過去と現在
救出戦

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「報告は以上だ」

鬼怒田の言葉を聞いて動揺を見せたのは根付だった。
「捕虜救出の実現は可能になってきたというわけですが、
どうしますか?」
それは捕虜救出を実行するのかどうかということではない。
明星桜花をどうするかということだ。
鬼怒田の報告はエネドラから聞きだした敵国の情報。
捕虜につけられる首輪のこと。
そして桜花が現状置かれている立場だ。
今、修達が彼女も助けるために捕虜救出の協力を求めている最中だが、
あくまでも個人の交渉だ。
例え彼等の交渉が成立してもボーダーからのものではない。
ボーダーが彼女を使わないと決めてしまえば無意味になるのだ。
「でも、これで迅が見たっていう予知の理由が分かったわけだ」
「何をそんな悠長に言っているんですか!
頭が痛くなりますよ」
「だけど取るべき選択肢は分かっているわけだ」
桜花を野放しにすればボーダーへの被害が大きくなる。
逆に桜花を捕えれば彼女の生が終わる。
個をとるか大勢をとるか。
悩まずにも答えは出ていた。
だからこれは最終確認だった。
「迅、お前の目には今何が見えている」
上層部しかいないこの部屋に唯一会議に参加しているのは元S級隊員で未来視のサイドエフェクトを持つ迅だけだ。
ボーダー隊員として自分の意志や感情を切り捨てて迅は冷静に努めていた。
そして今まで見てきた未来の断片を繋ぎ合わせていく。
その先にある未来を迅は告げた――。



正直桜花は驚いていた。
修達から受けた捕虜救出作戦に乗るとは確かに答えが、
あれはあくまでも修達の気持ちに応えたものだ。
ただの防衛隊員である彼等との口約束がイコール上層部の意志にはならないのは分かっていた。
自分の事が知れ渡っているはずなのに、未だに自由の身だ。
少しくらい揉めると考えていただけに拍子抜けしていた。
……いや、喜ばしいことなのだが。
逆になにもなさ過ぎて裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
(でもある意味いつも通りなのかも)
有益だと判断される限り使い続けいらなくなったら切り捨てるのは駒のさがだ。
それは戦争においてどこの国にいても変わらない。
このことについて考え続けるのは無意味だ。
今は自分に課せられた目の前のことだけに集中するために今回の作戦を思い返す。

首輪の解除を行えるのは本部のエンジニア研究室のみだ。
――ということは千佳の友達、春川青葉を救出するには、
彼女を本部まで連れてこなければならない。
青葉を連れてくるためには彼女の安全を第一優先で確保しなくてはいけない。
まずはトリオン伝達の遮断……つまり首輪の機能を一時的に無効化する。
これを行うことで首輪から発せられる信号がなくなり敵が首輪の持ち主の居場所の特定、状況管理をできなくし、
失敗したと判断されてトリオン器官を抜き取られないようになる。
無効化するには先程エンジニアが開発してくれた無効化用のトリガーを使用すれば解決する。
ただこのトリガーはまだ実験段階ということもあるがトリオンやコストの関係で開発できたトリガー数に限りがあり、
効力も1本につき1回のみ。
失敗は許されない。
確実性を上げるために彼女を引きつけ、捕縛する必要があった。
言葉だけで一連の流れを説明すれば、
彼女を誘き寄せ、捕縛し、首輪を無効化してから本部へ連れて行く。
たったこれだけのことだが作戦をこなす技量と度胸がなければ成すことはできない。
そしてその両方があったとしても相手の力量、現場によっては成功率は変わってくる。
悩むことも立ち止まることもできなければプレッシャーを感じる余裕もない。
やると決めたら結果が出るように動く。
そう考えられる人間が必要だった。
幸いにも救出作戦参加メンバーはそういう人間しかいない。

『標的確認。作戦を実行してください』

聞こえてきた声に桜花は動き出す。
桜花の役割は彼女を指定ポイントまで誘導する囮役だ。
理由は修達と交渉した時に言われた通り、
捕虜たちは桜花を目の前にした時わずかながらも隙ができる。
少しでも成功率を上げるために桜花がその役割を担うのは必然だった。
標的、春川青葉を見つけた桜花はそのまま剣を抜き、斬り込んだ。
青葉は自身の腕から剣を取り出して桜花の攻撃を受け止めた。
力と力のぶつかり合い。
どちらも引かない状況で青葉の背後から自動追尾型射撃トリガーが現れ、桜花目掛けてビームを発射する。
どれだけの威力を持つか分からないものにシールドだけを頼りにするのは危険すぎると、シールドを展開しながらビームを避けるために後退する。
それに合わせて青葉が踏み込み、桜花に間合いを取らせないようにする。
無論ビームも二発目が撃たれ、桜花は後退ではなく撤退するしかなかった。
「ちっ」
桜花は舌打ちした。
元より後退してもおかしくない状況を作り出す予定だったが、
まさか相手に追いつめられるとは思ってもいなかった。
折角なので有効活用させてもらうが少し癪だ。
しかし、おかげで自然に青葉を目的地まで誘い込むことができる。
結果避ければ全て良し。
桜花は思いっきり青葉から逃げた。
時折、反撃して自分はまだ戦う意志があること。
そして追いつめられていることを意識させ、青葉に誘い込まれているのではないかと考えさせないようにする。
桜花が十字路へ真っ直ぐ逃げ込む。
追いかける青葉が十字路にさしかかったところで側面から伸びた剣が彼女を襲う。
新手の攻撃に対処すべく青葉は一撃目は受け止めたが、
続いてくる二撃目に青葉は反射的に剣を交わした。
そしてできた隙を逃すまいと突っ込んできた遊真の攻撃に対処する。
この作戦において身軽に動ける遊真は青葉を目的地に辿り着くまでの、
そして本部へ彼女を運ぶ際、敵を排除するアシストの役割を持っていた。
素早い連撃にギリギリのところで受け止める青葉の余裕をなくすために、
桜花が遊真たちと合流し、ハウンドを発動する。
彼女が使用する自動追尾型射撃トリガーを撃ち落とし、彼女に攻撃手段がなくなり防戦一方だという現実を叩きつける。
自分が誘い込まれたと気付かせるにはそれだけで十分だった。
そして態勢を整えるために撤退を余儀なくされた青葉は2人から逃げることしか選べない。
今、自分が来た方向へは遊真、そして桜花がいるため逃げられない。
彼女が逃げる方向は必然的に限られてしまう。
迷っている暇はない。
青葉は後方へと逃げ出した。
「しっかり当てなさいよ」
『桜花さん、誰に言ってるの。
逃げ込むポイントが分かっているのに外す弾撃てっかよ』
逃げ込んだ青葉が何かに引っ掛かるのと当真が引き金を引いたのは同時だった。
態勢を崩した青葉の首元を当真が放った弾……すなわち無効化トリガーが貫いた。
青葉の身体が動かなくなる。
換装が解けたのを確認して隠れていた修は彼女を抱きかかえた。
「これから本部へ行きます」
「了解」
これで第一段階が終了だ。
あとは本部で首輪を外せれば完全に青葉救出成功である。
「桜花さん」
「なに」
言うと修は桜花に無効化用のトリガーを取り出した。
「これで証明できたというわけではないかもしれませんが……」
「気休めにってこと?それはどうも」
確実性をとるために今作戦では当真が無効化トリガーを打つ役割だった。
だが状況によっては接近戦でないと打てない場合があるかもしれない。
その時のためにトリガーを使用するのは修だった。
修は自分が持っている予備のトリガーを渡す。
確かにレーダーには青葉の首輪の反応は映っていない。
つまり無効化できたのかもしれないが、
映っていないだけで本当に無効化されているのかは分からない。
自分の命が懸かっている。
桜花でなくても慎重になるだろう。
貰えるものは貰っておくと一応桜花は修からトリガーを受け取った。
「オサム、早く行くぞ」
「ああ」
念には念を、上空に飛んでいるコウモリ型トリオン兵ニュクスを千佳がハウンドで撃ち落とす。
修達の帰路の安全確保は千佳の役割だ。
あとはそのまま戻って――……

「!!!」

門が開いた。

桜花は剣を抜いて身構える。
遊真は叫ぶ。
「オサム、走れ!」
第二次大規模侵攻のことが脳裏に浮かび、修の足が一瞬止まる。
でも……も自分にできることがあるはずだという考えもなかったわけではない。
一瞬で迫られる選択肢。
それは経験がものをいうし、何度経験しても慣れない者は即決することもできない。
だが、現実は迷う者に優しくはない。
「私のために早く行ってくれない?邪魔で困る」
自分の役割を忘れるな。
今はそれだけを考えて動け。
桜花の言葉を聞いて修は唇を噛みしめた。
「お願いします!」
「元々そういう役割でしょう。遊真」
「うん。オサム達は守るよ」
言うと修は本部に向かって走り始めた。
遊真も修の援護をするために共に走る。
「トーマ先輩。先輩もここで落ちたらいけない人間だ」
『そんなこと言われなくても、
狙撃手は撃ったら移動するのが基本なんだよなー。チカ子行くぞ』
『――っ!……はい!』
皆が逃げるまでの時間稼ぎ。
殿を務めるのは強い者でなければいけない。
長く生き残れる人間でなければいけない。
そういう意味で殿を務めるのに桜花は相応しいだろう。
本人にとって殿を務めるのは危険度も増すしあまり嬉しくはないが仕方がない。
ボーダーが自分の味方である以上ボーダーのために動くと決めたのは自分自身だ。
伊達に戦争に参加してたわけではない。
今回だって生き残ってみせる。そのために――……桜花は門から出てきた影に容赦なく斬りつけた。

「随分な挨拶だな」

その声に聞き覚えがあった。
この敵に休む暇を与えてはいけないと脳内が警鐘を鳴らす。
桜花の剣はいとも簡単に受け止められた。
力で押し込もうとしても無駄だと分かったがそのまま力を込めた。
相手が自分の剣を弾くのと同時に力の流れに乗って後方へ飛び、
瞬間ハウンドを放つ。
本来ならここでグラスホッパーを使用し逃げるのがいつものやり方だが今はそれが許されない。
目の前の敵をどれだけ長く引きつけられるかが青葉救出へ繋がるのだから。
桜花が前へ踏み込み仕掛けようとしたところで、
手にしていた剣が弾け飛んだ。
伸びてきた手が桜花の首を掴む。
苦しい。苦しい。
首を絞められても窒息することはないと知っているのに負の感情が自分を襲う。
そんなものに負けるものかと、抗うために自分の首を絞めている手を掴む。
敵を睨みつけて初めて桜花と目の前の男と目が合った。
「久しぶりだな」
ここで詰んだと桜花は思った。
そして修達を行かせたのは間違いでなかったと思った。
目の前にいる男は自分が捕虜の時に道を選ばせ、兵士になるために訓練を施し、そして戦時中の上官だ。
絶対的に逆らえない、逆らってはいけないと身体が反応するのを必死で抑える。
桜花は今ボーダーの人間で自分が成すべきことは時間稼ぎだ。
「よく生き残っていたな」
「……本当、最悪だわ」
桜花は拘束から逃れるためにトリガーを解除する。
ボーダーのトリガーは換装を解く際に本体の安全を確保するために障害物がないか周囲の地形を計測し、安全な座標に本体を移動させる。
その原理を利用しようとした。
男は急に自分の手元から消えた桜花に一瞬驚いたが、
すぐさま違う場所に現れた彼女の姿を見て玄界のトリガー仕様を把握した。
そして桜花が再びトリガーを起動する前に、男は桜花を蹴り飛ばした。
桜花はそのまま壁に身体を打ち付けた。
まだ使えると判断されたのか加減はされているらしい。
途切れそうな意識の中で反射的に身体が酸素を確保しようと必死になる。
倒れたまま動かない桜花に男が一歩近づこうとしたところで、上空から無数のトリオンキューブが降り注いだ。
「ちっ」
爆炎で視界が奪われる。
視界を確保するために男が砂埃から抜けると剣が振り下ろされる。
男はそれを受け止めた。
「やっぱり受け止められるかー」
呑気な声が聞こえる。
だが、言葉の割に向けられている目線には殺気しかなかった。
男は目の前の剣を捌き、自分の背後から迫る攻撃を避ける。
「ちょっと太刀川さんいきなり飛ばしすぎ」
「久々の近界民戦だからなー出水ーそっちはどうだ?」
『大丈夫です!桜花さん生きてます!!』
「んじゃ、明星連れて避難しろよ」
『了解』
太刀川と迅の後方から桜花を抱きかかえた出水が戦闘離脱する。
その間両者睨み合ったまま間合いを保ち続けている。
「太刀川さん分かっているよね」
「ああ、つまりこいつを倒せばいいんだろ?」
「最終的にはそうだけど」
『おれたちがどれだけこいつを引きつけられるかで未来が決まるって言ったでしょ』
敵にこちらの目的がばれないよう通信を通して言う迅。
自分の任務を再確認しつつ太刀川は答えた。
「それは無理な相談だろ」
「まー気持ちは分かるけど」
太刀川の素直な意見に迅も同意する。
「その調整はおれの方でするよ」
「ああ……!」
言うと太刀川は地を蹴り男に向かっていく。
その後方で迅はスコーピオンを構えた。


20170618


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