星が奏でる狂詩曲
リアライズデバイス
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※芦原先生の前作「賢い犬リリエンタール」のネタが出てきます。
ご存じなくても読める内容です。
「悩む時間くらいは与えたと思ったんだが……早かったな」
駅に辿りついて早々、声を掛けられた。そこには先程まで顔を合わせて話していた麟児の姿があった。
言葉にしている程、麟児の表情は変わることなく淡々と言葉を連ねていく。
「県外である以上交通機関を使わざる得ないからな。どれだけの人数が編成されたかは知らないが」
三人分は確保した、と特急電車の切符を見せられる。
「麟児さん、ちゃんと合流できて良かったです」
「非戦闘員が一人で行くわけがないだろう。迅がこちらに来るのは聞いていたからな。一緒に来るのが嵐山だとは思わなかったが」
麟児の視線が嵐山に向けられる。会話の内容から嵐山が選択するよりも先に二人が桜花の元へ行こうとしていたのは分かる。そして用意された切符の意味……嵐山は真っ直ぐ目を見て答えた。
「ありがとうございます」
「俺は諦めさせると言っただろう? 礼を言うのは違うんじゃないか」
「違わないですよ」
目の前に差し出された切符を嵐山は取る。続いて迅も切符を取った。
「もうすぐ出発時間ですね。行きますか」
改札を潜り抜け三人は電車に乗り込んだ。
特急から乗り換えて僻地にある施設に辿り着くのに更に四十分程掛かった。作戦開始前に到着できて一先ず安心する。
施設に灯りはついているため中にまだ人がいることが分かる。見晴らしが良いのにも関わらず人影一つ見当たらない現状にやっぱりそうだよなと、三人の想いは一つだった。
麟児が無言でボーダーから持ってきたモバイルパソコンを開いた。
「雨取さん、桜花は中に?」
「あぁ」
「やっぱり待っていてくれなかったか」
「独断専行はアイツの専売特許みたいなものだからな。おかげで読みやすくなっただろう?」
「んまぁーそうなんですけどねぇ……」
言うと迅は、この場で得られる未来という名の情報を持つ嵐山と麟児の顔を見る。少しでも多くの情報を拾い上げるために流れ来る未来のその先まで覗き込んでいく。
「このまま三人で行こう」
三人はトリガーを起動する。勿論麟児が起動したトリガーは非戦闘員が使用する非常用トリガーになる。
「嵐山はどれくらいいける?」
「換装でギリギリだ。戦闘トリガーの使用は一発といったところだ」
武器を具現化することで敵に戦闘員だと認識させるつもりなのだろう。突撃銃を出して嵐山は答えた。証言に嘘偽りはないことと見えた情報とを照らし合わせ迅は頷いた。
「じゃあ予定通りで行こう」
トリオン兵の相手を迅が、オペレートやサポート類を麟児、そしてトリオンが回復できていない嵐山は彼の護衛を行うことになる。
エントランスに入るが人は誰もいない。館内マップを発見し麟児は手にしているモバイルパソコンに内蔵されているカメラで画像を撮るとそのまま二人にデータを送る。急ごしらえのマップ情報。平面でしかも一階の情報しかない。他の階の情報はその都度手に入れるしかなさそうだ。それでもないよりはマシだった。そこに桜花の現在地を表示させる。
「高さ情報からすると地下だな」
迷わず階段を下りる。桜花の位置情報を信じてもっと下へと降りようとしたところで行き止まり。一先ずその階へ侵入することになった。
「分かりやすっ!」
「……桜花」
壊された壁にトリオン兵の残骸。気絶している人がいれば身動きが取れない人間を救出しようとしている人間もいる。あからさまな戦闘の跡は桜花がここを通ったことの証明だ。
「っ、ボーダー……」
絞りだされた声に手を差し伸ばそうと動く嵐山を制しする。
「大丈夫。この人達は自力で抜け出せる。それよりこの先にいる人の方が助けを必要としているみたいだしやるならそっちかな」
「分かった。すみませんが俺達はこの先にいる人を助けに行きますので!」
一言断りを入れる嵐山に苦笑する。
「お前こんな時まで本当律儀だねぇ」
「ヒーローはそうあるべきだろう。不法侵入していることに変わりはないが今の言葉があるのとないのとでは心証が違う」
「麟児さんは冷静で現実的ですね……本当、どこまで読んでいるのやら」
サイドエフェクトで見えた道筋通りなのか長居することはなかった。迅を先頭に、桜花が進んだ道を辿っていく。途中、通路が分かれていても桜花が瓦礫やトリオン兵の残骸で塞いでいるため迷うことはなかった。
迅はすれ違う人達の顔からこれから待ち受けている未来を精査していく。
「ここだ」
それはこれからの未来に影響を与える大事な分岐点だという意味だった。
「あれはまだ試作中だったはずだ」
「だから今データをとると言っている」
「しかし……」
「今更心配か? 敵に対抗するため、誰も傷つかないボーダーとは違うやり方を選んでのトリオン兵開発だったはずだ。好都合だろう?」
部屋の中から聞こえてくる声は二人分。
嵐山が扉を蹴破り、迅が突入した。部屋にいる人間を見て護衛として部屋に配置されているトリオン兵を確認する。そしてここにいるのが最後のトリオン兵だと知り、遠慮なく戦闘不能にして後方の二人を招き入れた。
白衣を着た男が三人の顔を流し見し、視線が嵐山のところで止まる。
「君達はボーダー! まさかあの女を……」
「ああ、俺達は単独で動き回っているその女を回収しに来た。どこにいるか教えてもらいたい」
そう言ったのは麟児だった。
彼女の回収だけを告げトリオン兵やその惨状を口にしないのはありえない。通常なら状況把握のために彼らは不幸にも近界民の被害に遭ったのかそれとも加害者側なのか問いただすものだ。しかし麟児はそれをしなかった。する必要はないと態度で示した。
それが意味するもの……最初からなかったということにして蓋をするか、その責任は誰が負うものか既に決まっているということになる。
(もしも桜花が種を蒔いているのなら)
現状に触れないことで男に植え付けた何かが芽を出すはずだ。後の保険としてそれを活かしておいた方が都合がいい。
遠征や今まで過ごして把握している桜花のパーソナルデータから予測して選んだ言葉。男の顔色を見ればこれまで桜花がやりあった内容を察するのは容易い。あとはそれに乗っかるだけだった。
「あの女の言う通りってことか! いや、まさかボーダーがそんなっ!!」
妙な展開に迅も嵐山も麟児が何を仕掛けたのかいまいち分かっていない。それでも間に入らなかったのは決められた役割を全うすると決めているからだ。
「本当にボーダーはあの女を斬り捨て……」
「ははは」
この場にそぐわない笑い声がした。黒いスーツの男が楽しそうに全てを眺めていた。
「彼女の言う通り君はボーダーを信じているんだね。近界民を恨み自分達を正当化する理由を探して彼等を的に憤りをぶつける。それで救いを求めているってとこかな。それが崩れたら自分達が報われなくなるから不安だなんて……本当人は多面的で面白いよ」
皆の視線が集中したところで黒スーツの男は両手を上げ降参を示す。
「私はもう何もしないよ。そこのトリオン兵が使い物にならなくなった時点で打てる手はなくなっているんだ」
言いながら近くにある椅子まで歩き座る。ボーダーは自分に危害を加えることはしないと知っているのか堂々としたものだった。
「女は?」
「私たちの実験に協力してもらっているところさ」
「協力?」
「そこの割れた窓ガラスから見えるだろう」
迅も嵐山も男から視線を外さない。代表して麟児が言われた通りに行動する。
割れた窓から覗き込む。隣はここから更に地下へと広がる部屋になっている。黒スーツの男の言葉を使うと実験を行う部屋になっているのだろう。となれば自分達がいるここはモニタリングするための部屋なのだと知る。
実験部屋の下の方は黒い霧のようなもので覆われていて何も見えないし音も聞こえない。しかし……麟児は手にしているモバイルパソコンを見る。そこに桜花がいるとレーダーが示していた。
「いるのは間違いないな。何をしている?」
「言っただろう? 協力さ」
「あ、あんなの協力でもなんでもないだろう! トリオン兵の実践データをとるためとはいえまだ制御システムはできていないのに……!」
「先程もそうだが黙っていればいいところで言うから君は悪党になれないんだよ」
「俺は悪党なんかじゃないっ!」
なんとなく状況を察し麟児は思案する。
男達のやり取りを放置してもいいがその前に桜花が相手にしているものがどんなものであるかは知る必要がある。
「それで、あいつは何と戦わされている?」
「リアライズデバイス。組織に残っていたデータを集め近界民技術で再構築したものさ。私達はRD-2と呼んでいる。あの黒い靄の中にいる一人の精神にアクセスし、その者のトリオンを使用しながら接続した意識や心を現実世界に作用し、中にいる人間を攻撃するという仕様になっている」
(桜花が戦っているトリオン兵は桜花の精神にアクセスして弱点をピンポイントで狙っているということか)
並大抵の相手なら桜花一人でもなんとかなるはずだ。ただ今回の敵がそうなのかどうかはまだ判断ができない。
「あいつはいつから戦っている?」
「二十分くらいはやっているんじゃないか?」
戦闘経験が豊富ではない麟児では判断がつかない。ちらりと視線をやれば嵐山が答える。
「風間隊が初見でラービットの攻略を完了させたのは五分程だ」
そして森林公園で初めて見たトリオン兵を一体倒すのもそれくらい掛かっていたことを思い出す。それだけ苦戦を強いているとみていいだろう。
そして状況が分かっても迅がアクションを全く起こさないことからもう少し未来を見るための時間が必要だと察する。
麟児は視線を黒スーツの男に戻した。
「そちらの男の言葉を信じれば、このトリオン兵は指示を受ける機能が備わっていないということになるが間違いないな?」
「……」
言葉は返ってこない。しかし白衣の男のバツの悪そうな顔をみれば答えは得られたようなものだった。
「なるほど、倒すしかないということか。問題はその倒し方だが――」
「それは私達には分からないよ」
積極的に答えてくる男の顔を麟児は観察する。
「言っただろう協力してもらっているって。今まで試験データを十分にとれたことがなかったんだ。だから本当今回はいい被験者だよ。おかげでいいデータを本部へ送れる」
「……っ」
「迅」
「うん、やった方がいいよ」
部屋にあるパソコンに触れ、麟児はネットワークに繋ぐ。桜花が混戦中のトリオン兵の情報、そして戦闘データがこの施設ではない違う場所へ送られていることを確認。ついでに桜花がこの施設に侵入した際の映像まで発見してしまう。これはトリオン兵の戦闘情報に比べると優先が低かったため転送されていないだけで今対処しないと後々面倒になることは間違いなかった。
麟児はすぐさま処理に取り掛かった。
「RD-2がアクセスすれば相手のトリオンが尽きるまで行われる……私達はその結果しか知らない」
「尽きた後、桜花は、……中にいた人はどうなるんですか?」
「さあ、終わった後は興味がないからね」
「……」
「先程の男とは違って君達は……なるほど」
男はくつくつと楽しそうに笑う。
「君達に何を言われようとも私と彼は何もできない。全てを決めるのはRD-2と中にいる人間次第だからね」
その言葉を聞いてふぅと息を吐いた音がした。
「我慢比べなら桜花に分が悪いけど、ここぞとばかりの諦めの悪さはピカイチなんだよね〜」
軽い調子で迅は言う。
「だから桜花は強いんだ。この勝負は桜花の勝ち。もう少しすれば出てくるよ」
「信じているということか。……いや、まるで知っているように君は言うんだな」
迅はただ黙って微笑み返す。未来視のサイドエフェクトのことを知らない男にこれ以上情報を提供する気はないらしい。
未来は確定した。
だからこの場に興味はないと目を細める。迅はスコーピオンを手にしたままエスクードを彼等の周囲に生やして閉じ込めた。
「この二人はこれで何も手が出せなくなった。おれ達は安全になったわけだけど……」
バンッ
割れた窓ガラス目掛けて嵐山はアステロイドを撃った。
「これで俺のトリオンは戦闘体以外はない」
やはりと言うべきか、麟児は瞬き一つもせずに嵐山を見据える。
「迅が言った通りあいつは強い。このまま待っていれば戻ってくるが」
「はい。だから迎えに行ってきます」
「もう一度言う。あいつは一人でも大丈夫だぞ」
「それでも」
「お前の手を取るとは限らないのにか?」
「俺が行きたいんです」
「…………」
「あ――嵐山、たまにそういうとこあるから」
普段はそんなことはないのにこうと決めたことに関しては何を言っても聞く耳を持たないのだ。
そして迅がそう口にするってことは自分がこれから行うことに了承を得たようなもの――そう解釈した嵐山は真っ直ぐに二人を見つめる。
「持って行けよ」
迅は嵐山の元に近づいて自分が持っていたスコーピオンを手渡した。流石に戦う手段がない人間を戦地に向かわせるわけにはいかない。
「お前の腕っぷしは知っているけど、無茶はするなよ」
「ありがとう迅!」
「……」
迅が自分の胸辺りに握り拳を作る。それを見て嵐山も自ら拳を作り突き合わせた。
「二人で帰ってくるからな」
そして割れた窓ガラスから隣の実験室へと飛び降りた。
RD-2は対象者のトリオンを使用して攻撃をしてくるということは使用するトリオンがない人間が相手をする方が相性がいいのは分かる。三人の中で適しているのは戦闘体を一度破壊された嵐山で間違いはないのだが……。
赤の隊服が視界から消えて麟児は溜息を吐いた。
「麟児さん焚きつけますね」
「お前は良かったのか?」
「うん、もう少しすれば出てくるから」
「……お前も随分だな」
静寂に包まれる室内。そしてパソコンのキーを叩く音が聞こえた。
20190815
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