過去と現在
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※今回限定の特別仕様キャラがいます。
暗闇の中、桜花は何かの気配を感じ取った。
否、鈍感な人間でも何かがいることには気づくだろう。
自分の首が絞められる感覚。
何かが……もっと具体的にいえばテラペイアーに属する何かが近くにいることを示している。
首輪が反応しているということは本部内に敵が侵入したということだ。
そんな反応はなかっただけにどこから沸いてきたのか気になるところではあるが、
今はそれよりもそれが自分の部屋まで来ていることだ。
戦争中なのに気が抜けていたのか。
確かに先程の嵐山とのやりとりで心揺さぶれたが、
それだけはありえない。
少なくても敵を自分の懐に入れるようなことはない。
桜花はすぐさま右手でトリガーを手にし、起動した。
そして神経を研ぎ澄ませる。
相手が相手だからか、集中すればするほどトリオン体であるはずなのに自分の心臓がやけに大きく聞こえる。
五月蠅くて仕方がない。
自分が聞きたいのはこの音ではないと周囲に気を配らせる。
次第に、自分の心臓の音が気にならなくなったところで僅かに動いた気配を感じ剣を抜刀した。
「おっと、危ねーじゃないか」
剣が空を切るのと同時に聞こえてくる声。
自分の首に打撃を受けた。
「おまえ、クロだな」
「!!」
反射的に桜花は払いのけた。
飛ばした方向を見て物体の正体を確認する。
暗闇の中、赤い目玉が仰々しく光る。
トリオン体の為、肉体で目視するよりもしっかり見える。
今攻めてきているテラペイアーのものではない小型のトリオン兵……。
しかも言葉を発するということは自律型トリオン兵ということだろうか。
玄界はトリオン兵の研究はしているが、市民への配慮でトリオン兵を運用しないと定めている。
ならばボーダーのものではないはずだ。
自分の首が締まる感覚は続いていることを考えるとテラペイアーのものだと認識するしかない。
……いや、もう一々そんなことを考えているのも勿体ない。
目の前にいるトリオン兵は明らかに自分がボーダーの誰にも伝えていないことを知った。
そんな素振りを見せた。
つまり自分に害をなすと判断していい。
怪しいものは処分してしまえばいい。
桜花はトリオン兵を仕留めるために距離を詰め剣を振り下ろした。
「桜花さん、そっちに怪しい奴いるかもしれないけどボーダーのだから壊さないでくれ〜」
扉の向こうから聞こえてきた声に反応して思わず剣の軌道を変える。
同じくトリオン兵も桜花の攻撃を避けるべく身体を動かす。
桜花の剣はトリオン兵の体ギリギリのところを突き刺すかたちになった。
ドンッと扉から大きな音が聞こえる。
「エネドラッドは無事みたいだな。よかったよかった」
「全然良くねーぞこの白チビ!!
危うくオレのボディに穴があくとこだっただろうが!!」
いきなり現れた自分の首輪に反応するトリオン兵。
タイミングよく現れた遊真に何かあると思うのは普通だろう。
足元で喚くトリオン兵がやけに耳障りで桜花はいきおいよくトリオン兵を踏んづけた。
「痛ぇーな、このクソ女」
「遊真、この口が悪いトリオン兵何?」
説明してくれるのよねと遊真を睨みつければ、真っ直ぐに遊真も桜花を見返す。
「桜花さんには心当たりがあるんじゃないの?」
「ないわよ」
少なくてもこんな見た目のトリオン兵には……。
桜花の言葉に遊真は表情をぴくりとも動かしはしなかった。
嘘とも本当ともとれる微妙な回答に内心、上手いなと逆に感心したくらいだ。
桜花の性格上、自分から情報を与えるようなことはしない。
ましてや自分の事情を話すことがタブーとされているなら尚更だ。
エネドラからの聞き込みで捕虜となった人間の行動について知っている今なら理解ができる。
彼女から直接的な言葉を聞くのは難しい。
「空閑ー手荒なことはしないって約束だろ?」
「手荒なことはしてないぞ?ま、ドアには悪いことしたけどな」
遊真に蹴破られ可哀想なことになっている扉を見て修は溜息をつく。
「すみません桜花さん」
修は謝る。
そして顔を上げ、一歩。
桜花の部屋に入ってきた修は謝罪をした時とは違う表情をしていた。
覚悟を決めている顔。
桜花は嫌な予感がしてそれを隠すように踏んづけている方の足に力を入れる。
更に踏んづけられたエネドラはじたばた足をばたつかせるが、
桜花は足をどけようとはしない。
彼女の反応のなさに腹が立ったのか、仕返しだと言わんばかりにエネドラは口を開いた。
「心当たりがない?んなわけねーだろ。
お前のソレはオレに反応したはずだぜ?しらばっくれたって無駄だぜ。
オレがテメーに反応したっていうログがあるからな」
エネドラの言葉が桜花を追い込む。
その言葉を聞いてやっぱりそういうことなのかと桜花は理解するしかなった。
「辿りついたんだ?」
この首輪に。
そう言う桜花に修は静かに頷いた。
「どこまで?」
「近界民が知っている基本情報は」
「そう」
桜花は剣に力を籠める。
それを見た遊真がぴくりと反応したのが分かった。
今、暴れる気はないが桜花がその意志を見せたら遠慮なく対応する。
遊真達の意志が分かり、剣を下ろした。
鞘に納めなかったのは何か仕掛けてきたらこちらも容赦なく斬るという意思表示だった。
「こんなもの寄越して、私になんの用があるの?」
「桜花さんに捕虜救出を手助けして欲しいんです」
「は?私のこと知っててそう言ってるの?」
「はい」
「……救出するにはこれを外さないといけないことは分かってるってこと?」
「はい」
「外せないわよ。向こうで外せた成功例なんて聞いたことがないもの」
「はい、それも聞きました」
桜花が知る近界民は遊真、そしてヒュースだ。
見る感じ遊真は知らなさそうなので恐らくはヒュースからかと桜花は判断する。
そしてヒュースならば首輪を外すメリットはないことも伝えているだろう。
軍にいた彼ならば首輪をつけた捕虜たちの軍事的活用法を知っていて、
その提案までしているはずだ。
ここまで強気に言うならば当然あるのだろう。
「何か勝算があって言ってるのよね?」
「はい。信じてもらうためには捕虜が身につけている首輪の仕組みと、
そのトリオン兵についてお話しなくてはいけません」
ボーダーが首輪を発見し、解析した結果は以下の通りだ。
首輪を外すためには、解除トリガーを接続しなければならない。
接続するトリガーは首輪と同等の機能をもつもので、
それが命令コマンドを発信し、首輪がコマンドを受け取ることによってようやく外れるのだ。
首輪には捕虜を管理するための、逃がさないようにするためのプロテクトがある。
プロテクトは近界お馴染みの技術であり、解析すれば例え時間が掛かったとしても解けるものだ。
しかしそれだけでは首輪の解除はできない。
解除するにはもう1つの技術が必要だった。
それは科学と呼ばれる技術、すなわち玄界がもつ技術だ。
2つの技術が複合しているということは無論その分のアプローチを2つしなければならない。
1つはトリオン体の時、トリオン伝達経路を遮断すること。
残る1つは本体に取り付けられている首輪に解除命令を出すこと。
それでようやく首輪を外すことができる。
「そんなバカなことある?」
「近界民が玄界の人間をトリオンの補給場としか考えてないからな。
玄界の技術に興味を示す国は少なかったかもな。
自分達の不利益になるならまだしも捕虜につけられた首輪なら別に外せなくても支障はない。
不味くなったら処理すればいいんだからな」
「……だから外そうともしなくなったってこと?
凄く納得できるわ」
捕虜を助けて得られることなんて支配者側にはあまりない。
助けることに時間を割くくらいならその分使い切ることを考える。
駒は代えのきくものであり使い捨てられるものだ。
そのことを桜花は嫌という程理解している。
今まで自分の命を繋ぐために、
常に自分の価値を示し、使い捨てられないように足掻いてきたのだから。
「首輪のことは分かったわ。で、こいつは?」
桜花は顎でエネドラ指し示す。
エネドラは未だに桜花に踏んづけられている状態だ。
今も足をじたばたさせ続けている。
「エネドラには解析した首輪と同じ機能をインストールしています」
「ああ――」
だから首輪が反応したのかと修が最後まで言わなくても解ってしまった。
エネドラが首輪と同じ機能を持っているならば会議で話していた人型かどうか判断することはできる。
自分が踏んづけているトリオン兵は謂わば人型を見極めるための試運転だということだ。
「先程お話した通り、まずはトリオン伝達機能の遮断と首輪に接続して解除命令を出さなくてはいけません。
その機能自体はエンジニアが開発中ですが今日中に目処が立つ予定です」
「今日中ね。それまでに千佳の友達が現れないとは限らない。
例え間に合ったとしても成功するかも分からない。
修が話したエンジニアの解析結果は全て理論上の話。実績がない以上救出なんて――」
言いかけて桜花は気づく。
実績がないなら作ればいい。
誰もが考えるその実績……今、
ボーダーには明星桜花という被験者として最適な人間がいる。
試さない通りはない。
「私は実験台になるなんて嫌よ」
協力する気なんて最初からなかったが、修達が言っていた意味がこれならば猶更だ。
寧ろこの場で斬りつける勢いだ。
「桜花さんならそう言うと思っていました。
……なので、それについては実践で試します。
桜花さんには捕虜捕縛の手伝いをお願いします」
捕虜となっている彼女たちが自分からボーダー本部に赴くことは考え難い。
捕縛という形をとらなくてはいけないのは致し方がない。
「救出すると言っていた割に随分と危ない賭けなんじゃない?」
「それでもやるしかないんです。
チャンスは何度もやってくるとは限らない。
躊躇っていたら何もできないまま終わってしまいます」
「まーそうでしょうね。
救出の手助けというからてっきり……」
「被験者になってくれた方がチカの友達を助ける確率が上がるから、
おれ達としてはその方が良かったけどな」
「空閑」
「じょーだんだぞ、オサム」
「つまらない嘘ついてんじゃないわよ。
大体捕縛に関しても私向きじゃないでしょ。
もっと適した人材がボーダーにはいるんじゃない?」
「捕虜達は桜花さんと相対した時に限りわずかながらも隙ができます。
理由は分かりませんが、使わない手はありません」
「そんなこと初めて知ったわ……」
「見比べてみないと分からないからな」
(そっちじゃなくて――)
監視カメラがあるなんて桜花は知らなかった。
エネドラが言う通りしらばっくれても無駄だということだ。
念の為にと周囲を気にして動いていただけにショックである。
「……だとしても私が協力するメリットなんて――」
「あるだろ。チカの友達が助かったら自分のを外してもらえばいい。
ボーダーも協力してくれた人間を無下にはしないと思うぞ。
逆に協力しない方が桜花さんにとってデメリットなんじゃないの。
トリガーの没収とか監禁とか、困るんだろ?」
修の話が本当だとしても、自分が協力することのメリットがボーダー側にはほとんどない。
なのに自分に協力を求めるのは修の性格上、考えられるのは1つだけだった。
メリットよりも協力しなかった時のデメリットの方が大きいと伝えられれば協力せざるをえない。
そんな状況を丁寧に作られて動かない桜花ではない。
だけど……気持ちよく乗っかれないのは自分には時間がないからだ。
その理由を桜花は告げられることを許されていない。
否、自分のために告げたくないのだ。
不確かな存在である自分を上層部は野放しにするとは思えない。が、
彼等の捕虜を助けたいという気持ちを完全否定することはできなくなっていた。
それは自分が捕虜だったからだとか、
嵐山に助けることを諦めたくないと言われたからだとか、
挙げればきりがない。
彼等が主張するのは助けられるなら助けたいではなく、助けるという強固なもの。
言葉通りの命懸け。
命を懸けて挑むなら同じく命を懸ける。
彼等が向ける善意をできることなら善意で応えたい。
それだけ桜花にとって故郷という存在は大きいものだと実感した。
「……分かったわ。だけど危ないと感じたら私は自分の判断で動くから」
「はい!」
返事をする修を見て桜花は剣を納める。
そして、自分の足元にいるエネドラを蹴り上げた。
修は慌ててキャッチする。
「このクソ女が!!」
「だから言っただろう。エネドラッドと桜花さんは合わないって」
エネドラは桜花を睨みつけると、舌打ちをした。
「三雲隊の言う通りでしたね」
ボーダー本部の研究室で鬼怒田と寺島はモニターに映し出されているエネドラのログを見ていた。
エネドラには既に首輪へのアクセス権限を搭載している。
彼女の首に打撃を与えた瞬間、エネドラは首輪に接続していた。
すぐに桜花に振り払われてしまったが、
あの一瞬でも得られる情報はある。
桜花の首輪の最終更新は昨日。
近界民が大規模侵攻を開始する前に彼女は近界民と接触していたことが分かる。
そして注視しなくてはいけないのはその更新内容。
彼女が新たに課せられた任務は『2日以内に我々と接触せよ』。
それが何を意味するのか考えなくても分かるだろう。
「敵を倒すためではない。
接触しないといけない理由――……ありましたね」
「迅が言っていた予知もこのことだな。
わしは城戸指令に現状の報告をしてくる。
雷蔵は――」
「レーダーに人型が映るようにしておきます」
「頼んだぞ」
言うと鬼怒田は研究室を出て行った。
20170617
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