星が奏でる狂詩曲
星を持つ子供
しおりを挟む
[ 5 / 15 ]
「本当に青葉って明星さん好きだよねー」
夏目出穂に言われ春川青葉きょとんと見つめ返した。
何を言っているのか分からない――という反応ではあるのだが彼女の場合、意味は否定ではなく肯定。
「当たり前だよ、出穂ちゃん何を言ってるの?」
寧ろ好意を寄せない方がおかしいという態度に疑問を持った自分の方がいけなかったという気になり夏目は怯んだ。
「わたしも桜花さん好きだよ?」
「チカ子の場合は分かるけど」
以前、雨取千佳は近界に遠征へ行ったことがあった。遠征メンバーには彼女が所属する三雲隊の他にA級の冬島隊、風間隊、三輪隊、そして桜花も参加していた。
遠征の内容は機密事項にあたり夏目は詳しく知らない。だがその遠征で帰ってきた人間が一人多かったのは知っている。
雨取麟児。
千佳の兄であり、近界民に攫われた人間だと夏目は聞いている。そして彼が戻ってくるきっかけになったのは桜花の働きがあったからだということも。
だから千佳が桜花を慕うのも理由としては分かる。しかし最近こちら側に戻ってきた青葉に関しては彼女を慕う理由に見当がつかなかった。
夏目の疑問も尤もだ。そしてこの疑問は何も彼女だけが持っているわけではない。恐らく事情を知らない隊員全員だ。
「わたしを助けてくれたから」
「確かにこの間の侵攻では助けられたのは知ってるけどチカ子より好意がぶっ飛んでるのが不思議というか」
それについて詳しく話したい青葉だが、残念ながらボーダーに所属している限り彼女のランクが上がるまでは開示できないため曖昧にするしかなかった。
春川青葉は近界民に攫われた人間だ。そしてこの間近界民側の兵士として玄界に攻めてきてこの地を踏んだ人間でもある。
ここが元の世界だと分かっても青葉はボーダーと戦い続けた。近界民に自分の命が握られていたからだ。だから自分の意思で止めることはできなかった。それを終わらせてくれたのが桜花だった。
ここまでは夏目をはじめとしたボーダー隊員が知っている情報だ。
上層部や一部の隊員以外、桜花も近界民に攫われた人間だということは知らない。そして向こう側の世界で桜花と青葉が出逢っていることも……。
桜花が玄界に戻ってきたのは偶然でその際、ボーダーでは攫われた人間が戻ってきた場合の準備ができていなかった。そのため、彼女がボーダーに入隊したのは上層部の命で家庭の事情ということになっている。同じ国に攫われていた青葉はボーダーへ入隊する時にそう聞かされた。
桜花の設定がそうなっている以上、青葉が向こう側の世界での出来事を口にすること一生できない。だから玄界で過ごす彼女との時間でありったけの想いを込めるのだ。
他の者に理解されなくてもよい。ただ彼女に伝えたいだけだった。
「内緒」
夏目に応えると青葉は走り出す。
「青葉ちゃん!」
「賢」
「わっ!」
「っ!?」
曲がり角から出てきた人影に青葉は勢いよくぶつかり尻もちをついた。前方から鈍い音が聞こえたので相手も同じ状況になっているはずだ。青葉は慌てて声を掛ける。
「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫。それより君は怪我してない?」
微笑んで言葉を返すのは赤い隊服を身に纏った少年だ。優しい雰囲気に包まれて青葉は安堵した。
「ちょっと佐鳥先輩、何をやってるんですか」
木虎藍が佐鳥にいつものように冷たく接する。その隣で時枝充が佐鳥賢を起こしにかかり、嵐山が青葉の手を引き立ち上がらせる。
「佐鳥くんも前をちゃんと見ないとダメだよ? 春川ちゃんも!怪我したら痛いからね〜。あ、そうだお菓子貰ったんだけどいる?」
場を和ませるようとしているのかただのマイペースなのか綾辻遥が声を掛ける。
A級五位の嵐山隊が全員集合しているのは広報活動の帰りなのかもしれない。綾辻が言うお菓子もその一環で頂いたようだ。流石に悪いと遠慮したが「市民の好意だから皆で分け合っても問題ないよ」という声で青葉達は頷いた。
「お菓子は作戦室にあるから一緒に行きましょうか」
後輩達と接することができて嬉しいのか高い声色で木虎が促した。その時だ。
「ありゃー落とし物だ」
佐鳥はそれを拾い上げた。「絵が描いてある」と口にした佐鳥の横で時枝が「北斗七星だね」と答えた。
「えっと春川ちゃんのであってる?」
佐鳥が持っているのは北斗七星が描かれている長方形のプレートだ。何かを通す様な穴があるので紐かチェーンが本来は通されていたのだろう。それらしき物は落ちていないかと辺りを探すが青葉は慌てて答えた。
「元々それだけなんです」
「そうなの?」
「はい」
年季が凄く入っていることは見ていて分かる。
「随分大切にしているのね」
木虎の言葉に青葉は戸惑いつつもゆっくりと答えた。
「はい、向こうにいた時から、その……お守りにしてて」
「そっか」
佐鳥が青葉の手のひらに大事にしているお守りを返す。
嵐山は青葉のお守りに見覚えがあった。何故なのかと考えていれば古い思い出が一つ蘇ってきた。
「懐かしいな」
不意に聞こえてきた言葉に青葉は反応する。懐かしい。それはどういう意味なのだろうか。問いただせば嵐山はすぐに答えてくれる。
「幼い時同じものを持ってたんだ」
「え、いいなー……」
青葉が漏らした言葉にこの場にいた者が違和感を感じた。
「何言ってんの。青葉持ってるじゃん」
「そうなんだけど!もう一つ欲しいな――って」
「同じのを?」
「青葉ちゃん星好きなんだね」
「ちが……わないけど――」
頭を抱える青葉に嵐山が申し訳なさそうに眉を八の字にした。
「持っていたら良かったんだけど、すまない、他の子にあげちゃったんだ」
嵐山の言葉に青葉は勢いよく顔を上げた。彼女の意図を組んだのか綾辻が「残念〜」と代弁した。そして普段なら込み入ったことに口を出さないのに敢えて突っ込んで聞いてくる。
「誰にあげたんですか?」
「う――ん、マンションの子かな」
なんとも曖昧な返事だった。ふわっとした回答が逆に興味を持ってしまったのか、佐鳥が更に踏み入った。嵐山はちょっと言い難そうだったがそれでも律儀に答えた。
「トラブルがあってな。その時に知り合った子にあげたんだ」
「え――何ですかそれ」
「楽しい話題じゃなくてごめんな」
嵐山の言葉に落胆する佐鳥と違い青葉はどきりと自分の心臓が脈打ったのを感じていた。反応する理由は自分が手にしているお守りにある。
向こうの世界で一度これについて話をしたことがあった。その時の内容は何だったかと思い出そうと必死に頭を捻る。
彼女は「星が好きだ」と言っていた。「王子様の話はしていない」とも言っていた。彼女が身につけていたストラップは「マンションでトラブルがあってその時手に入れたのだ」と聞いたことがあった。「本当は逢いたかったんじゃないの」と彼女が言っていたのを聞いていた。
今まで自分達が味わった厳しさで学んだ。そんな旨い話があるわけがない。しかし元の世界に戻ってきた今、少しくらい旨い話があってもいいのではないだろうか。少なくても彼女に恩を返せない青葉はそう思っている。
お守りを手にする力が強くなる。願いを心の中で唱えながら青葉は記憶を絞り出す。
「コウモリ……」
「え」
急に言い出した青葉の言葉に誰もついていけない。だけど嵐山の反応は皆と違う。そんな気がした。
「そのマンションにコウモリはいますか?」
「ああ、そこでは出なかったよ」
その言葉は青葉の身体中を駆け巡っていく。その勢いに押されるように青葉は「ありがとうございます!」とお礼を言うと「用事があるから!」と言って走り出した。
まるで台風のような展開に皆が呆然としている。
「彼女、ああいう子なの?」
「いつも元気ですけど今日はなんだか違うような――」
「でもあれ、どこかで見たようなテンションだよね」
千佳と夏目が呟く。向こう側に行ったことがある人間は破天荒になるのかしらと木虎が失礼なことを考えている傍でただ一人。時枝は思い当たることがあるのか嵐山の方に視線をやる。
「コウモリマンションですか」
「充よく覚えていたな」
「そうですね、アレは意味が分からなかったので」
だから覚えたという時枝は相変わらず真面目だ。
「でもあの子が知ってるなんて……もう一度流行ったのかな」
不思議に思う嵐山はそれとなく千佳と夏目に聞いてみるが二人とも知らないようでお互いを見つめ同時に首を傾げた。
青葉が知っているなら彼女の友人である千佳は知っていると思ったがそうではないらしい。――とくると彼女はどこでコウモリマンションを知ることができたのか。
時枝は癖で考えてしまう。
(春川さんが接する機会が多い人間。その中で知っていそうな人は――)
「なんか既視感あるなーって思ったけど、青葉のアレ桜花さんに会う時と同じだわ」
不意に夏目が呟く。
「青葉ちゃん、桜花さんのことになると一生懸命だからね」
千佳が肯定するように返事をする。
つまり青葉の破天荒ぶりの原因は桜花にあるらしい。
(ああだから彼女は――)
時枝は何となく察する。
青葉が言う用事は間違いなく桜花のことだった。
時枝の予想通り青葉は本部内のランク戦に足を運んでいた。ここは桜花が高確率で出現するポイントだ。
「いた、桜花さん!」
青葉は桜花の姿を見つけてすぐに駆け込んだ。あまりの勢いに何事かと桜花は思った。めんどくさそうな表情をしつつ身体はどんとした立ち振る舞いでちゃんと待っていた。
「あのっ、その……」
何かあったのかと桜花が聞く前に青葉が口を動かす。だが上手く言葉にできない。青葉は重大なことに気づいてしまった。
(向こう側でのことを話せない!)
ボーダーの制約が青葉の行動を邪魔する。
二人の関係は先日の大規模侵攻からということになっている。向こう側にいただけではない。この世界のあの部屋で交わした言葉はないものとされている。共通のネタを青葉は桜花から助けられた。そのお礼をした。それ以外には持っていない。
でも青葉はどうしても伝えたかった。
「星、……王子様……」
桜花の目が細くなる。これしかないと青葉は思った。
「星の王子様!」
「は?」
「知りませんか?」
「知ってるわよ、サン=テグジュペリ」
「ちが……」
青葉が何を言おうとしているのか桜花はきっと分かっている。分かっているのに彼女は気づかない振りをしている。話を掘り起こされたくないのだろうか? だが青葉のお守りを見て木虎は「随分大切にしているのね」と言っていた。自分達が向こうでどう過ごしたのか知らない人間がそう言ったのだ。
第三者から見た偏見など何一つない感想。それは全てではないのかと思った。
「これ」
青葉は自分のお守りを取り出す。
北斗七星が描かれた古ぼけた小さなプレート。桜花は一瞬目を丸くして青葉の方に目をやった。
「私が今までお守りにしていたものです。大切にしているねって言われました」
「……そう」
興味なさそうに桜花は返事をしているが耳を傾けてくれている。どこかへ立ち去ろうともしていない。
「会いたいって思うなら生き残ればいいって。生き残ってわたし皆に会えました。だから」
――会いたくないですか?
青葉の言葉は声にはならなかった。それでもきっと桜花には伝わっているはずだ。信じて青葉は自分の願いを口にする。
「大事な秘密を教えてあげます」
先程の出来事を思い出しながら青葉は言葉を紡ぐ。
「さっき嵐山さんも持ってたって聞いて。それでコウモリのマンションであげたって」
「……」
「大切なものは目には見えないって言うけど桜花さんに見て欲しいんです」
そう言って青葉は桜花の手にお守りを返した。
「わたし、今までそれに助けてもらったから」
「いらないわよ」
「この前のお礼です!」
青葉が急に大声を出す。いきなりの大きな音に周囲にいた隊員が何事かと目を見張る。周囲を巻き込んでの言い分に桜花は年下だと思って舐めていたことを実感した。
「だからいらな……」
「黒江さんから聞きました」
「は?」
脈絡もなく何を言いだすのだと桜花は青葉を睨んだ。それに青葉は一瞬怯みそうになったがそれでも口にしたのは彼女の最大の武器がそこにあるからだ。
「加古さんがよく桜花さんと呑みに行くって。その時の話で――」
「ちょっと!!」
そこから先は言わせてはいけない。一対一ならまだしも証言者が沢山いる。これは自分の首を絞めるパターンだということは馬鹿でも分かる。
桜花の反応に青葉は確信する。だから桜花に圧倒されないようにと抵抗する。
「わたし王子様、好きですから!!」
叫び声を聞いて周囲はぽかんと口を開けた。桜花の顔はみるみる赤くなっていく。
これはやばい奴だ。
そう判断したのは誰だったか。
桜花が腰に差していた孤月に手を掛けるのを上から抑えつけられる。
「弱い者いじめはかっこ悪いぞ」
「はん、何の話よ」
「お前見た目怖いんだから自嘲しろよ。それに剣を抜くなら俺の相手!」
そう言ったのは太刀川慶だ。
止めに入ったかと思えば彼の本音は後半に駄々漏れだ。桜花に有無を言わせず太刀川は桜花を肩に担ぎ上げた。
「は、ちょっと何すんの!」
「いやー最近レポートばっかりで溜まってたんだよな。明星も溜まっているみたいだし一緒に発散しようぜ」
桜花の抵抗は太刀川の無気力な笑いによって無意味だということを悟らされた。
そのままランク戦の待機部屋に連れ込まれた桜花は太刀川との十本勝負に付き合うことになった。
当事者なのに取り残された青葉は結果的に見ると太刀川に助けられたことになる。しかし青葉の目は不満げだ。彼等の戦闘風景を見て「よしっ」と青葉は意気込むと迷わずここから立ち去った。
彼女が向かった先は唯一つ、A級六位加古隊の作戦室だった。
20180915
<< 前 | 戻 | 次 >>