番外編
オオカミ少女はヒツジを食わない

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この世界には男女の性別以外に三つの性が存在する。
アルファ、ベータ、オメガという血液型のような三種類の性。
これは男女が必ず持つものであり、それらの性にはそれぞれ特徴がある事が分かった。
アルファ性は数が少なく、生まれつきエリートでリーダーやボス的な気質を持つ所謂カリスマ的存在だ。
ベータ性は最も人口が多く、身体的・能力的に特徴を持たない一般的な存在だ。
オメガ性はアルファ性よりもっと少ない。
この性に関して、どういった人物がこの性を持つのかは未だ解明されていない。
ただオメガ性に共通している点が一つある。
それは発情期と呼ばれる時期があり、人を惹きつけるフェロモンを分泌するという事だ。
これは世界にただ一人いるとされている運命の相手、
自分の番となるアルファ性を探すためのもので番が見つかり…厳密にいうと番であるアルファ性がオメガ性の項を噛むと繋がりを強固にしたとされ、
オメガ性はそれ以降フェロモンを分泌する事がなくなる。
それだけ強烈なフェロモンを分泌するオメガ性の身体の負担は激しく体調を崩し、
逆にアルファ性は酔ったかのように熱に魘されオメガ性に近づくのだ。
そのまま放っておくと大変な事になるので、
オメガ性は発情時期になると発情を緩和抑える薬を服用するように義務付けられていた。
そうして上手く社会を回していた。

因みにこの三つの性は中学生前後の思春期で確定する。
健康診断と同じように検査もするがそれも恐らくというレベルでしか調べる事ができない。
結果の表記は『あなたはアルファ性◯%、オメガ性◯%よって◯性が濃厚』といった風に出る。
どちらの数値も低い場合は一般的なベータ性という事になるし、
どちらの数値も高い場合もベータ性になる事はある。
逆にアルファ性やオメガ性のどちらかの数値が高くてもベータ性になる事もある。
…未だこの性は情報が少なく、検査だけで確定するのは難しいのだ。
ほとんどが発症してから発覚する事が多い。
そしてもう一つ世間一般には知られていない情報がある。
それはボーダーに所属している者だけが知っている…
膨大なトリオン量を持つ者はアルファ性の可能性が高く、
サイドエフェクトを持つ者は確実にアルファ性になるという事だ。
烏丸はボーダー隊員をやっているから知っているが、
トリオン量は高いものの、サイドエフェクトを持っているわけではない。
女性にモテやすい方ではあったが、
アルファ性やオメガ性の数値が多少出ているものの特出するものはなく、
結果ベータ性となっていた。
人工的に一番多い性だからそれは別にいい。
それに比べてアルファ性もオメガ性も人口は少ないはずなのだが、
ボーダーに所属している烏丸の周りにはアルファ性の人間が割といる。
玉狛支部でいうと支部長である林藤と迅がそうだ。
中学生でまだ結果がはっきり出ていないが、
サイドエフェクトを持っている千佳と遊真は確実にアルファ性だろう。
そして烏丸の同期や同い年にもアルファ性はいる。
同じくサイドエフェクト持ちの天羽、菊地原、そしてあかりもそうだった。
ボーダーに所属しているからだと言われればそれまでだが、
確かに、各々自分が持つ力をフルに活用している。
それはボーダーにそして三門市や世界に貢献しているのだから、
傍から見れば十分アルファ性の素質を発揮していると、
少なくても烏丸は思っている。


その日はいつもより少し身体がだるかった。
のんびりしたいと思いつつも烏丸はそうはできない理由が一つある。
朝までエンジニアの仕事に没頭していたのだろう。
クラスメートのあかりは授業中堂々と居眠りをしていた。
あかりは定期的にこういう事がある。
それでも授業の終わりまでこうやって眠っているのは、
学校側が彼女はボーダーに所属していると知っているからなのか、
それともアルファ性だからかは分からない。
最初は注意していた先生もいつの間にか注意しなくなっていた。
だからと言ってこのまま放置しているわけにもいかない。

「あかり、授業終わったぞ」

居眠りをしているあかりを烏丸は起こす。
起き上がっても中々意識が覚醒しないあかりを強制的に覚醒させる方法は、
ボーダー隊員なら誰もが知っている。
烏丸は、「ん…」と身じろぐあかりの眼鏡を遠慮なく外した。
あかりは目に映るトリオン情報数値や光で視覚化するサイドエフェクトを持っている。
発動条件は裸眼だ。
つまり眼鏡を取ると彼女の目にはトリオン情報が飛び込んでくるのだ。
彼女の目の前にいるのはトリオン量を十分持っている烏丸だ。
あかりの目には眩しく発光している情報に叫ぶしかなかった。

「ぃやああぁぁぁ!!」
「あかりは本当に残念だな」
「とりまるー眼鏡!眼鏡返して――!!!」


このような感じでいつも過ごしている。
烏丸はこのつつけば返ってくるこの関係が心地よく、
自分がベータ性だとか彼女がアルファ性だとか関係ないように思えるから好きだった。
だけどふとした時、
烏丸とあかりは違うのだと思い知らされる事がある。

学校の廊下。
移動教室で一緒に歩いていると生徒達が集まってざわついていた。
烏丸にはあまり分からなかったがあかりは妙にそわそわしていた。
二人とも野次馬根性はそんなになかったが、
教室に移動するためにそこを通るしかなかった。
その時に聞こえてきた「甘い匂いがするな」「あいつオメガだって」という言葉に、
烏丸はどうしてこんなに人が集まっているのか分かった。
物珍しさだけではない。
恐らく今、オメガ性の彼女は発情期で番を見つけるためのフェロモンが出ているのだろう。
人だかりはほぼベータ性の生徒だ。
甘い匂いと聞いて烏丸は意識してみるがよく分からなかったが、
ベータ性でこれなのだ。
アルファ性の生徒は…と考えて烏丸は隣にいたあかりを見た。
頬を染め上げ、オメガ性の生徒を見るその姿はまるで恋に落ちているかのようだった。
そんな姿を見ると、あかりはアルファ性で番と結ばれる運命にある事を思い出す。
それはとても面白くない事だった。

「あかり…」
「ひっ!」

このままここにいるのは良くないと促す烏丸の声にあかりはびくりと反応した。
振り返ったあかりの顔は未だに真っ赤で熱を帯びた瞳に、
まるで自分に恋しているように見える。
思わず反応しそうになるが落ち着けと、持ち前のポーカーフェイスで何とか抑える。

「行くぞ」
「む、無理!!」

まさか拒まれるとは思っておらず烏丸は目を丸くした。
そんなにもオメガ性のフェロモンが強いという事なのだろうか。
だからといってあかりをこの場に放置しておくわけにはいかない。
あかりは身体的にきてるだろうが、烏丸だって精神的にくる。

「あかり、男女の見境もないのか」
「違っ!違うよーそうじゃなくて…!」
「そんなに無理なら保健室行くか?連れて行く」
「無理無理ッ。だからその…私一人で行くから!」
「俺が一緒なのは嫌なのか?」
「嫌じゃないよ。嫌じゃないけど…」
「なら、問題ないな」
「へ……うわぁ―――!!!
とりまる、ここでそれ!?」

何故か頑ななあかり。
彼女を動かすのはこれしかないと、烏丸は彼女から眼鏡を奪い取った。
どうやらオメガ性のフェロモンよりもサイドエフェクトの方が強烈らしい。
今はそれに安堵し、烏丸はあかりを保健室に連れて行った。


あかりを連れて保健室に行くと、
そこには誰もいなかった。
オメガ性の生徒から離れても未だにあかりの頬は赤いまま…どこか落ち着かない様子だ。

「そんなにくるのか?」

ベータ性である自分には分からない烏丸はなんとなく聞いてみた。
あかりは自分を抑えつけるのに必死なのだろう。
烏丸の方を見ず「うん…」と小さく返事をした。
何もできない烏丸は落ち着けとあかりの頭を撫でる。

「―――――っ!?!?」

あかりは烏丸のその行為に大きく反応した。
いつもならそんな反応しないのに…烏丸は驚くばかりだが、
あかりは烏丸の顔を見て、何故か狼狽え始めた。

「ごめ…!当てられたみたいで…我慢するからっ!!」
「…は?」

あかりの言葉に烏丸は呆けた。

「あかり、俺ベータだけど。
…お前、俺相手に欲情しているのか?」
「ち、違う!いや、違わないけど!
ととととりまるは…違…うわ―――!!!
もうだめ!とりまる、今は私から離れた方が…」

「離れた方がいい」と言い切る前に、あかりは烏丸の胸板を押した。
どこにそんな力があったのか…いつもでは考えられない力に耐え切れず、
思わず烏丸はしりもちをつく。
そしてその上に跨りあかりは烏丸の項に顔を近づけた。
彼女の発言と行動が一致していない事もそうだが、
今起きている事に烏丸は頭が追いついていかない。

「あかり、俺どちらかというと襲いたい派なんだけど」
「…!そ、そんなの聞いていないよっ!!」
「それに俺ベータだからお前の役には立たない」
「……う、ん…とりまるは…つが…だめ…………我慢する…」

烏丸の言葉にあかりは自分を抑えつける。
あかりの必死さも分かるが、
烏丸の上で、ほぼほぼ抱き着いているかのような状態で停止されると、
彼女と同じように烏丸も自身を抑えつけなくてはいけないわけで…
美味しいようで美味しくない、生殺し状態になってしまった。

「あかり降りて」
「うんうん、降りる。降りるね!!」

あかりは慌てて烏丸の上から降りる。

「私、落ち着いてから行くからっ」
「ああ、分かった」

ここまでくれば烏丸は頷くしかない。
立ち上がる烏丸を見て、あかりは「ごめん…」と謝った。
だけどこればかりは本人の意思でどうにもならないところがあるので仕方がない。
一人にしておくのは心配だが、
一緒にいる方が余計あかりの負担になってしまう。
烏丸はあかりを残し保健室から出た。


「ん――匂いがぁ……アルファも一緒に対応しないと…」

烏丸は知らない。
あかりが何に対して謝ったのか。
そして彼女が保健室で一人呟いた言葉とその意味…。
ボーダーが研究している内容にはトリガーの解析だけではなく、
トリオン体による健康促進…つまり医療技術に加味できないかという研究の中に、
こういった性に対する抑制も研究されている事に。
例えばトリガー保持者を守るために試験的につけられている機能。
それがオメガ性が発するフェロモンを調整する役割がある事に。
まだアルファ性の抑制ができていないが…。
それでもこの一人のエンジニアは烏丸の「遅いたい派」という言葉を聞いて、
番なんていうシステム関係なく、誰もが自分で好きなものを選択する権利を持つべきだと再認識した。

「我慢―――!!!」

烏丸は知らない。
あかりが何に反応し、何に葛藤しているのか。
他の人間を騙すことができても、ただ一人できない人間がいる。

それが――…

この世で一人しかいない番。


20161209


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