星が奏でる狂詩曲
事故
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翌日のボーダー本部はいつもより騒がしかった。視線の集まり方も異常だ。桜花は機嫌がどんどん悪くなっていく。爆発させても自分が損するだけなのは経験済みなのでぐっと堪えて自分の作戦室に避難することにした。落ち着くために入ったはずが部屋にいた自分のチームメイトである雨取麟児からお小言を頂戴するとは思っておらず、ここでも桜花は苦い想いをした。
「昨日のはやりすぎたな」
「なんのこと」
「今SNSで話題になってる」
言うと部屋のスクリーンに映し出される。それは昨日桜花達が三門市内に現れたトリオン兵を討伐している最中の動画だ。どうやらSNSに上がっているらしい。桜花が殴り飛ばされる少し前から始まり最後に迅がトリオン兵に止めを刺すところで終わっている。どこにやりすぎの要素があったのか桜花にはさっぱり分からない。
「お前わざと喰らっただろう」
「ん――?」
ソファの上で胡坐をかきながら適当に返事をする。「どれのこと?」と言えば「トリオン兵に最初飛ばされた時と顔面に喰らった時」と返事が返ってきた。チーム結成してからそんなに日にちは経っていないが麟児は桜花のことをちゃんと把握しているらしい。素直に感心の意を表した。
「仕事だったから仕方ないじゃない」
原因は動画が全てだ。
「逃げるのが民間人の責務でしょ。ボーダーだってやられる時はやられるんだし」
「ボーダーの失態って一時的に盛り上がったがな」
「迅が後始末したじゃない」
「だが顔面に喰らうのは絵面的にやりすぎだ」
「あの態勢だったらあそこが自然でしょう」
反論する桜花の前で麟児はスクリーンに一枚絵を映す。桜花が顔面ヒットを貰っているものだ。
「うわー痛そう……」
「ボーダー内は主にお前の対応に大忙しだろうな」
それが先程感じた視線の答えかと納得するが全てをそれで済ますには微妙だ。
「当真とか犬飼辺りに揶揄われそう」
「それは思う存分受け取っておけ。問題はこっちの方だ」
次に麟児が魅せたのは桜花が民間人からスマートフォンを奪うところだ。現場と撮影場所とで距離があったため二人の音声は撮れていない。何も知らない者から見れば桜花が乱暴に絡んでいるようにも見える。
実際投稿されているコメント欄には「市民のスマホを奪うボーダー」「この人やられていた奴じゃんww」「顔面を攻撃されるボーダー藁」「顔面パンチ」「顔面パンチwウケルww」等とやりたい放題だ。
因みにその件に関してボーダー側を擁護する者は誰もいない。その旨を伝えられて桜花に不満が起こらないはずがなかった。
「現状の把握はできたか」
「まぁ」
「で、本題だが――根付メディア対策室長が呼んでいる。恐らく内容はこれだ」
「げ」
何も知らずに行くのは確かに分が悪い。SNSにあまり興味がない桜花のために用意してくれた麟児は本当に良い仕事をしていた。そのまま隊長をやってくれればいいのにと思うが本人は全くその気がないらしい。
「とりあえず反省しておけ」
「はーい。……はぁ、折角来たのに」
ぶつぶつ文句を言いつつも命令を素直に聞くようになっている分ボーダーに順々だ。麟児は彼女が忘れないうちに特訓内容を伝えておく。
「作戦室に戻ってきたら訓練をするぞ、試したいことがある」
「今日防衛任務入ってるんだけど?」
「安心しろ。俺がメディア対策室長なら暫く防衛任務から外す」
「全然安心できないんだけど」
そうなって堪るかと言葉に込めると、桜花は作戦室を出た。
根付メディア対策室長は神経質だと桜花は思っている。
ボーダーが友好的に見られるよう画策しているのは知っている。そのため、いいことは褒めるし駄目なことは注意する。当たり前のことだ。ただ、注意するのが細かくてねちねちしているだけで。
彼のお小言は長く聞けば聞く程、桜花はイライラを募らせてしまう。相性は最悪だ。基本右から左へ流すつもりではあるがここは麟児から指示が出たので反省した振りくらいした方が良いのだろうか。
麟児とチームを組んでから桜花はただ彼の指示を聞く実験台になっているだけのような気がしてならない。
(チーム組む前も似たようなものか。良くも悪くも麟児の言う通りにしておくと悪いことにならないのよね、結果的にはだけど。)
彼の事情を知る者を思い浮かべて桜花は苦い顔をする。彼との力関係のバランスを取るのは存分に難しい。
考えているうちに桜花はメディア対策室前に着いた。
一度入ったことがあるがこの部屋の内装は一言でいうと凄い。壁一面に広報部隊の活動の記録があり、ガラス張りの棚にはボーダーグッズが飾られている。ボーダーへの愛と生涯を共にするとの誓いが具現化したような部屋だ。別名根付のコレクションルーム。物を壊さないように気をつけようと自分に言い聞かせながら桜花は扉をノックした。
「明星桜花、入ります」
部屋の中から入室するように促す声が聞こえる。桜花は遠慮なく扉を開くと既に見覚えのある姿が四人あった。
☆★☆
「あ〜緊張したわ――……あ、俺緑茶な」
「私、烏龍」
「お前らはどないする?」
各々の飲み物を購入し嵐山、生駒、柿崎、そして桜花、迅の五人は空いてた席に座った。隊員同士の交流が行われるラウンジはあまり周囲を気にしたりする隊員はいない。なのに五人に視線が集まるのは昨日の今日で仕方がないことだろう。
生駒の言葉に同じく緊張したと同意したのは柿崎だけだが、言っている生駒本人はいつも通りに見えて緊張していたのは自分だけではないかと思っている。そもそも集まっているメンバーが皆マイペースである。一緒にして考えるのは危険だなと柿崎は密かに思った。
「相手は根付さんやろ? で、集まったのがこのメンバーやろ? 遂に俺もイケメンの仲間入り! ユニット組むかと思うたわ」
嬉々として言葉を紡ぐ生駒は桜花をちらりと見た。確かに落ちは全て彼女が持って行ったようなものだ。華やかしい広報デビューは遠のいてしまったと真顔で生駒が抗議してくるがそれは桜花のせいでもないし、そもそも呼び出された理由は昨日のイレギュラーゲートの出現とその対応についてだ。最初から生駒の広報デビューなんてないのだと桜花は辛い現実を生駒に突き付けた。
「――にしても桜花が反省しているのはちょっと驚きなんだけど」
「ああ、麟児に言われたから」
メディア対策室に入って早々、根付が麟児と同じようなことを口にした。何度も同じことを聞きたくない桜花はとりあえず反省してますのポーズをとった。
根付にとって予想外の反応だったのか一瞬息を呑んだのが分かった。「二人が動くことも事前に知っていましたし、明星隊員がちゃんと反省しているならこれ以上は言いません。寧ろ護ってくれてありがとうございます」と嵐山をちらりと見た根付の意図を汲み取る。何より手短に終わったのでやっぱりTPOを弁えたポーズは必要だなと桜花は少しだけ学んだ。
「いや、それダメだろ……」
柿崎の至極真っ当な意見に桜花ははいはいと流す。「次はもう少し上手くやるわ」と言うがそれはどのことを指しているのか分からない。これからのことを考えると柿崎の胃が少し痛んだ。
根付が呼び出したのは彼等の功績を褒め、彼女の行動を注意するだけでは終わらなかった。桜花にとっての本題はその後だ。
皆と同じ功績を収めたのはそれとして桜花だけは暫く防衛任務、そして個人ランク戦も禁止とされた。麟児が言った通りだ。納得できるわけがなく桜花は控えめに反論したが、今は世間が騒がしい。ほとぼりが冷めるまで慈善活動をしてもらうとのことだ。桜花はデジャヴを感じた。
今回は何時解禁されるか分からない。その間桜花ができることは職員達の仕事を手伝うくらいで、便宜は図るとのことだったがそれでちゃんと食っていけるかどうかが不安だ。無い頭をフル稼働して計算中だ。
「流石にびっくりするだろ。明星が手こずるなんてよっぽどだと思ったし」
「そうだな。無茶は駄目だぞ」
「せや。女の子なんやさかい顔大事にしいや」
「あ――皆優しすぎて涙出そう」
「おれ見ながら言うの止めてくれる? 確かに指示はしたけどやり方は桜花に任せたからね」
「もう、何で私ばかり損するのよ」
桜花は大袈裟に溜息を吐いた。別に怒っているわけではない。単に自分の顔面ネタはお終いだと告げただけである。
話が変わる節目に嵐山は思い出したように言う。
「そうだ、野本から連絡来たんだ」
それは彼等の友人の男。桜花からスマホを奪われたと言われている野本である。事実と関係なく広まったSNSの内容について謝罪したいと連絡がきたそうだ。確かに自分で発信したものではないが元を辿れば自分の軽率な行動が発端だ。SNSの内容も善意が全くないわけではないが彼女に対しては意見が真っ二つ。嫌な想いをさせた詫びがしたくなるのも分かる話だ。
「会ってやってくれないか?」
「嫌」
「……ばっさりだな」
桜花の態度になんとか反応したのは柿崎だった。
「謝られて許せってこと? それって自分が苦しいから謝ってスッキリしたいってことでしょ? そんなの真っ平ごめん。何で私がそれに付き合わなくちゃいけないの。本当に悪いと思ってるなら次はちゃんと逃げればいいのよ」
「容赦あらへんな」
「優しさの安売りしない主義なの」
「それを会って伝えればいいんじゃないか? 俺達だけが知っていても意味はないだろう」
嵐山の言葉に桜花は黙る。明らかに態度は不満を表していたがもう少し押せば頷いてくれそうではある。
「自分の身は自分で護れって伝えたけど」
「その後は何も話してないだろう? あの時は状況に呑まれて混乱していたと思うし、今なら違うだろ? ちゃんと届くさ」
「それこそ嵐山達の仕事じゃない?」
「確かにその他大勢に向けては俺達の領域になると思う。だけど顔見知りで直接伝えられるならそれが一番いい」
「どないしよ、俺嵐山に惚れそう」
「生駒っち茶化さない」
桜花が渋っている。自分が悩んでいるのを隠すようにお茶を飲んでいる横で迅も自分のグラスを手に取る。
皆と話している中、迅には既に未来が見えていた。あとは彼女の返事を聞いてその未来が確定するのをこの目で確かめるだけでいい。骨が折れるなと思いながら喉を潤すためにお茶を口に含む。ちらりと桜花と嵐山を見て飛び込んできた未来の映像に思わずお茶を噴き出しそうになった。
「迅さ〜〜〜〜〜〜ん!!!」
「ぶっ」
「!?」
今、物凄い勢いで緑川駿が迅に飛びついてきた。飼い主を見つけて駆け寄ってきた子犬のように目を輝かしている。
「迅さん、見たよ。すっごくかっこよかった! 流石迅さん!!」
緑川が言っているのは間違いなくSNSに上がっている動画のことだろう。確かに迅はかっこ良かった。それはボーダー隊員だけではなく民間人も同じように思っているらしくコメント欄に実力派エリートに相応しいくらいに書き込まれていた。
緑川が迅を尊敬し、見境がないのは今に始まったことではないが、もう少し周りを見るべきだろう。
今、このテーブルは悲劇が起きていた。
飲み物を飲んでいる迅に緑川が飛びつき、その衝撃で迅が右隣りに座っている桜花にぶつかり持っていたグラスの中身をぶちまける。一次災害だ。そして同じようにグラスを持っていた桜花も衝撃を受けグラスを落としてグラスの破片と中身を飛散させる。二次災害まで起きた。
ガシャーンと甲高い音が一気に周囲の視線を集めた。ぽたぽたと落ちる水滴の音が妙な緊張感を漂わせる。踏んだり蹴ったり過ぎて桜花は呆然とした。対する迅は意地でお茶を呑み込んだらしい。気管に入ってしまい咳き込んでいた。
反対側に座っている三人はあまりの出来事に一周回って驚く程に冷静だ。
「緑川、周りはちゃんと見ないと危ないぞ」
「……ザキさん。迅さんごめんなさい。明星さんもごめんなさい。服、えっと顔? 大丈夫?」
自分が仕出かしたことに混乱しているのか緑川が昨日の話と現状を混同している。「顔は大丈夫だ」と桜花が答えようとしたところで緑川の視線が一点に集中しているのに気付いて桜花は視線の先を辿る。
左腕が空けている。うっすらと見える傷痕に気づいて桜花の顔がみるみる変わっていく。それは無だった。
「濡れたし、帰るわ」
服についた水滴をを払い立ち上がる桜花に慌てて嵐山が呼び止める。
「桜花、ガラスが飛び散っているかもしれない。素手は危ない。それからうちの作戦室近いからタオルと服貸すぞ」
「気にしなくても私の部屋ボーダー本部内だし」
「いやちょっと目に――」
「毒? ならしょうがないわね。貸して」
「そういう意味ではないんだが――とにかく行こうか。皆すまない」
「ああ、任せとき」
話している内容は大したことないはずなのにまるで嵐のような応酬を見ていたような気がした。未だ苦しそうに咳き込んでいる迅と空気を読みすぎて何を口にしていいのか分からない柿崎と緑川。その中で唯一自分のペースを崩さない生駒が返事をした。
「桜花、羽織るか?」
「そっちの方が目立つからいらない」
「ああ」
嵐山が自分の上着を脱ごうとするのを止めてそのまますたすた歩いていく。嵐山隊の作戦室へ向かうのに最初は桜花の方が先導していたがすぐに彼女の速さに合わせて嵐山が隣を歩く。
「迅、大丈夫か?」
「まだちょっと苦しい……」
「わ――迅さん、本当にごめんなさい!!」
「生駒がいてくれて本当に良かった」
「なんや柿崎、イケメンに褒められると俺も仲間入りした気がしてくるやろ」
「お前は充分イケメンだよ」
「ほんまか!」
「とりあえず片づけるか」
柿崎が割れたグラスをペーパーフキンでくるみ、箒と塵取りを取りに行く。
二人が後にしたラウンジは再び日常の中に溶け込んだ。
☆★☆
嵐山隊作戦室。
今は皆不在らしく嵐山がトリガーをかざし、扉を開けた。
「今、取ってくるから待っててくれ」
「うん」
部屋の奥へと消える嵐山に桜花は彼等の机の上に置かれている書類の束の中身を見て小さく悲鳴を上げた。防衛任務と広報活動。おまけに学校生活まであるのだから彼等の隊はいろいろやりすぎだ。
(そのおかげで私は戦うだけで済んでいるんだけど)
自分の身体にぴたりとくっついている服が気持ち悪い。
「桜花、服のサイズはいくつだ?」
タイミングよく聞こえてきた声に答えるよりも早く桜花は本人の元へ行く。部屋に入れば棚に綺麗に収められている。嵐山が段ボールに手を伸ばしているので恐らくそこにあるのだろう。
「なんでそんなにあるの?」
「ああ、広報で使うのを一部根付さんから貰ってな」
「待っていて良かったのに」と言いながら嵐山は説明する。「ふーん」と頷きながら桜花は嵐山に近づき先にタオルだけ受け取った。
「……嵐山は気にしすぎだと思う」
何がとは言わない。ただそれだけで桜花が何を言いたいのか分かっている嵐山は「そうか」とだけ返事をした。なんだかむず痒く感じてしまう。何か話した方が良いのだろうか。悶々と考えることに耐え切れなくなって桜花は自分の身体を拭くことにだけ集中する。
「それでサイズはいくつだ?」
「MかL」
「Lは少し大きいかもしれないな」
言いながら嵐山が近くの台座を使い棚の上に納められている段ボールに手を掛けた。
「!?」
前振りもなく急に地面が揺れる。
「ちょっ!」
嵐山のバランスが崩れる。反射的に桜花は支えようと動いたところで再び激しい揺れが襲ってくる。足元が不安定になってしまい桜花自身がバランスを崩し後方へ身体が傾いた。
「桜花!」
嵐山の声。その言葉の先に続くのは恐らく「危ない」だ。
後方へ崩れる自分の身体に向かって嵐山の手が伸びてくる。棚が振り子のように揺れているのが見えた。桜花の頭を守るように嵐山が覆いかぶさるのと同時に、上部から落ちてきた段ボールが嵐山の頭を容赦なく攻撃した。鈍い音がした。嵐山の顔が近づいてくる。段ボールからTシャツが飛び出した。
体感時間が狂っているのではないかと思わんばかりに桜花は全てを見ていた。まるでここだけ別空間のようだ。
「っ!」
桜花は背中に衝撃を受け、この空間から脱した。
がちっ
口元に痛みが走った。のしかかってくる重さと一緒に熱がじんわりと伝わってくる。視界が暗くなるのと同時に自分も目を閉じていれば良かったと思ったのは初めてだ。自分の胸元で鳴る鼓動がやけに大きい。
『ゲート発生、ゲート発生』
聞こえてくる緊急アナウンスが遠くに感じる。
「大丈夫か?」
顔に息が掛かる。自分よりも嵐山の方が大丈夫なのかと聞かなくてはいけないのに桜花の口は言葉を発することも忘れている。
嵐山が身体を少し起こしたことで視界が少し明るくなる。彼女の顔をよく見えるようになったためか嵐山が桜花の唇から血が出ていることに気づいた。
「桜花、だいじょ――……」
唇に触れようとしている手。制したいのに桜花の口から言葉は全く出てこない。それどころか呼吸の仕方を忘れたのか息苦しかった。かわりに桜花の心音が返事をしようと熱を上げる。
嵐山の動きが止まった。
「あ、らしやま、重い!」
ようやく出てきた言葉に突っ込む余裕はない。今は全く重くないのにとにかく離れたい。その一心だった。
「すまない」
慌てて嵐山が離れる。熱が離れて急に身体が寒気を感じる。そういえば自分は濡れていたことを思い出す。冷静になろうと他のことを考えて適当に言葉を零していく。
「……ゲート」
「あ、ああ」
「行って」
「桜花は――」
「戦えないから戻る」
「……ああ」
桜花に押し出されるように嵐山はトリガーを起動して作戦室を出た。一人、散乱した部屋に残っている桜花は未だに胸が爆発しそうに脈を打っているのを感じていた。冷えた身体とは反対に熱が残ったままの顔をどうすればいいのか分からず抱え込む。
「戦えなくて良かった」
こんな風に思ったのは初めてだった。
今、戦場に出たら死ぬ。そう思いながら必死に呼吸をし脳に酸素を届ける。
自分のことに必死になっている桜花は気づかなかった。嵐山が換装した時、彼の顔も同じように熱が集まっていたことを――。
20180924
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