分岐点
副作用

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星海あかりは変わった少女だった。

人の顔の見分けがつかないため、
顔を覚えられないというものだ。

小さい時の話なら、それもまだ許容範囲として見られたかもしれない。
だが、あかりが成長するにつれ自我は確立し、
知能は発達していく。
その中で人の顔だけ覚えられないのは致命的だった。

別に覚える気がなかったわけではない。
努力をしなかったわけでもない。

ただ、彼女は人の顔の見分けがつかない…のではなく、
厳密に言えば顔が見えなかったのだ。
何故なら人の顔の上には奇妙な数字が発光し、浮かび上がっていたからだ。
それが邪魔で見えない。
それを素直に言えば、変人扱いされた。
見えないものを見えるというあかりは不思議な子、気持ち悪い子という一括りでまとめられた。
自分が見えている世界と皆が見ている世界が違うという事を知ったのは意外と早く、
自己防衛のため、あかりは浮かび上がる数字に関して言わなくなった。

…それでも、
あかりの親は幼い子供のありえない妄言に耳を傾け、心配する親心は持っていたらしい。
眼科で検査しても異常なし。
ついでに脳外科、精神科までいったが異常なし。
親の心労が溜まる一方であかりは
自分の目に見える摩訶不思議な数値に興味津々(それしか見えなかったのだからしょうがないと思ってもらいたい)
人によって数字…桁数も違い、
桁が大きければ大きい程眩しく見えた。
親に目がちかちかすると訴えたところ、紫外線に弱いのかと勘違いされ、
眼鏡屋へ行ったわけである。
そこでたまたま掛けた眼鏡がサングラスと同じく紫外線カットレンズであり、
それを掛けるとどういうことか。
今まで浮かび上がっていた数値が見えなくなったのだ。
そしてあかりは初めて人の顔を見ることになる。

初めて自分の親の顔を見たのもその時だ。

顔が分かる事を話すと親は泣いて抱きしめてくれたのをあかりはうっすらと覚えている。
今まで認識できなかった顔が認識できるようになったのだ。
あかりは今まで見てきた自分の世界はなんだったのかと戸惑う事もあったが、
目の前の母親がどんな顔をしていて、
今、どんな表情を浮かべているのか解かった時、
罪悪感にも似た何かが、胸の中を占めていたのも覚えている。

自分は心配を掛けたのだ、
これからは心配を掛けないようにしようと子供ながら誓ったのは、
やはり、相手が自分の親だからなのだろう。


あかりが人の顔を認識できない件については、
よく分からないがあかりの目は紫外線に弱く、
人の顔が判断できなくなるくらいのダメージを負っていたと片づけられた。
対応策は紫外線カットレンズの使用…つまりは眼鏡を掛けるという事だった。

それからはあかりは人の顔が判断できるようになり、
ようやく名前と顔を一致させることができるようになった。
めでたしめでたし。

…で、あるのだが、

あかりはそれでよしとしなかった。
物心ついた時…恐らく生まれた時から他人の顔に浮かぶ数字を見てきたのだ。
数字に興味を持つのは必然だった。

普段は眼鏡を掛けているが、
たまにあかりは意図して眼鏡を外し、他人を観察する。
その人毎に浮かび上がる数字は違うのか、と思って見ていたが、
どうやら同じ人でも数値が変わることがあるのを発見した。
では、どういう規則で変わるのか、
何か法則はあるのか。
そんな事を考え始めたせいか、
気づけば、年齢にしては知能レベルが少し高い女の子になっていた。
どの本を読んでも規則性は見えてこない。
考えるだけ無駄なのだと諦めるしかない…のだが、
そこで諦めなかったのがあかりである。

ずっと独学でいろいろ調べていたが、成果はなかった。

そんな時だ。

世間では近界民と呼ばれる謎の侵略者により、一波乱があった。
そこで現れた防衛機関ボーダーの存在に、
世間は注目していたし、
あかりもそうだった。
自分が知らない知識、ノウハウがある。
それを考えるだけで胸はときめいた。
…昔から見える数字の謎は行き詰っていたため、
その息抜きがてらだったのかもしれない。
あかりがボーダーに、近界民に、トリガーに興味を持った頃には、
あかりはボーダー隊員として入隊していた。

そこであかりは知った。
トリオン量が多い人間が稀にサイドエフェクトと呼ばれる能力を持つ者がいるという事を。
そして、あかりは知った。
自分はトリオン能力が高く、そしてサイドエフェクトを持つ人間であるという事を。


あかりが持つサイドエフェクトは、
トリオン情報を分析する力だ。
具体的に言うと、
目に映る対象のトリオン量、質が分かるというものだ。
その気になれば、トリオンの流れも分かるという奴だ(これは訓練しないと使いこなせないし、やると目が疲れる)

これが幼い時から自分の生活の弊害になっていたものだと知ることができたのは奇跡と言ってもいいだろう。

そして原因が分かった事であかりは包み隠さず母親に話た。
母子家庭で、ただでさえ女手一つで子供を育てないといけないのに、
幼い頃から見える不思議な現象に更に迷惑を掛けたのだ。
変な子だと見捨てなかった母を持った事はあかりにとって幸せな事だというのは解っていた。
誰よりも信じられる存在で、
誰よりも大好きな存在で、
大きくなったら幸せにすると宣言するくらいマザコンだ。
そういう事もあって母に隠し事はしたくなかった。
もう心配しないでほしいと伝えたかったのだ。
この力がどういう力で、訓練すればちゃんと制御できるようになるのだと。
もう安心なのだと伝えたかったのだ。

そしてトリガーがちゃんと使え、戦えるようになれば、
この街を守る事ができる=母親を守る事ができる。
だからこそ、どんな事があっても前向きに頑張ってこれたのだ。



しかし、あかりの気持ちとは裏腹に現実は残酷だった。
母親が行方不明になったのだ。

今まで見ていたはずの数値はトリオン量だという事を知っていたはずだ。
高い数値は近界民に狙われやすい。
自身のサイドエフェクトの訓練に集中するあまり、大事な事を忘れていた。
ボーダーとして任務をする事で守っている気分になっていた。
大丈夫だと思っていた。
そんな事はないのに。

この世界で自分の事を一番愛してくれている人間を失った。
この世界で自分が一番大切な人間を失った。

自分自身の考えの足らなさに絶望した。
だけどあかりはボーダーを止めなかった。
戦う事を投げ出さなかった。
ボーダーにいる限り、母親を探せる機会がある事を知っていたからだ。

近界の遠征チームに選ばれれば……!

それがあかりの希望になった。


20151008


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