世界の前提
少女から彼女へ

しおりを挟む


少女が最初に持っていたのはただの木の棒だった。
それが無理矢理持たされたのは鉄の剣。使い方も知らず振り回していればいつの間にか光の剣を持つようになっていた。そんな感覚。
ここが漫画やゲームの世界なら少女は経験を得てそれに合わせたものを手にしていただろう。
しかし少女の場合経験に関係なく強制的だった。
今持たされたものを扱えなければ人生終了。たったそれだけのことだった。
反抗はしたし弱音や泣き言も吐いた。
だが有無を言わさず放り出された戦争で運よく生き残ってからは弱音と泣き言をあまり言わなくなっていた。
言う余裕がなかったのか、そんな時間が勿体ないと感じたのか。
少女に突き付けられた現実は強くならなければいけない事実だけを少女の胸に刻み込む。
それからは無我夢中だった。
腕が上がらなくても無理矢理剣を振り上げた。
仲間が一人、また一人いなくなっても後ろを振り返らなかった。
傷ついて傷つけて、血を流しても立ち止まらなかった。
一歩も動けなくなるくらいボロボロになっても前へ進むことだけは諦めなかった。

少女はそうやって大きくなる。

今少女は……否、彼女は目の前にある運命の分かれ道で足を止めた。


「こっちしかないよ」と誰かが言う。
「こっちがいいよ」と誰かが言う。

何かが自分を引っ張ろうとする。
何かが自分を推そうする。

少女だったら正体不明の何かに従ったのだろう。
その方が賢明だと確かに思う。

「私はこっちがいい」

彼女の声に誰かの声は黙り込む。
彼女が示した道を確かめて声はまた語りかける。

「なんでそっちに行くの」
「危ないよ」
「こっちに行こうよ」

「嫌」

「なんで」
「そっちには道はないよ」
「どうして」
「そっちには何があるか分からないよ」

何が起こるか分からない不安や恐怖。そんなのはどれを選んでも同じだ。
どの道も長くそして険しいことは分かっている。
だから彼女は自分の意志で選んだ。

「なんで」
「どうして」

「決めたの」

声の主に向かって彼女は微笑む。

「私はもう手にしているから――」

そう言う彼女に声の主は「そっか」と呟いた。
先程まで彼女を引っ張ろうとする力強い何かもなくなって、不思議なくらい心と身体は軽い。
再び彼女は歩き始める。

「ばいばいお姉ちゃん」
「たくさん泣いちゃうことあるかもね」
「たくさん楽しいこともあるかもね」
「たくさん傷ついて」
「たくさん傷つけて」
「笑って、泣いて、怒って、喜んで――きっと忙しくなるんだわ」
「それでもわたしのこと忘れないでね。
お姉ちゃんの意志はわたしの意志でもあるけど、わたしの意志はお姉ちゃんの願いでもあるから」
「ばいばいお姉ちゃん……ううん、バイバイ私――……」

どうか素敵な未来に辿りつきますように――……。


20180519


<< 前 | | 次 >>