今日のち未来
並んで歩く未来で


「あ――、おチビ先輩とランク戦してた人か」

 昼休み。
 脈絡もなく聞こえてきた言葉に何のことか分からなかったけど、なんとなく自分に言われているような気がしてきらりは振り返った。
「どっかで見たことがあると思ってたんだよねーあ〜スッキリたー!」
「出穂?」
「きらり、この前の休みに動物園行ってたでしょ」
 ――動物園。
 いつだったかとわざわざ記憶を掘り起こすことなく夏目出穂がどの日のことを言っているのか分かったきらりは反射的に緑川のことも思い出して胸が高鳴った。
「うん。何で知ってるの?」
「家族で遊びに行ったときに見つけたんだよね」
「だったら声掛けてくれたら良かったのに」
「いやー男子と一緒だったし、あれどう見てもデートでしょ? そこに声を掛ける程アタシ無粋じゃないわ」
「で、ぇート」
 小さく反復して顔が熱くなる。
 そう、夏目が言っている通りあれはデートだった。しかも初めての。緊張したし、分からないことがたくさんあった。でも楽しくて。帰ってからもどこかそわそわして落ち着かなかったのを覚えている。
 周囲から見てもデートと思われるのは恥ずかしいけど同時に自分達の気持ちを認めて貰えたようで嬉しい。思わず口元が緩んでしまう。
「そんなにニヤけてさー幸せ絶頂じゃん」
「うぅ」
 夏目に指摘されてきらりは慌てて自分の頬を両手で押さえた。
「私、顔おかしくない?」
「おかしくないおかしくない。あと、頬押さえても表情戻ってないからね」
「う――」
 突っ込みとフォローを同時に貰ってどうすればいいのだと唸るきらりの横から雨取千佳が声を掛ける。
「きらりちゃんおめでとう。付き合っているの知らなかったからびっくりしちゃった」
 言われてはっと我に返ったきらりはそういえば彼氏ができたことを黒江以外に話していないことに気づいた。付き合い立てで何をどうすればいいのか分からない状態で誰に何を話せばいいのかきらりは分かっていない。黒江はボーダーで付き合いがある上に緑川の幼馴染だったから自然に話をしていたが、言われてみれば友達に彼氏どころか好きな人の話もしていない。言わなかったからといって二人が怒ったりしないことは分かっているが隠し事をしていたみたいで胸がなんだかもやもやしていた。
「うん、最近、彼氏できたの。二人ともスナイパーだから知らないかもしれないけど同い年でボーダーの」
「おチビ先輩と一緒にいたとこは見たことあるよ」
「遊真くんと仲が良くてわたし達と同学年のアタッカーって緑川くん、だったかな?」
「うん。緑川が私の彼氏……です」
「ほーら、自分で言って照れるな」
「だって〜〜」
 自分の好きな人を教えるのと彼氏を紹介するのとは口にするだけでも心臓の鼓動が全く違う。緑川が好きなのだと自覚したのと付き合うことになったのとはあまり時間差はないが、今までの恋愛と比べると全く違う気がした。
 それだけ好きの想いが強いのか、それとも両想いだからなのかは恋愛経験が少ないきらりにはよく分からない。この心臓が波打つ感覚は身体中が熱くなる程激しくて慣れる気はしないが嫌な感じもしない。
(緑川が彼氏って言っただけなのになんだか幸せだなぁ)
「そうそう今日スナイパーで合同練習あるんだけど、きらりもボーダーに用があるなら一緒に行かない?」
「ごめん私ボーダーはまだ……きょ、今日はね。緑川と一緒に帰るの」
「へ〜早速、下校デート?」
「下校、デート!」
「出穂ちゃん」
 あまりにもきらりの反応が良いせいか揶揄う夏目を抑えるように千佳が話を折ってくれた。少し冷静さを取り戻しながらも下校を一緒にすることもデートの一つだと認識したきらりは、急に意識し始めて制服が汚れていないか、皺になっていないかが気になりだしてしまった。

 そして放課後。
「じゃあねきらり」
「また明日ね」
「うん、二人とも合同練習頑張って!」
 下校時間のため校門には生徒が溢れていた。待ち合わせ場所はボーダーへ行く方向と違うためきらりは校門を出てすぐのところで夏目と千佳と別れた。
 急いで行かなきゃ――と意気込んだところできらりの目がある一点を捉えて駆け出した。
「緑川!」
「走ってこなくてもいいだろ」
 笑ったように見えたのに一瞬にして顔が引き締められる。緑川の気を取られてなんて返事をしようか考える前に口が勝手に動く。
「なんとなく」
 言った後に待ち合わせ場所は駅前だったのに、なんで? と聞きたかったのだと思い出したけどそれより走ってきた理由を口にした方がいいのかな。でも見つけたら勝手に身体が動いてしまったのだから理由なんてないし、それを口にする方が勇気がいる気がして慌てて言い直す。
「待ったよね?」
「ん、待ってないよ? ちょうど今来たところだし」
「だって待ち合わせ場所!」
「駅前で待つより星空のとこ行った方がいいかなと思って。ぴったりだったでしょ?」
「やっぱり待ってた!」
「だーかーら、待ってないって! ……じっとしてられなかったんだよ」
 最後の方が小声になっていたがきらりは言葉をしっかりと聞いていた。
(早く会いたかったってことかな。少しでも長くいたいってことなのかな)
 想像すると胸がくすぐられて温かい。
「帰ろ」
「うん」
 緑川の隣に並んで歩く帰り道はいつもと同じ道なのにキラキラして見える。
 学校の授業がどうだった。友達とこんなことがあった。
 ボーダーと関係ない日常話がなんだか新鮮で、自分が知らない緑川の一部を知る度に熱が上がっていく気がした。そして学校が違うとなかなか会う機会がないのは寂しいなとも感じた。
「お、緑川じゃん」
 男子の声がして緑川が反応する。あわせてきらりも振り向いた。そこには緑川と同じ三門市立第四中学校の制服を着ている生徒達がいた。
「誰?」
「オレと同じクラスの奴」
「言い方。なんか冷たくねぇ?」
「気のせいじゃないの」
 緑川と男子生徒のやり取りでどれだけの仲なのか把握できない。隣にいる緑川の顔を見つめてみると機嫌が少し悪い気がした。
「隣の子、第三中の制服じゃん」
「もしかしてボーダー関係? 俺ら邪魔した?」
 ぐいぐいくるノリに乗るべきかと考えていると緑川の顔が隠すことなく機嫌が悪いと主張していた。
「邪魔してるから空気読んでよ」
「悪ィ悪ィ」
 軽く追い払いながら緑川が言う。
「それから! 星空はオレの彼女だから!!」
「――っ!!」
「えぇ!? おま、ボーダー以外に興味あるの!?」
「あるよ!!」
 主張するのと同時に緑川がきらりの手を取った。故意か偶然か力が強くて引き寄せられる形になる。先程よりも近い距離にきらりの顔に熱が集中する。ふと男子生徒の一人と目が合った。
「マジで悪い邪魔した。俺ら行くわ」
「ん。明日ー」
「あぁ」
 一人、未だに喰いつこうとしていた男子がいたが他が引き摺るように連れて行ってくれた。まるで嵐の中に放り込まれたようなひと時だった。
「ねぇ緑川」
「……なに」
 投げやりな言葉だったが赤くなった頬を見るとなんだか余裕が出てくる。
「彼女って言ってくれたの、嬉しかった」
「……当たり前じゃん」
(ちゃんと言っておかないと星空のこと好きになられたら困るだろ)
(緑川、好きだなぁ)
 握られた手に力が籠められる。あわせてきらりも握り返した。そして僅かな時間を過ごした。


20200815


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