星が奏でる狂詩曲
病の前兆
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「さあ、今日は思う存分吐いてもらうわよ」
開口一番、飛び出してきた言葉に桜花は白目を剥きそうになった。
……居酒屋に連れてこられた時点で察しなくもなかったが、奢ってあげると言われた以上断る理由はない。
食に関しては恵んでもらえるのならばほいほいついていく自分の性分をこの時ばかりは恨みたい。
「ねぇ桜花ちゃんはいつから嵐山くんのことが好きなの?」
「そう、それ!私知らないんだけど……詳しく聞かせて!!」
目の前にはボーダー隊員の加古望。そしてオペレーターの沢村響子。
アルコールが一滴たりとも体内に入っていないのに最初からテンションが上がっているのについていけない。
2人は桜花の事情を知っており、ボーダー内でも気軽に声を掛けてくれる器量の良い人間なのだが今回ばかりはそれもどこかへ置いてきたらしい。
彼女達の言葉からお分かりいただけただろうが、桜花が2人に呼ばれたのは恋バナだ。
最近の生活はどうだとかボーダー内で不満に思っていることはないかとか不自由なことはないかとか近界から戻ってきた人間に対する気遣いは最早無く、彼女達が興味を示しているのは桜花の恋愛事情。
……事情と言ってもまだ何も始まっていないので加古と沢村がお気に召す様な話は全くできないしする気もない。
目を輝かせている2人をどう切り抜けようかと考えているのは最早現実逃避に近い。
手元に出されたお通しに手を伸ばそうとして下げられた。
無論、店員ではない。
いつものモデルみたいなカリスマオーラーはどこへ行ってしまったのか、加古は少女のような笑みを向ける。
「言ったでしょう?私達の奢りだって」
つまり教えてくれないと食べさせてくれないということか。
まるでご飯を前に食事を待てと命令される犬のようだ。
ならば仕方がないと桜花が腰を浮かせたところで珍しく沢村が退路を断つ。
「そうそう、今月シフト管理は私がしているから桜花ちゃんは心配しなくて大丈夫よ?」
「何がよ」
反射的に突っ込んではみたが意味は説明されなくても分かっている。
最近部隊を結成したとはいえ桜花はB級隊員だ。未だトリオン兵討伐出来高払い。
シフトが入らないと生活できないし、トリオン兵が沢山攻めてきてくれないと稼げないのだ。
後者は思っていても口にしないのは反感を買うだけじゃ済まないことが分かっているからだ。
戦うことしか能がない桜花にとって世界は優しくできていない。
ならせめて働けよというところだが高校を卒業していない桜花に都合がいい仕事があるわけでもなく、今まで好き勝手に過ごしてきた人間にとって縛られて生きるのは辛い。
結果、戦うことしか残されていない。
自分の事情を知り容認してくれているボーダーはまだ居心地がいいのだ。
ならばそこの職員に……という話だが別に三門市の秩序と平和を守るという崇高な精神を持ち合わせていないため却下。
やりたいことはあるが今のままでもできるし、寧ろ実力派エリート無職という友人がいるからこそ、今のままでもなんとか食っていけると桜花は考えている。
この事実を知ったら皆、実力派エリート無職に就職を強要しただろう。
脱線したので話を戻すと、沢村の言葉は桜花の来月の生活費を握っているということだ。
職権乱用の一言を使えないのはそこそこボーダーに恩を感じている。……ということにして欲しい。
決して先日の防衛戦で怪我の手当てをして貰ったり身体の傷痕にコンプレックスを持っていることを知られたり加古と一緒に桜花を試着室に放り込み散々着せ替えをした挙句全て写真に収められているからとかではないのだ。
思い出したら止まらないくらいに浮かんでくる何かが桜花にここから逃げる術はないことを告げる。
(まるで悪魔の所業だわ)
桜花の腰がすとんと落ちる。脱力だ。もう逃げる力を残していても意味がない。
「さて、どうする?」
いつの間に呼んだのか店員が現れて加古がメニュー表を見せながら聞く。
「私、生で」
「そうね私も最初の一杯はそうしようかしら」
淡々と決めていく2人を見ながらメニュー表を見せる意味はあったのだろうかと考える。
否、2人が見ているのは自分だ。
桜花がこのまま口を開かなければ2人は間違いなく桜花に一口たりとも食べさせる気もなく目の前で美味しそうにご飯を食べていくのだ。
本当に悪魔の所業だ。
桜花はおあずけを喰らうのが嫌いだ。
……となればもう何を選択するのかは決まっていた。
「……私も……」
「この子未成年なので――」
「烏龍茶で、お願い……します」
さて、何から話したものか。
ここまで抵抗しておいて何だが本当に何を話せばいいのか分からない桜花は「あー」とか「うー」とか言葉を探していた。
「好きになったきっかけくらいあるでしょ?」
「やっぱり大規模侵攻で嵐山くんに助けられた時?」
「助けられた?」
目を細める桜花を見て沢村は目を丸くする。
「違うの?」
「じゃあボーダーでは関係ないところってことかしら」
「ボーダーで関係ないところ?」
オウム返し状態な桜花の表情や仕草を見てわざとではないと判断した2人は本当に心当たりがないのかと冷静になる。
「でも好きなのは間違いないのよねー貴方のあんな顔見たことないもの」
「あんな顔?」
ぴくりと桜花の頬が動く。それに追い打ちをかけるように加古は言う。
「恋する女の子の顔」
「だーかーら、それは一体何なのよ!!」
我慢できなくなったのか急に大声を上げ、テーブルに突っ伏す彼女を見て場所を居酒屋にして正解だったと知る。
この時間帯のこの場所なら騒がしくても周囲も似たようなもので誰も気に留めないし、何があっても本人も気兼ねないだろうと判断してのことだったが、
ここまで声を上げるとは思ってもいなかった。
仕切りしかないので外から丸見え……次に開催する時は個室でやろうと思いながら加古は桜花に容赦がない。
「その反応はまるで誰かに指摘されたみたいね」
「……されてない」
「貴方案外分かりやすいことを自覚した方が良いわ」
「……結構騙したり嘘つくことが多いと思うんだけど」
「あーその自覚はあったんだ。それはまぁ分かっているんだけどね」
「ならっ!」
「この際言っておくけど基本的に何も隠そうと思っていない時の桜花ちゃんって顔や雰囲気に出るから分かりやすいのよ」
「え」
「逆にどうして気づかれていないと思っていたのかしら」
「……思っていたわけじゃないけどそんな露骨かなって……気をつけるわ」
「気をつけなくていいわよ、面白くなくなっちゃうじゃない」
「面白くなくていいのよ!」
言い分が酷い加古をよそに沢村はそわそわしている。
遂に我慢できなくなったのか口を開いて出てきた言葉は先程加古が聞きだした新事実。
「因みに桜花ちゃんが嵐山くんのことを好きだって知っているのは誰?」
最早2人の中では桜花が何を言おうとも嵐山が好きなのは決定事項らしい。
訂正するには根気が必要なのでもうそれでいいやと沢村の言葉に桜花は迷いながら答えた。
「…………迅」
「迅くんか――」
「何で納得するの。アイツのサイドエフェクトのせい!?」
「それもあるけど単純に仲良いじゃない3人とも」
「ドラマだと1人が恋愛感情を持つことでバランスを取れていた友情が綻び始めて――のドロドロな三角関係なんだけどね」
「他人事だと思って……それにそんな要素どこにあるの!?」
「貴方たち次第だと思うわよ」
このままでは収拾がつかない。加古と沢村の夢物語に付き合う義理もないので桜花はあからさまに溜息をついた。
話は終了である。
桜花にはぐらかされてつまらないのか加古も負けじと口を尖がらせる。
無理強いはあまりするものではないと沢村も心得ているのか残念だと了承した。
「私も本部長に……」
溜息交じりに吐かれた言葉。沢村の顔を見れば桜花も分かる。これは恋する女だ。
それを自分もしていると指摘されてもはっきり言って想像ができない。
やはり勘違いだ。皆が思っているのは気のせいだということにして桜花は自分の気持ちを整理しようとする。
哀愁漂わせている沢村を無視することにした。
「でも、桜花ちゃんを助けた時の嵐山くんかっこよかったわよ。任務中じゃなければ叫んでたわね」
「……は?」
「桜花ちゃん連れて帰ってきた時のことかしら?」
「そう!お姫様抱っこで駆ける姿……映画のワンシーンみたいで素敵だったわ!羨ましい!!」
「え……」
確かに大規模侵攻はアクション映画(ハリウッド級)並みのストーリーボリュームであっただろう。
作品として観るならその感想もおかしなことではない。
しかし沢村の言葉はどこの恋愛映画だと言わんばかりに熱をいれて語る。これで防衛中は叫ばず仕事をこなしていたというのだから沢村は有能だ。
そして全てが最後の一言に集約される沢村の本音だった。
「私も見てみたかったわね――……」
「見れますよ」
「え?」
「は?」
「大規模侵攻ですからね。次の対策の意味を込めて記録してるわ。カメラが壊されていない限りデータは残っているし、撮ったデータも削除も部類して永久保存とそれ以外に仕分け。
それ以外も最低3年間は残すようにしているから。
ほら、桜花ちゃん今回いろいろ動いてくれたでしょう?撮れたものは全てチェックして残すことになっているし、加古ちゃんA級だから権限で見れるわよ」
「あら素敵!」
「は―――っ!?」
桜花は心の叫び。一体どこから声が出てるのか分からない音量にびくりと反応したのは周囲の客と店員だ。
加古と沢村はスルースキルが高いのかそれとも肝が据わっているのか反応せず。寧ろ花を咲かせて会話している。
2人の会話を聞いてると数人は桜花の失態を見ていることが分かり、桜花の心はブリザード。殺意しか沸いてこない。
いかに彼らの記憶を抹消するか考えながら先にやることがあるとすくりと立ち上がった。
「……消す」
データの抹消方法は分からないがとりあえず物理的にサーバーを壊そう。
バックアップとかデータもある程度拾えれば復元できるとかそんな知識がない桜花の発想なんてそんなものだ。
「桜花ちゃんが保持しているポイント減点。トリオン兵討伐単価下げるから」
先程から沢村の職権乱用パレードのせいで、どう足掻いてもデメリットの方が大きすぎる。
桜花はぎりっと唇を噛みしめた。
☆★☆
好きになったきっかけくらいあるでしょ?
言葉が頭の中で何度も繰り返し再生される。
沢村の爆弾発言により被爆した桜花は結局自分の気持ちの整理をつけることができず2人と別れた後もそのまま引き摺ってきてしまった。
(そもそも好きじゃないのよ、……少し気になるだけで)
心が揺さぶれることは何度かあった。だが、どうしたいというものもなければ何かして欲しいというのもない。
気持ちを持て余しているそれは誰かを想っているのとは違うと桜花は思う。
最後に自分が恋したのはこちら側にいた時。
その時は胸が高鳴るのと同時にちょっとの苦さと幸福感があったと記憶している。
心臓を鷲掴みされたかのような苦しさを流石に恋だとは云わないだろう。
「頭痛い……」
溜まっていたものを全て出し切るように息を吐き出した。
「桜花?」
顔を上げ、声の主を確認する。
探す行為に至るまでもなく顔を上げれば充分視界に入る範囲にいた男に一瞬硬直したものの直ぐに歩み寄る。
「嵐山じゃない、外で逢うなんて……久しぶり?」
そもそもボーダー本部でもなかなか顔をあわせることなどないのだが。
本日の主役と言わんばかりに話題の中心にいた嵐山准にタイミングの悪い男と桜花は心の中で呟いた。
そのタイミングの悪い男も桜花の久しぶりという言葉を素直に拾い「本当だ、久しぶり」と笑顔で返す。
自分の心臓がまたぎゅっと締め付けられた気がして桜花の中でタイミングの悪い男から悪い男(ただし善い人)に昇格された。
「あれ、嵐山の友達?」
そう声を掛けたのは嵐山の隣にいる男で……見覚えのない顔に一応自分の記憶を引っ張り出そうとするが全く出てこない。
更に出てきた男に「あれ、前大学に来てたボーダーの人だ」という言葉に記憶の一部が引っかかった。
一度嵐山の大学へ行ったことのある桜花は彼がその時嵐山の隣にいたことを思い出し、ここに集まっている人間は嵐山の学友達なのだと知る。
「彼女はボーダーで友達の明星桜花。で、彼等が同じ学部の――」
――と紹介されるが会う機会はそうそうないだろうと嵐山の言葉を右から左へと流す。
一応、名乗っておくのは礼儀だということで不愛想にも対応する自分は成長したなと桜花は他人事のように思う。
「友達の明星桜花よ。ボーダーでは嵐山の後輩だけど同い年だから」
気にするなと一言告げる。
「嵐山……お前、友達に昇格したんだな!」
「ボーダーにしては顔普通だな」
前者の反応は以前嵐山とのやり取りを見ていた学友A……岡谷信で、後者の学友Bが野本竜彦。
覚える気はなかったが後者の失礼気周りない言葉に気が変わった。
先程聞き流した紹介を思い出そうと僅かながら残っていた音を脳からかき集め、彼等をそう記憶する。
確かに桜花の顔面偏差値は普通。ボーダー内でいえば中の下くらいになるのかもしれないが人間性偏差値が下の桜花からしてみれば有難いことこの上ない誇れる特徴の一つである。
「そうね、あなたと同じ普通の顔よ」
「嵐山なんだよこんな失礼な奴」
「てっきり仲良くなりたいと思って。
それとも何?あなた自分がかっこいいと自負している訳?鏡見た方がいいわよ」
胸に抱えていたものもここで発散してしまおうと相手に乗ってみる。
彼女は険悪モードを作り上げるのを得意としているので相手が喧嘩を売っているなら大盤振る舞いで買うことができる。
相手が嵐山の友人でただの民間人だということを失念していたが、ちょっと冷静になっても反省はしないと結論が出たため問題ないと桜花は済ませるつもりだ。
何かと問い詰められるのは嵐山だが彼の人徳とコミュニケーション能力さえあれば何とかなるだろうとも考えている。
完全に人任せだ。
「そうか?桜花も野本もかっこいいと思うが」
彼は男女問わず人を惚れさせるのが得意らしい。
かっこいいと言われたことに満更でもないが少しばかり頭が痛くなる案件だ。思わず米神に手をあてる。
何時まで続くか分からない茶番は終わらせてしまおうと桜花は「帰る」という一言でばっさりと斬った。
「じゃあ俺も一緒に行く」
「は、なんで?」
「あれ、お前いつも飲んだ時玉狛行かなかったっけ?」
「明日は広報の仕事があるからボーダー本部に泊まった方が都合がいいんだ」
「なるほどなー。じゃあ気をつけて帰れよ」
「次も合コン参加な〜!あと、その女に気をつけろよ!」
そう言って別れた嵐山の友人達に、特に野本は次何かあったら一発ぐらい物理か言葉で殴ってやろうと桜花は決意した。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
「やっぱり具合悪いのか?」
顔を覗き込んでくる嵐山になんのことだろうかと言葉を返す。
「顔ちょっと赤いし、難しい顔しているから気分悪いのかなって」
「え、いつから」
「最初から?」
「あ――……」
思わず加古に言われたことを思い出す。
胸や頭は痛かったがそれが顔に出ているとは思っていなかった。
身体が重たいわけではないので体調が悪いわけじゃないのは桜花自身がよく分かっている。
これが顔が赤くなるという行為であるなら……嵐山の目の前でこの現象を何度もあったことを自覚している桜花はつまりそういうことなのだと結論を出す。
額に当てられる手にぴくりと身体が反応した。
「熱はないみたいだな」
行動と呟かれた一言で何をしているのと言うのは愚問だろうか。
ただ嵐山の距離と目と体温が桜花の何かを刺激する。心臓が打つ脈がやけに大きく聞こえる。
頭がぐらつきそうなのは嵐山の身体から微かにアルコールが香るからか。
飲んていないのに酒に呑まれるとは……自分はアルコールに弱いのだろうかとぼんやりと考える。
「嵐山近い」
「前に佐補にも言われたな……その時は額をあわせて測ろうとしたんだけど怒られた――……」
「怒るでしょう」
「俺はどうしたら……」
「とりあえずお酒臭いから離れて」
「あ、すまない!」
慌てて離れると嵐山の携帯が鳴る。
「迅からだ」という一言に「出ればと促した」桜花は促した。
迅悠一は嵐山と仲のいい人間の一人であり、桜花とも仲が良い暗躍好きのボーダー隊員だ。
とりあえず自分が落ち着くための時間稼ぎをしたいので是非迅には話を長引かせてほしいと願いつつ、耳が嵐山の言葉を拾い上げる。
「そうなんだ。よく分かったな。
なるほど。
ああ、今桜花と一緒で――……。
そうか……今日はすまないと桐絵に伝えといてくれ。俺からも後でメールする」
迅とどんな話をしているかは聞こえない。
(いつも玉狛、泊まる、女に気をつけろ、体調が悪い、今日は……)
妙に引っかかる単語を何故結び付けようと思ったのか。
考えていれば浮かび上がってき“今日も玉狛に泊まる予定だった”という答えが桜花の体温を一気に上げた。
(私、頭が冴えている――!いや、これは沸いているわ!!
嘘が苦手な嵐山がナチュラルにつけるはずが……そうよ、これは却下っ!!)
桜花は頭を抱える。
何時の間にか迅との電話が終わった嵐山が心配そうに声を掛けてくるので自分は具合の悪い顔をしているのだろう。
「嵐山……」
「なんだ?」
「世の中には送られ狼もいるから気をつけた方が良いわよ」
「何のことだ?」
「次、合コン」
「ん??」
本気で考え付かないのだろうか。
今までそういうことがなかったのか……とは先程彼の学友達と別れるのを見ていたら考え難い。
次も合コンと聞いて胸糞悪くなってきた桜花はもしかしたら本当に具合が悪いのかもしれないと静かに息をついた。
20180716
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