える。
ヒュースはアキの口から放たれる言葉を待つだけだ。なのにこんなにも時間が遅く感じるのは何故なのだろうか。

「私ヒュースくんのこと、好き、なの……」
「……っ!」
「嬉しかったの。いつも傍にいてくれて。だからこれからも一緒にいてくれたらなって……」

それはこちらの台詞だった。
嬉しい。傍にいてほしい。
ずっと前から思っていた。だけど伝えられなかったのはアキの中で大事にしていたものを壊したくないと思ったからだ……いや、違うか。
ヒュースは思いなおす。
アキに気持ちを伝えなかったのは彼女がヒュースを友達だと思っていたからだ。
彼女の中でヒュースよりも陽太郎の存在の方が強いと思っていたからだ。
だから彼女の中で陽太郎よりも自分の存在が大きくなるまでは言うつもりはなかった。
否、言えなかったのだ。
好きな人に自分のことを一番に想ってもらいたい。
男なら誰もが持つ感情だ。
その確信を得るまで言えなかったのはただ自分が弱かっただけなのだ。
ヒュースはアキを見る。頬を染めている彼女を何と言えばいいのか……。見ているだけで嬉しさと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。

「ちょっと待ってくれ……!」

思わず出た言葉は自分に都合のいい言葉。だけど言われた本人は違うだろう。アキの肩が震えたのをヒュースは見逃さなかった。
早く次の言葉を言わなければ……。アキに勘違いをさせたいわけではないのに口は素直になってくれそうにもない。
後ずさりそうな彼女を引き留めるにと考えるよりも早く身体は動く。

「オレも……」

ヒュースとアキに挟まって紙袋がくしゃりと音を立てる。
じわじわ浸食してくる熱に今の行動の方が大胆だと気付く余裕を与えない。
ただヒュースにできたのはアキの耳元に囁くだけ。
それを今しなければいけないだろうとヒュースは勇気を振り絞る。

「好きだ――」


20180225


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