世界の前提
日常リスタート

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『トリオン漏出過多。ベイルアウト』

機械的なアナウンスと共に明星桜花の身体はマットに投げ出された。
ぼふっという鈍い音。分厚くそして柔らかい素材のおかげで彼女の身体には傷一つできていない。
それはとても有難いことだった。
だが、桜花としてはこの状態を受け入れるには心に傷を負ってしまいそうだ。
個人ランク戦の待合室を出た桜花は自分の試合を観戦していた仲間の元へ行く。

「あ――なんなの!本当に強くなってるんだけど!!」

……嘘である。
桜花は傷つくどころか苛立ちが勝りダメージを受けている余裕なんてなかった。
今仕方自分と闘った相手が来るのを待つ。
「村上!もう一度顔貸しなさいよ!」
桜花から開口一番に聞かされてる言葉が思っていたものと違ったのか村上鋼は目を丸くする。瞬きを一回、二回したところでいつも通り穏やかな顔つきになる。
彼女の言葉に返事をしたのは村上本人ではなく外野の方だった。
「明星さんダメ―。次はおれとよねやん先輩の番だから」
「そうそう少しぐらい待っておいていいんじゃん?直ぐに終わるし」
「ちょっとよねやん先輩、それどういう意味!?」
「てめぇら五月蠅ぇんだよ、次はオレと空閑なんだからさっさと行けよ」
悪態をつく影浦雅人に米屋陽介と緑川駿は返事をすると待合室に向かう。
此処に残ったのは先程ランク戦をした桜花と村上。そして影浦と空閑遊真の四人だ。
本日は戦闘ジャンキー達が集まって最下位の者がご飯を奢るという名目で個人ランク戦を行っていた。
戦闘ジャンキーの最たる者がこの場にいないのは彼が問答無用で一人勝ちするからとか毎回恒例の大学のレポートが終わっていないとか理由があったりするのだが、誰も彼を配慮して別の日に行うことをしなかったのはその気になれば彼とは戦闘できると思っているからだ。
そもそもこのメンバーでが集まってランク戦をしているのはある種の偶然。
決して自分が今回参加できなかったことに悔しみ、涙を流せばいいなんて思ってはいない。
その偶然は遊真、影浦、村上の三人でランク戦をしている中に桜花が偶々通りかかり、影浦と言い争い。日常と化しているため周囲は見守るだけだった。
そこに米屋と緑川が騒ぎを聞きつけ顔を出した。
二人は騒ぎを収拾するどころか「いい加減遊真とランク戦をしたい」だとか「たまにはおれともランク戦をしてよ」とか遊真を求める声に更に悪化。
「そういえば最近やっていないから私もやりたい」と桜花が火に油を注ぐように彼等に乗っかった。
自分達が先客だと言っていた影浦も百歩譲って「米屋と緑川の意見は受け入れるがてめぇは少しぐらい遠慮しろ」と桜花に言い放つぐらい二人の相性はお世辞にも良いとは言えない。
更にガソリンを投入して騒ぎは一層酷くなる。
それを鎮火するために今の形式を提案したのが村上だった。
単純に戦うだけじゃ面白味が欠けるので最下位は皆にご飯を奢るという条件も付随され、やる気になったのが一名。
あまりの態度の変わり様に「一度鋼さんにやられればいいと思う」と言われて桜花は首を傾げた。
対戦する前に明かされた村上のサイドエフェクトにまさかそんな都合のいい学習ができる美味しいだけの副作用があってたまるかと勝負を始めた結果冒頭に戻る。
一度、不意打ちではあったが実戦でやりあったことのある桜花は見事に負けの二文字を獲得したのだった。
「次は絶対村上を倒す」
「へっ、その前に鋼の方が成長してんだろ」
「それより先に強くなるからいいのよ。それか裏をかく」
「てめぇに裏をかくような芸当ができるのかよ。空閑を見習え」
「うむ。まだまだむらかみ先輩の足元にも及ばないけどな」
口ではそう言いつつも影浦に褒められるのが嬉しいのか顔が綻んでいる。実に微笑ましい光景だ。
しかし遊真と自分との対応の差がありすぎるのではないかと桜花は思う。
思考や行動、戦い方も近界民で育った者なら共通することも多々あるのだがボーダーの大多数は遊真を可愛がる傾向がある。
別に自分が可愛がられたいわけではないが玄界で生きていくと決めている以上少しくらい軟化させておきたい。
だからこうして積極的に隊員達と交流をしているはずなのだが……。
(影浦は相変わらずなのよね。喧嘩買うのはいいんだけどあんまりやりすぎると風間さんに説教喰らうしな――。
見た目かな。だったらもう無理だわ、諦めて違う手を考えるか)
自身の日頃の行いを棚に上げ、尚そういう風に考えるところがいけないのだが桜花が口にしないため誰も彼女の思考に注意をする者がいない。
唯一影浦が自身のサイドエフェクトにより彼女の意識を察知したのか、桜花と目が合う。
意識を感じることができても何を考えているか分からないのが彼の能力の欠点の一つではあるのだが、影浦自身それを知りたいと思わなかったのか、たった一言桜花に投げつけるように呟いた。
「気色悪ぃ」
ここまでばっさり言われると清々しい。
はっきりと白黒つける影浦のシンプルさは桜花にとって好ましいし、気に入らなければ喧嘩を売り買いしてくれる血気盛んなところだって物事を複雑に考えなくて済むという点で付き合いが楽だ。
なのに分かりあえない……運命は残酷だ。
「いちいち刺してくんの止めろ。ぶっ殺すぞ」
「村上にやられてむしゃくしゃしてたし、受けて立つわよ」
「かげうら先輩も面倒見の鬼だな」
「ああ、カゲは優しいからな」
「空閑、それに鋼!寝言は寝て言いやがれ」
まさか遊真と村上から感情が突き刺さってくるとは思ってもいなかったのかむず痒いから止めろ宣告をする影浦。
この流れは一種のパターン化されていることを知っているのは彼等をよく見る周囲の隊員だ。
生温かい視線が集まってくると影浦は睨みを効かせる為、親交がない者は誰も近づいてこない。のだが、この日は空気を読まない否、空気を読んで敢えて間に入ってくる人間がいた。

「お、なんだか盛り上がってるね〜」
「げ、迅」
「迅さん」
「はは、桜花だけ反応酷い」
「日頃の行いよ」
「てめぇが言うのかよ」

影浦の突っ込みに笑いながらその表情を貼り付けたまま迅悠一は告げる。
「桜花上からの呼び出し」
「は?そんなの聞いていない」
「今言ったからね」
「私、今日の晩飯を賭けた戦いをしている最中だから無理」
「これ強制。任務の一つだから諦めて」
「そうかそれなら仕方がないな。桜花さんの分までおれ勝ち星上げておくぞ」
「遊真、嘘泣きいらない」
「残念だけど……明星さん、今度皆で飯行きましょう」
「あー明星はさっさと行け」
「優しいの村上だけじゃない。よし、今度倒すから待ってなさい!」
「はい、全力で行きます」
「桜花さんのそれって恩を仇で返すってやつ?あれ、かげうら先輩あってるか?」
収拾がつかなくなる前にと迅は桜花の腕を引っ張り強制退場する。


遊真達と別れたところで桜花は迅に掴まれていた腕を払いのける。
「それで何で私呼び出されてるの?」
「今向かっている最中なのに」
「アンタのことだから知ってるんでしょ。っていうか一枚かんでるんじゃない」
「前々から思っていたけど、桜花はおれのこと何だと思っている……っ!!」
「そういうとこよ」
自分の背後……主にお尻辺りに伸ばされた手を抓る。
戦闘時のみならず油断も隙もない。
迅は抓られた手のひらを振り痛かったアピールをする。
「緊張を解そうと思っただけなのに」
「何それ、私の趣味みたいな言い方止めてくれる?不愉快なんだけど」
「ん――じゃあ、不愉快ついでにどーぞ」

会議室の扉の前。
センサーが他人の影に反応して自動的に開く。
迅はいつもの口上で入室し、その後を桜花は続く。
顔ぶれはいつも通りの上層部の面々。そして何故ここにいるのか分からない人物の姿に桜花の眉間に皺が寄った。
正直に言うと事態が呑み込めない。
彼女の表情を見ている者達は彼女の心境を正確に読み取ったのだろう。
とりあえず座るようにと促され、桜花は視線を上層部の方に戻した。
不愉快ついでにどうぞとはよく言ったものである。
隣に迅も座るが桜花は安心を抱くようなことはなかった。ただ面倒なことが起こるのだということしか分からない。
「本日明星隊員を呼んだのは他でもない。彼のこと……雨取麟児のことは知っているな?」
室内にいるのは城戸指令、忍田本部長、鬼怒田開発室長に以下防衛隊員の東春秋と風間蒼也に迅と桜花。
そして防衛隊員雨取千佳の兄ということ以外全くの部外者である麟児である。
麟児は一年程前に行方不明になり数か月前、桜花が近界から連れ帰った人間だ。いくら桜花の頭の作りが良くなくても知らないはずがない。
だからこの言葉はただの顔見知りかというものではない。
桜花の脳裏にはこの場にいてもおかしくない男の顔が過る。
特に情報が与えられたわけでもないのに思い至るということは自分の勘はそっち方面の要件だと警告したいらしい。
麟児があるボーダー隊員と協力し、数人で近界に密航した。
その事実を知っているなという確認に桜花はどう答えるべきか悩んだが考えても分からなかったので曖昧に答える。
「何を?」
しかし城戸は桜花がどんな返事をしても関係なかったらしい。
特に間を置くことなく放たれた言葉が最初から決まっていたのだと桜花に告げた。
「明星隊員には雨取麟児隊員とチームを組んでもらう」
「は?」
何故その結論に達したのか理解できない……いや、理解はできる。けど頭が理解したくないと拒絶する。
「なんで、……何故、ですか?」
食って掛かろうとしたところで風間に睨まれ桜花は耐える。
立場的に城戸達の方が上なのだがどうしても風間の方に睨まれると大人しくしてしまうのは彼等より共に戦場に立ち戦ってきたからだ。
命を預けられるとまではいかなくても信頼はできる。あと、戦闘面でも尊敬できるところはあるし何より食事を奢ってくれるのだ。
気前がいい先輩は貴重だ。
それだけで桜花の心情は風間に傾くものがある。
「理由は先日の大規模侵攻にある」
忍田が説明する。
敵の襲撃、桜花の立ち振る舞い。そして彼女の動きを手助けした要因の一つに麟児が桜花の性質から考えたトリガーセット。
麟児は一度向こう側に行っていることもあって桜花との相性もそれなりにいいと判断したらしい。
「でもそれは……!……風間さんが私は単独の方が生きると言われたことがあるのですが」
遠回しに断るがそれもボーダーの教祖様と言われる東により一刀両断される。
「確かに明星は単独の方が動きがいいというのは君が個人の戦いに重きを置いていたからだ。斥候、殿。それができる隊員はそうはいない。だが日頃の任務は防衛が主だ。チーム連携は必要になる。
明星に足りないのはその経験ということだよ」
「――この前、太刀川と一緒に戦った」
「確かに太刀川とは阿吽の呼吸で戦えるかもしれんがお前らのそれは野生の勘だ」
「当真とか迅は?」
「迅は論外。当真も太刀川に近しいものがあるからな。お前は戦闘ジャンキー以外と連携がとれるのか?」
戦闘ジャンキー=A級隊員ということならばほとんど無理ではないだろうか。
桜花もA級全員と共闘したことがないので判断できないが、そういうことだと仮定する。
――というか隣にいる男とは論外と評されたことに桜花はジト目になる。
彼女の視線に迅は苦笑するだけだ。それはごめんねと言っているような気がした。
「修達の隊は?」
「あれは空閑とオペレーターのおかげだろう。三雲や雨取は他の隊員に比べれば近界民の戦いに多少なりとも理解はあるからな」
「だが、それで分かるだろう。司令塔がいる方が上手くいく。個で戦う力は勿論必要だがその分エネルギーもいるだろう。集中力散漫になり実力が発揮できなくなる可能性があるならその負荷は減らすべきだ」
「そこで雨取麟児には君とチームを組んでもらいそのオペレーターを担当してもらうことなった」
「状況判断能力、隊員の能力把握、トリガーの機能も分かっているうえに作戦を立てることもできる。あとはそれを実行できる手足があればいい」
「存外に私に制限を……制御を掛けたいって聞こえるんだけど?」
「その通りだわい。貴様を好き勝手にさせておくと自分や他の隊員にどれだけ被害があろうともお構いなしだろうが」
「これでも鬼怒田さん前回の件で心配してるんだよ」
「迅、余計なことは言わんくてもいい」
(自分の善意が余計なことに部類するのは本当に善い人ね)
目の前で繰り広げられる言葉を拾いながら桜花は考える。
表面は自分の身を案じているもの、制御、ボーダーの防御効率のアップ等が上げられるがそれは麟児が真っ白な時限定の理由である。
ボーダーのトリガーを手に入れて密航した経歴がある以上、彼は黒。
麟児の動向を探る。若しくは密航の真相を探るために監視しろ。そのためにはまずお前が管理下に置かれろということだろう。
桜花がそう行きついたということは無論、麟児も考え付いているはずだ。
ちらりと様子を伺えば麟児が表情は変えず桜花に視線を向ける。
「俺も実際に戦うのは苦手だからな。ボーダーに協力するならオペレーターの立ち位置が適していると判断した」
それで本当に良いのかという言葉も何を企んでいるという言葉も桜花の口元から音となることはなかった。
自分の頬が引きつるのを感じつつ桜花はもう流れに身を任せるしかないのだと悟っていた。
組織に属しているのなら仕方がないこと。桜花がボーダーに身を置いている以上それは了承している。
「これからよろしくな、明星隊長」
「は、なんで!?ブレーンならアンタが隊長やりなさいよ」
「俺は表立つような役割は向いていない」
「今までの話聞いてた?私の方が向いていないというのがボーダー側の総評だと思うんだけど」
「自分でそれ言っちゃうの悲しいよね」
「迅は黙ってて」
「明星、お前も黙れ」
「……はい」
桜花の様子を見て麟児の口元が緩む。
「理由は後で分かる」
麟児の言葉が本当になるかどうかはともなく、ただとんでもなく面倒なものを押し付けられた。桜花の中にある事実はその一点のみだった。



◇◆◇



「へー明星さん隊長になるなんて世も末だね」
「本当にね」

どこからどうしてこうなった。
桜花は全く覚えていない。
犬飼澄晴、荒船哲次、奈良坂透、辻新之助――どうやってこの面子と話し込んでいるのか分からないが辻を見ていると世の中には自分よりも大変な人間がいるのだと思わせてくれるから不思議だ。
先程から一度も自分の方を見ない辻に視線を固定させる桜花。勿論わざとである。
「これで明星さんとB級ランク戦できるんだね。楽しみだなぁ」
「確かにそうだな。チームでとなると今までの戦闘スタイルだけではなくなるし戦況が変わるな」
犬飼、荒船両名にわくわくすると訴えられるがこの二人の意味は全く違うものだ。
桜花が隊を結成したことに驚きの声よりも納得の声が予想よりも多かったことは解せないが周囲が受け入れ態勢に入っているところをみると外堀埋められている感が拭えない。
「私はどうしたらいいんですか、先輩方」
「まずは辻から視線を外した方が良いのではないか」
桜花の棒読みに反応することなく返事をする奈良坂に犬飼が面白そうに声を上げて笑う。
彼等はまともに取り合うつもりはないらしい。
「そういえば例のおチビちゃん様になってきたな」
「ん、千佳?」
「違う、最近入隊したチビちゃんの友達」
「はッきり言ってくれないと分からないでしょ」
長年の付き合いがあるのなら荒船の例のという言葉だけで察することもできたかもしれないが、最近顔をあわせるようになった桜花には無理な話だ。
彼の云う例のおチビちゃん……先日の大規模侵攻で運良く帰還できた千佳の友達の春川青葉だ。
こちら側の世界に戻ってきてただの市民に戻って過ごすのかと思いきや彼女はボーダー隊員として戦う道を選んだ。
桜花からしてみれば千佳がボーダー隊員として在籍し続けるという選択をとったことも予想外だったが、元から友達であった二人は再会した今も仲が良いのだろう。
そこに千佳と仲が良い夏目出穂、そして絵馬ユズルが一緒にいる姿を目撃することは少なくない。
「そうだな、ようやく射撃トリガーに慣れたのか、動かない的なら当てられるようになった」
補足したのは奈良坂だ。どうやら彼が青葉の師匠を務めているようだ。
最近は目標があるのか訓練にいつも以上に熱が入っているため、順調にいけばあと二か月程でB級隊員へ昇格する目論見だ。
聞いてもいないのに彼女の情報を教えてくれる荒船と奈良坂に不思議に思うわけではなかったが桜花は適当に返事をする。
「わ〜興味なさそう」
ボソリと呟いた犬飼の言葉に思わず頷こうとして遠くから声が聞こえた。
「桜花さん!」
噂をすればなんとやら。駆け寄ってきたのは千佳と青葉。その後にのんびり歩いて近づいてくるのは夏目だ。
「あのっ、チーム結成おめでとうございます!」
その話の拡がり具合に桜花は頭を抱えたくなった。
「兄がお世話になります」
「……本当ね」
千佳の言葉に返事をする桜花の言葉に荒船と奈良坂が世話になるのは桜花の方ではと思ったが口にしない大人対応。
ただ犬飼と辻は全く違う意味で捉えている。
本当にどうして二人が隊を結成すると判断したのだろうか。桜花本人に聞いたら上の命令という一言で終わったのだから彼等に真意を探る術は今のところないのである。
各々の考えをよそに、夏目が二人に追い付いたのか「渡さないの?」と一言。
その言葉に反応してもじもじする青葉に桜花は何が起こっているのか分からない。
「これ、皆で作ったんです」
渡されたのはミサンガ。しかも思ったよりも少し長い。結んでしまうので然程気にすることないかもしれないがそれが四本ある。
何故、急にと思わなくもない。
聞くとどうやらお祝いと今までの感謝の気持ちが入っているらしい。
何故長いのかは夏目が説明してくれた。
「うちら明星さんのサイズ分からなかったので手近な人の腕を借りたッス」
男性女性の違いはあるが腕だしという理由で採用。その長さになったらしい。
「千佳ちゃん出穂ちゃん佐補ちゃんと作ったの」
「……そう」
名前を聞いて桜花は“佐補”って誰だと心の中で突っ込んだが口にしなかったため誰も彼女の疑問に答えることはできない。
(どこかで聞いた気はするんだけどな――……)
なんだかプレゼントを貰うのが気恥ずかしく思えるのは何故だろうか。
佐補という人物の事よりも目の前で目を輝かせている中学生らにどうしてほしいのか察しつつ視線を彷徨わせる。
「ありがと」
受け取りはしたものの桜花の動きは硬い。
ミサンガ四本を眺めながら少し寄れているものを見つけて視線が止まる。
桜花が何を見ているのか分かった夏目が慌てる。どうやらこの部分を担当したのは夏目らしい。
「チカ子たちと違って苦手なんすよ、こういうの」
ならば断わればよかったのに付き合った夏目は友達想いで律儀なのだろう。
「手直しで嵐山さんが入ってくれなかったらマジ終わってた。本当嵐山さん半端ない」
「……」
「佐補ちゃんが作るの心配そうに見てたもんね」
「うん、その度に一蹴されてた」
「いやーあのシスコンぶりは半端なかった。おかげで完成したけど」
彼女達はその時の状況を思い出しているのか様々な表情を見せる。
それを身ながら桜花もどうすればいいのか分からず表情は硬いままだ。
埒が明かないと思ったのか助け舟と称し、気持ちのいいくらいの笑顔で犬飼が提案する。
「おれ、つけてあげよっか?」
我に返った桜花は「やだ」と一言告げると「アンタにして貰うくらいならこの子達につけてもらう」と反射的に答えてから自爆したことを悟った。
つけて貰っている最中に「あたし頑張りますから!」という言葉が聞こえた気がしなくもなかったが気のせいだということで終わらせた。


20180630


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