星が奏でる狂詩曲
ひとり旅

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 見知らぬ土地へ行くことに戸惑いはなかった。敵地へ乗り込むのだってそうだ。向こう側の世界で散々やってきたから独自の心構えも持っている。ただ……。
 桜花は駅の改札口を抜け、目の前のビルに備え付けられている大画面を見て足を止めた。
 大画面に表示されるテロップには三門市と隣の市にまたがる森林公園で近界民が出現とあった。ボーダーの対処と市民の避難状況が報道されている。映る人々の中には嵐山を除く隊員の姿があった。
『皆さんの協力のおかげで被害は最小限に抑えられました』
 キャスターからのインタビューでコメントを求められた柿崎は、キャスターの方を見て慌てることなく冷静に答える。
 皆で絡んでいる時、柿崎は常に皆の保護者的な立ち位置でそして振り回されることが多い。そのせいか落ち着いて対応している姿に新鮮味があった。
『だからこっちは任せてくれ』
 真っ直ぐカメラに向かって発せられた言葉。
 桜花は少しだけ違和感を覚えた。
 被害を最小限に抑えられた。しかし現場はまだ落ち着いていないとメディアを使って宣言しているのはボーダーが手一杯だとアピールするためか。
 迅がいればその辺りはもう少しスムーズに行きそうだがと思考した結果、桜花は自身のスマホの電源を入れる。起動直後に手元に振動が伝わってくる。ホーム画面の通知だけで内容を確認できる短いメッセージが飛び込んできた。
『21時 一斉に突入』
 これだけでボーダーの作戦を理解する。
 恐らく自分がいるところにも隊員が派遣されているのだろう。彼等との合流を待つべきかと思案する。しかし一人で乗り込んで敵の戦力を一か所に集中させる策も捨て難い。今までの自分らしいやり方で選ぶなら間違いなく後者だ。
 現時点、手元にある情報が少なすぎて勝算はどれくらいあるのか分からない。が、受け身のままでは事態が好転することはないだろう。やるなら今だ、と本能が主張する。
 自分の命が最優先なことは今でも変わらない。それでも自分の安全を確保するよりも優先すべきことがある。優先にしたいと思うものがある。今更感情論で物申すのは初心者みたいだがそれでもここで大切にしたいと願ったのだ。
(いつだって自分のやりたいようにやって生き延びてきたじゃない。……やるわ)
 赤い背中を貫く光景が脳にこびりついてしまっている。それが桜花を鼓舞し、足をその先へと進めさせた。

☆★☆

「うわあぁぁぁ!!!」

 悲鳴が反響する。あちらこちらへと駆けて行く足音を聞きながら桜花は自分の勘を頼りにまっすぐ歩いて行く。目の前に現れる攻撃を仕掛けてくるのはトリオン兵のみだ。
 森林公園では情報のないトリオン兵が出現したことから独自で開発をしている可能性が浮上していた。もしもそうであるのならば、トリガーの研究も進んでいるはずだが……今のところトリガー使いは一人も見ていない。ボーダーが使用しているように罠としての運用も視野にいれていたがそれもなかったのだ。ここまでくるとトリガーを開発するノウハウはないことが分かる。
(トリガーがあれば貰っておこうと思ったんだけど)
 期待はできないと早々に見切りをつける。
 出入り口は建物の一部を破壊して瓦礫で塞いだ。そして襲ってくるトリオン兵を対処していく。施設の一部は破壊しているが桜花にしては人間に直接被害を与えないように気を遣って行動していた。ぶった斬った後のトリオン兵による二次被害は自業自得だと割り切っているので敵の組員が身動きを取れない状況になっても目を向けずに進んで行く。
 分かりやすい程の行動の徹底ぶり。安易に怪我をしたくなかったら大人しく隅っこで縮こまっていろと言っているようなものだ。
 目の前でどんどん非常扉が閉まり、進む道が塞がれていく。桜花は慌てることもなくハウンドで扉をぶち破った。そして厳重に防衛を固めている区域に入り込む。
「ボーダーが民間人に手を上げるのか!?」
「先に手を出したのはそっち。自分達の思い通りにならないからって被害面するなんて虫唾が走る」
 投げられた言葉を丁寧に返す。桜花にしては優しい対応だ。
 差し向けられたトリオン兵を斬り、トリオンの塊となったものを蹴り飛ばす。研究員の近くまで飛んだそれは非戦闘員を精神的に攻撃するにはちょうどいい。そして相手の逃げ道を塞ぐのにも――トリオン兵の使い方は心得ていた。
「俺達は被害者だ。近界民に大切なものを奪われて……でもあの時ボーダーは助けてくれなかった! それどころか勝手に基地を設立して俺達が家に帰れないように立入禁止にして――許せるか!」
「逆恨み? 何もしないで自分の都合のいいように助けてもらえると思っているなんて性質が悪いじゃない」
「お前だって俺達側の人間だ。近界民やボーダーに酷い仕打ちを受けてなんでそっち側にいるんだ!?」
「んー私の情報はリークされている、と。どうせならしっかりと情報を流して欲しかったわ」
 桜花の情報はボーダーでも一部の人間に限られている。他に知っている者がいるとすればそれは一組だけ。以前、ボーダーを陥れようとスパイ活動をしていた人間だ。彼等しか桜花の事情を知る者はいない。
 スパイ活動をしていた彼等と最後の対面を思い出す。彼等がボーダーから奪ったのは向こうの世界の技術だけではない。玄界に帰還した人間のリストだ。あの時、パソコンを触っていた彼等は盗んだ情報を仲間に送ろうとしていたので間違いない。
「アンタ達のしていることって中途半端な自己満足じゃない。正直、近界民より酷いわよ」
「……っ、あんな奴等と同じにするな!」
「そんなこと言うんだ。ここ最近の動きからてっきり仲間に引き入れていると思っていたんだけど」
 腹の中ではどう思おうと仲間に引き入れているのであれば敵に回すような言動はしないはずだ。
 相手の反応から情報を得ようと桜花が睨みつける一方で男は押し黙っていた。ぐっと耐えた後に肩が上下に揺れている。怯えているわけではないようだ。その後に聞こえるくつくつと抑えるような笑い声に嫌な印象を受けた。
「どこからどうみても俺達は被害者だ。そういう絵面は撮れた。ここがダメになるのは惜しいが、外へと情報を発信すれば後は世間が決めてくれるさ」
 ボーダーに不信感を少しでも与えられればそれはいつか大きな意志として反旗を翻すことになる。そして自分達の目的は達成される。ネタバラシをするということは男の中で勝利を確信したのだろう。素晴らしいアフターサービスに桜花は立ち止まる。確かにこのシーンだけを切り抜けば男の言うとおりに見えなくはない。
 桜花の反応に男は自分が欲していた展開になってきたと判断したのか、我慢することなく堂々と笑いだした。高らかに笑い上げるその声はやはり聞いていても心地の良いものではない。親切丁寧に相手に乗ってやるべきかと桜花は考えたが、その前にこの男は一つ勘違いをしている。訂正はせめてもの情けだ。桜花は事実だけを口にすることを選ぶ。
「世間が私を悪と認識してもボーダーが私を切り捨ててしまえばそれで終わりじゃない?」
「は」
 思わぬ言葉に男の笑いは引っ込んだ。
「な、何を言って」
「ボーダーがそんなことするはずがないって? 随分信頼してるのね、笑えるわ」
 口ではそう言っても実際に笑っていない。真顔で男を睨みつけるでもない気味の悪い視線を向けながら桜花は言葉を続ける。
「だってそうでしょ。世間が私に悪を押し付けるなら、私はボーダーを陥れるためのスパイということにした方が綺麗に済むのよ。しかも近界民側。その方が都合いいでしょう? そうなればボーダーは被害者になれるわ。……これが一番丸くおさまりそうだから現実味増すのがちょっとね……ま、そうなったら逃げるけど」
 それはボーダーが、この組織がというレベルの話ではない。話の裏側、主導権を握っているのはどちらでもない、別のものだと告げる。
「お前自分で何を言っているのか分かっているのか!?」
「後のことは考えるなって言われているの。この意味、分かる?」
 桜花がボーダーに貢献している以上、最低限の命の保証はされる。これはボーダーと契約を交わした時の条件の一つだ。彼等が律儀なのを知っているためそれを疑うことはない。自分がいなくなってから少しばかり指を指されることはあるかもしれない。だが自分というマイナス要素だけで崩れるような組織ではないのだ。
 桜花がボーダーに所属して約半年。彼等が三門市の市民とどう接して寄り添い、基盤を固めてきたかは知っている。だから彼等の目論見通りにはならない。
 勿論桜花の対処については最悪起こりうる可能性の話だ。できればそうならないように努めるのも桜花の仕事である。
「アンタ達の敗因は私という傭兵を理解しなかったことね。ありがとう」
 理解してくれなくて。
 微笑み返すと盛大な舌打ちが聞こえた。思わぬカウンター攻撃に男は唇を噛みしめた。
「なるほど、ボーダーに勝てないか。ならばせめて貴様だけでもこちら側に引き摺ってやる」
 突如聞こえた第三者の声。桜花は声がした方へと意識を向ける。黒いスーツを身に纏った男。他の者とは違いこういうことに慣れているのか独特な雰囲気を放っている。感じる懐かしさが桜花の第六感を刺激する。恐らくこの男は戦い慣れしている。戦闘員、それとも近界民か。仕掛けられる前に気絶させようと桜花はトリオンキューブを生成する。
「運用できるレベルに達していないが勝ち逃げされるよりはいい。ついでに試験データをとらせてもらう」
 桜花がトリオンキューブを放とうとする直後、飛び込んできたトリオン兵に押し込まれ自分の背中は冷たくて大きな窓に押し付けられた。
 男へ、そしてトリオン兵に向けて一対二の割合でトリオンキューブを放つ。捨て身の攻撃か、身体のほとんどをとばしたのにトリオン兵はそのまま桜花を力尽くで押し潰す。
 桜花のトリオン体が音を上げるよりも先に悲鳴を上げたのは窓の方だった。罅が走りそして砕け散る。割れたせいで支えをなくし桜花はそのまま背後へと倒れ落ちた。
 この部屋は何かの実験施設となっているのか。桜花が先程いた部屋はここで行われる実験の様子を観察しやすくなるよう間取りされているようだ。自分の身体にまとわりつくトリオン兵を薙ぎ払い桜花は綺麗に着地した。
 部屋の中に気味の悪い黒色の煙が流れ込んできて、視界が全て黒に染まる。
 うっすらと現れる白い光に反応して孤月を振った。トリオン兵だ。斬った手ごたえを感じ追撃を……と思いきやトリオン兵は直ぐに黒の中に紛れ姿を消した。
 オペレーターがいれば視覚支援で視界も良好になるのにーー。ふと、そんな考えが過る。これは単独行動のツケだ。玄界に戻ってくる前までの桜花はずっと一人だった。そう思えば他の誰かを頼りたくなるのは贅沢な我儘だろう。
 落ちる時にこの部屋自体には機材や小物は何も置かれていなかったのを確認した。図体がでかいだけのトリオン兵が隠れる場所なんてどこにもない。だから捕捉しての対応は訳ないと思ったのだ。
 自分の死角からトリオン兵が現れる。咄嗟に反応して攻撃すれば先程と同じようにトリオン兵は黒の中に紛れ込んだ。
 斬った感触はあった。だけど倒した気はしなかった。
(自分の姿ははっきり見える。孤月を……いや、トリオンキューブで炙り出すか)
 黒の中にはっきりと見える自身の刀身。発光する目的で生成したわけではないので灯りとしては微弱だ。それでも何もないよりはいいはずだ。周囲を照らす為にハウンドまたはスタアメーカーを出そうかとしたところで違和感を覚える。
「なんで私は見えている?」
 孤月が見えるのは刀身が僅かとはいえ光るものとして属しているからだ。しかし人の肉体を模ったトリオン体に発光する機能は付与されていない。
 自分と同じようにトリオンで作られたトリオン兵は視認できないのに自分の身体が視認できるのは、周囲を包み込んでいる黒いものが暗闇ではないからだ。ただの黒い空間。何もない空っぽ。意図的に作り出されたものになる。
 トリオン兵がまた、黒の中から飛び出してくる。桜花は咄嗟に反応し、今度はスタアメーカーで撃ち落とす。トリオンキューブの消失。攻撃はちゃんと当たっているのは分かる。己のレーダーにマーカーが表示されているのを確認している。そして次の瞬間、桜花の視界から消え、マーカーも消えた。
(これは……)
 意識したのと同時に視界から黒が散り色が現れ始める。
「あぁ――そういう攻撃なの」
 今、目の前にしているのはここに来るまでの出来事。自分を庇うために飛び込んできた嵐山の身体が貫かれるところだ。
 再び目にしただけで身体中の血管が圧迫される。違うと分かっていても心が揺れ動かされる。それとは逆に他人事のように冷静に見ている自分自身もいて頭ががんがんと鈍器で殴られるような痛みが走った。虫唾が走る。
 手に力を込めて、目の前にある風景ごと真っ二つに斬った。
 砕け散った記録に反応して周囲の空間が歪み、新たな記録を出現させる。次に現れたのは第三次大規模侵攻の時のものだ。自分を目の前に武器を捨てた嵐山。手を差し伸ばしてくれた嵐山。胸から沸き上がってくる想いに再び吐き気が襲う。
 自分の気持ちを受け入れて大切にしようとしていた。そこに嘘偽りはなかった。
 心が揺さぶれる程の大きなもの……戦いの最中に自分が乱されても尚、剣を振り落とすことができる自分に何を思えばいいのか分からない。ここまで来た自分がそう思ってしまうなんて想像していなかった。
 自分はどうして剣を取ったのか。強くなろうと思ったからではないか。
 今もどうして戦っているのか。新しくできた目的の為ではなかったのか。
 それなのに、これでは大切にしようとしたものがまるで悪いものみたいだ。強くなるのを阻害する。戦う手を止めてしまう。それを桜花は望んでいない。
 今、躊躇う心とは反対に慣らされた身体は機械的に自分の役割だけを全うして剣を振り下ろしていた。
 自分は必要だと感じれば行動に移せる人間だ。大切にしたいと思ったものでも捨てることができる。壊すことは簡単だ。去ることは簡単だ。これは初めてのことではないので悲鳴を上げたくなるのは何故なのだろう。
 桜花の身に起こっているちぐはぐな現象を敵は弱点だと認識したのか攻めてくる。まるで自分の在り方を問われているような気分だ。
 長居しては駄目だ。ではどうやって打破すればいいのか、手探りでやってみるしかない。
 目の前に現れる大切なものを斬る。本物ではないと知っているのに自分で自分を踏み躙るような行為に胸が詰まりそうになる。考えたら負けだ。感情に呑み込まれたら終わりだ。そう言い聞かせるように呼吸に意識を集中させる。
 斬っても斬っても終わらない。走り回っても目の前に現れる。逃げることも叶わないのだろう。どこに本体がいるのか確認することもできなかった。
(いっそのこと屈した方がいいのか)
 敢えて負ければ本体が姿を現すかもしれない。問題は負けイコール死だった場合だ。それでは意味がない。頭を横に振り考え付いた案を捨てる。あと試していないものは何だろうか。桜花の考えに答えるように空間が歪む。新しく現れたのは今までのものとは違う。懐かしい香りを纏う一人の少女だ。
 仕掛けてくる素振りはない。こちらをじっと見つめるだけの物体を桜花は迷わず斬り捨てた。
 手応えはあったような気がするしなかったような気もする。
 幼い自分を模した物体を斬ると空間が歪んだ。そして歪みがなくなった時には再びソレは目前に現れた。
「殺さないで」
 少女が懇願した。だから桜花は斬った。空間は歪み、また少女の姿を模した物体が現れる。
「死にたくない……」
 少女が再び懇願する。
「知ってるわよそんなこと。だから私は生き残るためにやるのよ」
 桜花の手は止まらなかった。慣れた手つきで処理を行う。
 何度も何度も繰り返し行われる行為。変わることのない結果。おかげで心乱され膨れ上がった感情も収束しつつある。戦術なんてものは意味をなさない。どちらが最後まで残っていられるかで勝敗が決まる、純粋な耐久勝負だ。


20190714


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