あなたと出逢う物語
押し倒される前に押し倒そう

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※下ネタ注意報発令しております。自己責任でお願い致します。


「私、出水が欲しい」
「桜花さん、おれ桜花さんに振り回されるの好きなんですよ」

 自分の胸倉を掴みながら告白してきた桜花はその返事を聞いて笑った。そしてそのままの流れで自らの方へ引っ張っり寄せる。近くなる距離の意味を知るよりも先に出水公平の思考は開かれる扉と聞き慣れた声によって遮られた。
「お〜明星、久々にやろうぜ!」
 喜々として入ってきたのは自分の隊の隊長、太刀川慶。彼は今、目の前に飛び込んできた光景を見ると冷静に呟いた。
「お前、なにうちの出水襲ってるの」
「は?」
 出水の目の前でドスの聞いた低い声がした。甘くなりそうな雰囲気はどこかへと逃げてしまった。自分に向けられているわけではないのに思わず背中が震える。
 ――というか襲われているってどういうことだろうか。
 自分が置かれている現状が第三者から見ればどう映っているのかまで考え至っていない出水が疑問を口にするよりも先に目の前にいた桜花が返事をする。
「許可は貰った」
「え」
「嘘だろ、お前無理矢理してるように見えるぞ」
「え」
「太刀川には関係ない」
「大いにある! 出水は俺の隊の一員だ。こいつ童貞なのにいきなり明星が相手とかきついだろ」
「はぁ!? 太刀川さん何言って……!」
 声を荒げて出水は言葉を喉に詰まらせる。
「童貞なの?」
「え、違うの?」
 声を揃えて聞いてくる二人に溜息を吐きながら答える。
「その手には乗らないっすよ」
「まぁ出水が童貞でもそうじゃなくても俺、関係ないしな〜」
 だったら邪魔するんじゃない。
 いつもなら食って掛かりそうな桜花は太刀川を睨むのに留め、掴んでいた出水の胸倉を放した。太刀川が躊躇なく剣を抜く。それに合わせて桜花はトリガーを起動しベッドから飛び出した。ガキンと響く金属音。出水の目の前には悪そうな顔をしている太刀川と桜花の背中しか見えない。出水の思考は停止した。
「ヤル気満々だな」
「そうね、さっきまではヤル気あったわよ」
 桜花は剣を弾き、太刀川を玄関先に追いやる。彼女の対応に、にたっと口角を上げると太刀川はイキイキとしていた。
 一体部屋の中で何を始める気なのだ。
 そう思ったのは部屋の主ではなく出水だった。思考が徐々に現実を受け入れようとしているようだが目の前の超展開についていけない。両者の睨み合いは続いたままである。
「うちの出水と付き合うなら俺を倒してからにしろ!」
「は、その手には乗らないわよ」
 そうは言いつつも剣を収めない桜花に太刀川の目は鋭いまま。戦闘は続行する気なのだと誰でも分かる。太刀川が孤月を鞘に収め、右手は柄に添えて構える。その動作が何を意味するのか分かった桜花の額には青筋が立った。
「ふざけるな。何度も人の部屋壊して……始末書を書く身になってくれない?」
「お前もやるから仕方ないんじゃねぇ? 俺も書くしイーブンだ」
「抜かせるか!」
 一気に距離を詰めた桜花は孤月を抜かせないように左手で柄頭を押さえた。そして太刀川がにやにや笑いだす。柄から右手を離し代わりに桜花の左手首を掴んだ。
「じゃあ続きはブースでするか」
「は、ちょっと!」
 引き摺られていく桜花の姿に思考がままならない出水が慌てだす。
「ちょっ、太刀川さん。おれが襲われていたって本気で思っているんすか」
 呼び止めるが振り向いた太刀川の笑みに出水は固まった。口は笑っているけど目が笑っていない。
「おー落ち着いたら出ろよ」
 自身の隊員を助けたと思っているのか。発言だけ見れば善意とも取れる行動だがあの目はそれだけではない。
 そのままランク戦ブースへと連行されていく桜花の姿を見送る形になってしまった出水は我に返って気づく。
「部屋、どうすんの」
 思考が復活した出水がボーダー隊員のプライベートルームがオートロック仕様だということを思い出すまでの間、悶々と部屋の中で待つはめになった。

☆★☆

「お前、無理矢理は駄目だろ」
「許可は貰ったって言ったじゃない」
 ランク戦ブースに引き込まれた桜花は太刀川と激しい剣の応酬だけではなく言葉の応酬もしていた。本気でランク戦をするのであれば後者は不要なやり取りだ。太刀川が何をしたいのか桜花はなんとなくだが分かっているためそこに関しては口を噤んだ。しかしこちらの事情に他人が介入するなと言いたい気持ちの方がでかい。
「それでも出水呆けてたじゃねぇか。流そうとしたんだろ」
「当たり前でしょう。欲しかったから勢いに任せて流れようとしたのよ。……一応逃げ出す機会だってあげたわ」
 それでも逃げずに笑い返してくれたのだ。だから何が悪いのだと睨みつける。
「別に、お前が出水のこと大切にしようとしているのは分かったけどよーだからなぁ」
 太刀川は桜花の部屋の前でのやり取りを思い出す。
「好きな女が目の前で戦っているのにあれはないだろ」
 そう言い切った太刀川に何を意味しているのか察したのか桜花は言い返す。
「戦争時ならともかく極悪顔を生身で受け止めて対応できるわけないじゃない。出水はこっちの世界で生きてきた普通の男の子でしょ。反応できなくて当然よ」
 桜花の返答が意外だったのか太刀川の目が一瞬だけ丸くなる。
「さっきも言っただろ。出水はうちの隊員だって。俺が睨めば反射的に察してくれるんだよ」
 来るなとはっきり言葉にしていない。それでも追いかけようとした出水に目一つで制止を掛けたのは自分だと自覚している太刀川は言う。
 出水はただの男子高校生だ。だけどボーダーの防衛隊員でエースをはるだけの実力を持つ優秀な部下。突然の強襲に好きな女が目の前にいるのに男として動かなかった出水を単純にやれないと告げる。
「無茶苦茶理論。別にそれが悪いことではないでしょ」
「明星がそう言うならいいけどよ、出水が良くないだろ」
「自分でやっておいて邪魔な奴ね」 
 太刀川が桜花に斬り込んでくる。それを受け止めるも終わることのない連撃に桜花は対応することしかできない。
「別に良いわよ。出水が決めるまで待ってあげても」
「へ〜お前、待つっていうたまなのかよ」
 桜花は自分の腕を斬り落とされる。それでも必死に反撃しやっとのことで作り出した隙に飛び掛かった。
「そうよ。まぁ決めてくれるまでは仕掛けるけど。だから落ちろ」
 無理矢理行動には移さない。相手を尊重すると誓った桜花の顔を見て太刀川は笑った。

☆★☆

 それは高校の昼休みの時間だった。
「弾バカ、お前明星さんに襲われたんだってな」
「ぶっ」
 今年も米屋陽介と同じクラスになった出水は都合が合えば一緒にお昼をとることは結構あった。今日だってそのうちの一日で、いつもと変わらない世間話からのいきなりの爆弾投下。丁度、ジュースを飲んでいる最中だった出水は咽てしまった。噴き出さなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
 出水の様子が面白かったのか米屋はケタケタ笑い始めた。話を切り出すならタイミングを考えろと米屋を睨む。
「一応聞いとくけど出所はどこから?」
「昨日、ランク戦ブースでさ」
「やっぱり」
 溜息を吐きながら出水はどうして吹聴したのだろうかと頭を抱える。出水の心境を知らない米屋は丁寧に桜花と太刀川のランク戦の様子を語った。
 やはりというかなんというか結果から言えば太刀川の圧勝だった。試合の内容も割と実践に近く太刀川にしてはスパッと斬って終わりではなく割と惨かったらしい。モニター越しに二人が何度か言葉を交わしその直後桜花がポイントを取ったらしいがそれっきり。部屋から出てきた二人を迎えたのはたまたまランク戦ブースに立ち寄った太刀川隊の隊員である唯我尊だった。
 唯我はあまり見ない自身の隊長の戦い方に少し驚いたらしい。思わずどうかしたのかと聞いたのが事の発端だ。
「明星の部屋に胸倉を掴まれた出水がいた」
「い、出水先輩がこの女に密室に連れ込まれた!? 出水先輩は無事なんですか!?」
 太刀川の言葉を聞いた唯我の頭の中は大パニックだったのだろう。桜花を指さし、相当大きな声で騒ぎ立てたのだ。指を指された桜花は太刀川にコテンパンにされたせいか怒る力がなかったのだろう。他人事のように呆然と見つめているだけだった。
「な、世論はこうなるんだ」
「――……肝に命じておく」
 そして桜花は唯我の首根っこを掴んだ。
「な、何を……は、まさかボクも出水先輩みたいに!!」
「ふざけるな、好みじゃないわ。そんなに言うならせいぜい大切な出水先輩を守れるように努力しなさいよへっぽこ」
「へっぽこ!?」
 出水を襲った女というレッテルを貼られたままにして桜花は唯我を引き摺り太刀川と一緒にその場を後にした、
「そん時のお前の後輩『いやだーボクは出水先輩の二の前になりたくない!!』ってすっげぇ叫んでた」
「唯我ぁ〜〜!!」
 火に油を注いだ人物を知り出水は顔を机の上に突っ伏した。いや、寧ろその後何も訂正をせずに煽っただけの桜花にも言いたいことはある。どうして彼等は事を大きくするのが得意なのだろうか。嘆く元気は出水にはなかった。
 一部始終を話し終えた米屋は「それで?」とこの話の落ちを催促する。本当は何があったのかという問いに出水は顔を少しだけ上げて正直に答える。太刀川の言う通りのことはあったが唯我が言うような事は起きていない。
「……告られた」
「マジか――それであの騒ぎ……明星さんある意味天才だな」
「いや、不運だろ」
「ふ――ん、じゃ弾バカ、付き合うのか?」
 出水の返しに彼女に対してどう想っているのか悟ったのだろう。騒ぎの収拾をつけなくていいのかという意味合いも込めて米屋は言う。その言葉に出水は、はっとする。
「返事したけど付き合うかは――どうなんだろうな……その前に太刀川さんに乱入されたし有耶無耶」
「うわ――マジで不運じゃん」
 紙パックの中身が無くなったのか、ストローを加えている米屋の方からズーズーという絞り出すような音が聞こえた。
「だったら大きくなる前に何とかした方がいいんじゃねぇ? このままだと加害者と被害者だろ」
 確かにこのままでは甘い関係を感じさせることもなく殺伐とした関係になってしまいそうな雰囲気である。とにかく桜花と話をしないと始まらなので出水は桜花に今日会えないかとLI〇Eを送った。

 ボーダー本部にいると返事をした桜花はある意味いつも通りだった。待ち合わせ場所が自室ではなくラウンジとしたのも米屋の話通り、本部内では昨日の噂が充満しているせいなのだろう。気を遣ってくれたのかもしれないが逆に皆が向けてくる視線が気になってしまい胸が痛む。これも自分が太刀川に乱入される前にはっきりさせておけばそうならなかったのだろうかと思うと自然と出水の足は速くなる。
 そして辿り着いた待ち合わせ場所。いると言った桜花の姿はなく代わりにいたのは唯我だった。
「出水先輩〜よくぞご無事で!」
「唯我黙れ」
「へぶしっ!」
 事の発端を知っている出水は唯我が近づいてくる前に反射的に蹴りを入れる。唯我は大袈裟にも吹き飛ばされ「痛い」と抗議する。……ノリが良いにも程がある。出水はその抗議を流した。
「で、なんでお前がここに?」
「太刀川さんが『明星は俺が預かった』と伝えておいてくれと……」
「無事も何も桜花さんの行き先知ってたんじゃねぇか!」
「わわわ、つい、出来心で!」
「どんな出来心だよ」
 圧倒的な力の差がはっきりしている手前、これ以上の反撃は唯我が可哀想なことになる為、出水はここでぐっと留まる。――というかまだ太刀川は一件に関わっているのだと思うと嫌な予感しかしない。
「行くか」
「出水先輩待って」
「待たない」
「そんな〜〜」
 何故か唯我が纏わりついてくる。引き離そうと頑張るも中々離れてくれず、遂に出水の堪忍袋の緒が切れる。出水は力づくで唯我を引き剥がし自身の作戦室へと向かった。

 作戦室の扉を開けば出迎えてくれたのは国近柚宇だった。
「お、いずみんお帰り〜早かったねぇ」
 口振りからするに彼女は唯我の行動を知っているのだろう。――ということは太刀川隊総掛かりで邪魔をしているとみた方がいいなと出水は思った。
「柚宇さん、一体どういうことですか?」
「う〜ん、いずみんはうちの子だからお嫁には出しません的な?」
「は?」
「っていう名目だけど太刀川さんは明星さんと遊びたいだけなんじゃないかな。ほら、いずみんにとられたら遊ぶ時間なくなっちゃうと思うし」
「はぁ――」
 そして唯我は桜花本人から「大切な出水先輩を守りたいなら〜」と吹っ掛けられたことにより、自分の力では太刀打ちできないことを理解して上で太刀川に加担したと白状した。国近は大人しく「見守っている予定」だとは言ったがその後に続く言葉が「太刀川さんの相手が終わったら一緒にゲームをする」と言っていたことから彼女も桜花を離す気はないらしい。勿論、桜花が出水に会うことを知っていて皆行動していることも明かしている為、本当に邪魔以外の何ものでもなかった。
 何故、当事者より関わろうとしているのだろうか。出水は頭が痛くなってきた。
「まぁ明星さんがいずみんのこと好きなのは昨日、皆で聞いたから知っているんだけどね」
「はい?」
 それは自分の口から言うまで米屋が知らなかった情報である。どうやら昨日のランク戦の後には続きがあって、桜花と太刀川、唯我の三人は揃って太刀川隊の作戦室へ行った。部屋にはゲームをしていた国近がいたため彼女を巻き込み、事の成り行きを桜花の口から吐かせたらしい。
「それでもボクは認めません!」
「わたしはいいと思うけどな〜明星さんああだけど、言っていることも分かるんだ。勢いって大事だし、もう一度やるのって勇気いると思うんだよね。いずみんは明星さんとどうしたいんだろう?」
「……好きですよ」
「仲間として?」
「異性として」
「そっか」
 言うと国近はボタンを押す。
「太刀川さん、いずみん来たよ」
 訓練室内にアナウンスを流すと太刀川は了承したのか、桜花は斬ってベイルアウトマットへと送る。作戦室の奥からぼふっという音が聞こえた。
「じゃあ行こうか〜」
「いや、ボクはっ!!」
「おぉ〜出水、明星は落ち込むまで叩きのめしたから」
「はぁ?」
「奴の勢いは消した」
 訓練室から出てきた太刀川はやったぞと子供が親に告げるように無邪気に言ってのけた。この人、いやこの人達は何をしたいのだと出水は言いたくてたまらない。
「それじゃあ行きますか!」
「だな」
「待っ」
 唯我の言葉を聞かないままに太刀川が唯我を抱え、国近を筆頭に作戦室から出て行く。嵐が通り過ぎたような静寂さに気を取られそうになるが、それよりもベイルアウトマットに飛ばされ部屋から出てくる気配のない桜花の方が気になってしまい、出水は顔を覗かせた。
「桜花さーん?」
 未だにマットに沈んだままの桜花に太刀川が言うように本当に落ち込んでいるのかと出水の心臓が飛び跳ねる。わざと足音を立てながら近づいて桜花の顔を確認すれば彼女は無言で宙を眺めていた。落ち込んでいるというよりは悔しがっているというか不満が募っている感じだ。
「桜花さん?」
 目が合う。
 桜花はむくりと起き上がり「何?」と一言だけ口にした。何もする気がないのか大人しく座っているだけの彼女に出水は昨日の件を口に出す。
「昨日の続きなんですけど」
「うん」
「付き合うってことでいいんですよね?」
「……付き合ってくれるの?」
「はい」
「私が出水のこと襲ったってことになっているけどそれ本当にしてもいいの?」
「明星さん、引き摺りますね。気にしていたんですか」
「……未成年に手を出すなと各処から言われた」
「うわ――」
「本当にしたくても、手を出せない」
 零された言葉が弱々しい。彼女の中でいろいろと思うことがあるのか理性と感情の狭間に苛まれているようだ。
「桜花さんって我慢できるんですね」
「失礼ね、ここで生きていくって決めたんだから必要ならするわよ。手に入れるためならなんだってするんだから」
 不貞腐れる桜花は確かに勢いが死んでいるのだろう。大事な言葉だけが空気と馴染むように吐き出されていく。それがなんだか出水の胸をくすぐる。
「つまりおれが手を出す分にはいいってことですよね」
「え――」
 桜花の口から漏れた言葉ごと吸いつくように唇が重ねられる。口と口の距離が空いてお互いの視線が絡みつく。相手の目に映る自分の姿。一体どちらの目が潤んでいるのだろう。判断する前に桜花は出水を自分の方へ引き、そしてマットの上に押し倒した。
「手、出せない!」
 自分の顔を隠すためか、それとも我慢しようとしているのか、出水の両手を押さえつけ自分の顔を相手の首元に沈めたまま動かなくなる。痛くはない。寧ろ耳元に届いてきた息遣いが擽ったい。本能的に触れたくなって出水は力を籠めるがぴくりとも動かすことができない現実に頭から冷水を被った気持ちになった。桜花の力が強いのかそれとも押さえ込むのが上手いのか。はたまた自分の力が単純に弱いのかと出水は訳が分からなくなる。
「桜花さん、あの離して……」
「無理」
「え――……」
 この状態では何もすることができない。桜花本人も本気で出水に何もしないつまりなのか動く気配が全くない。
(おれは何を試されているんだ)
 あの時襲われていた方が良かったのではないか。不甲斐なくそう考えてしまった出水は不本意ながら一つだけ学んだことがある。
 
(押し倒される前に押し倒そう)

 そしてこの時を持ってある種の攻防が始まったことに出水は気づかなかったのだ。


20190127


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