星が奏でる狂詩曲
暗闇に包まれる

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――ああ、まただ。また置いて行かれた。

それは彼女の記憶だった。
マンションで肝試しをした時。
侵略者から逃げる時。
戦争で絶体絶命の窮地に立たされた時。
挙げればきりがないそれらには必ず大切な何か/誰かに置き去られた。
怖かったと叫んでも、涙で訴えても、怒りをぶつけても、彼等から返ってくることはなかった。
繋ぎ止めようと手を伸ばしても届くことはなかった。
いつもそうだ。
彼女はあと一歩、足りないのだ。
追いつけないのなら、辿りつけないのなら、誰よりも速くその先へ――。
彼女は無我夢中で突き進み、駆け回っては剣を振り傷痕を残した。
自分で考えて行動した結果だった。後悔はしていない。
胸に残る想いに圧迫されては溶け込ませるように自身に馴染ませる。

そして彼女は暗い暗い闇の中へ足を踏み入れた。

そこに何かあるわけではない。存在するのは自分のみ。
目を閉じれば聞こえるのは自分の鼓動。
己の剣を抱きしめる。
ああ、今日もちゃんと生きているのだと息を吐いた。

無機質なこの空間は自分の唯一であり、誰にも侵されることのない聖域だ。
必要なのは主である自分と剣だけ。
余計なものはいらなかった。
信用も信頼も友情も愛情も要らなくなったら切り捨てる。その程度で良かった。
何があっても捨てることができる自分であり続ければ良かった。
その結果どれだけ恨まれても傷つけられても自分が本当の気持ちを覚えていれば良かった。
だがらどんなことをしても生き残ると誓ったのだ。
自分は最期まで覚えているために――。
置いて行かれた人間のただの意地だった。

暗闇にぼぅっと灯りがともる。
誰かが彼女へ宛てたものだ。
ぽんっと音がした。
誰かが彼女へ繋がろうとするものだ。
無機質な空間は気づけば小さな灯りがともるようになった。
聞きなれない音がするようになった。
色づくものが増えていき……遂に彼女の腕には想いが結ばれた。

手放すことはできると彼女は言う。
捨てることはできると彼女は言う。
その証拠に引きちぎれて失くした大切だったものがあるではないかと思い出すようにそれを見る。
だから今だってできるのだ。
証明しようと自分の腕にある想いの鎖に手を掛けて――彼女は手を引っ込めた。
今はその時ではない。
彼女は言うとそれらをそのまま置くことにした。

空気が振動する。再び灯りがともった。
手を伸ばせば届くそれが指先に少し触れただけで彼女は思い止まった。

己の剣を握りしめる。

今はまだ――……。

彼女は蹲る。
小さな灯りは消え、暗闇と静寂が彼女を包み込んだ。


20180716


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