過去と現在
伝言

しおりを挟む


出水は応援がくると言っていた。
他のボーダー隊員との合流。
彼等の姿を見た時は桜花は何か引っ掛かりを覚えた。
どこかで見たことがある。
そんな小さなものだ。
思えばそのまま気づかなかった方が事はもう少し上手く運べたはずだ。
「あーいたいた」
声を掛けられて桜花は誰だろうかと思い出そうとする。
自分のことを知っているのかそれとも首輪のことも含めある程度自分の事情が知られているのか。
警戒している素振りが見えないことを考えると自分はボーダー側の人間としてカウントされているのかもしれない。
その方が都合がいいので黙っていると彼の後方からもう1人現れる。
「なんだこの女かよ」
めんどくさそうな顔で言われて桜花は思い出す。
彼等は先日行ったランク戦の解説を桜花がした時に戦っていた……影浦隊だ。
その中の1人、影浦とは少しだけだが面識がある。
桜花にとって影浦は口が悪くて面倒な奴という認識だ。
何が面倒なのかって……無論、彼が持つサイドエフェクトだ。
(よりによって一番会いたくない奴に会ったわけか……邪魔ね)
思い出したのはいいがこれは意識して何とかなる類のものではない。
意識しないようにと思えば思う程、意識することになり、影浦のサイドエフェクトは察知するだろう。
桜花はすぐさま影浦が云々と考えるのを止め、逆に目の前にいる北添だけを見てどうするかを考える。
これで影浦を意識の外へ追い出すことになるかは分からないが、桜花の思いつく限りの対策だ。

「出水くんに応援要請貰ったんだけど」
「ああ、出水なら――……」

出水は敵の掃討範囲を広げたことだけを桜花は伝える。
北添にとって桜花は直接面識はないが、彼女が今回の要保護対象者だということは知っている。
今回合流した影浦隊だけではない。
救出作戦参加外の隊員達には既に首輪をつけている捕虜のことは話がいきわたっており、
桜花のことは防衛中に敵に首輪をつけられた隊員として伝えられている。
何も知らない者からしたらおまぬけな話に聞こえるだろう。
そういうことがあり、レーダーに彼女が首輪所持者として映し出されてもおかしなことはない。
何の変哲もないやり取り。
おかしなところは何もなく、北添は冷静に対応した。

影浦が違和感を覚えたのは桜花と合流してすぐだった。
彼女が自分に向けてくる意識はいいものではない。
だけど悪意があるわけでもないのかそこまで突き刺すものではなかった。
前回、初めて会った時と同じもの。
人間なんてものは他者に対しての印象をすぐに変えることはできないので向けられているものの理由は分かる。
問題は彼女の次の行動だった。
向けられていた意識が一瞬だけ悪意に近いものに変わりそして急に消えたのだ。
彼女が自分に向けた悪意……理由は分からないが、
それよりもその後すぐに彼女は影浦への意識が消えたのは明らかに不自然だった。
普通の人間なら意識しないようにしても逆に意識してしまい影浦のサイドエフェクトはそれをよく拾ってくる。
だけど目の前にいる彼女はそういった類のものではない。
まるでスイッチを押したかのような変わり具合に普通ではないことを知る。
今までそういう訓練を行って来たのか感覚的に行える人間かは知らない。
一瞬だけ洩れた悪意の感情。
未熟だから洩れたのではない。
強いからこそ警戒されないように一瞬で悪意を消したのだ。
それだけで相手がどれだけの技量なのか分かる。
同時に良からぬことを考えていることも分かる……影浦が警戒するのに十分だった。
「ゾエ、そいつから離れろ」
「え?」
影浦の言葉が合図だった。
桜花がトリガーを選択し、トリオンキューブが現れる。
そして容赦なくトリオンキューブは北添を撃ち抜き、桜花は止めをさすように剣で彼の胴体を真っ二つにした。
「てめー!!」
飛びかかってくる影浦に目掛けて残っているトリオンキューブを飛ばす。
全てを避け、スコーピオンを伸ばしてくる影浦に応戦するべく桜花は剣で薙ぎ払おうとする。
「!?」
影浦のスコーピオンは剣を避けるように蛇行し桜花の背後を狙う。
すかさずシールドを展開し桜花はそれを防ぐ。
思ったよりも自由に動くマンティスに舌打ちする。
所見であれば間違いなく攻撃を受けていた……ランク戦の解説に呼ばれていて良かったとこの時ばかりは感謝する。
予想される二撃目に対応するべく桜花は距離をとるのではなく、逆に影浦の懐に飛び込んだ。
「ちっ」
「?……っ!」
影浦がぴくりと反応し、踏ん張り飛び込むのを制する。
彼の性格からして踏みとどまる行為はおかしいの一言に尽きる。
つまり何かがくるということだ。
桜花は反射的に壁を斬り、民家に飛び込んだ。
上から降ってくる無数のトリオンキューブの雨に桜花のとった行動は正しかったようだ。
そして正しい行動をとったということは相手もその行動を読んでいる可能性があるということだ。
対策として考えられるのは逃げ先を予測して追い込めるようにしておくか、
逃げ込んだ先に罠を仕掛けたりするかだ。
桜花が飛び込んだ先の民家には罠ではなく敵……辻が潜んでいた。
「まぁ、当たりってことか」
「……っ」
バックワーム装着しているおかげで近くまで迫ってきていることに気づかなかったが、
彼等の対応の速さを考えると出水が応援を呼んだ時にはボーダーは桜花を保護するだけでなく、
倒すための対策もとっていたということだ。
ぬかりなさすぎて敵としては泣けてしまう。
「アンタ、やっぱり慣れておいた方がいいわよ」
遠距離なら旋空孤月で対処もできるのだろうが、
対女性での接近戦にまだ免疫がついていない辻にとってこの状況は不利でしかない。
普段であればベイルアウトを自発的にするのだろうが状況がそれを許さない。
身構える辻に容赦なく桜花は斬りかかった。
なんとか彼女の剣を受け止めることができた辻の表情は心なしか蒼白だ。
(ここで踏ん張るということは――)
鍔迫り合いをしながら桜花はそのまま力を加え辻を誘導する。
辻がいるなら同じ部隊である犬飼がいるのは予想できる。
放たれた弾に向かって桜花は辻を蹴とばした。
辻が飛び込んできたため射撃が止まる。
辻も自分の背後にシールド展開、そして離れたのが好機と言わんばかりに旋空孤月で自分の正面を斬りつけた。
崩れ落ちる瓦礫の中へ桜花は飛び込んだ。
「邪魔するんじゃねぇ」
「えー折角援護しに来たのに随分な言い方じゃない?」
「うるせぇ!ゾエがやられてんだよ」
「へーゾエがねー。明星さん本気できてるんだ?」
砂埃が舞う中飛んできたトリオンキューブに影浦、犬飼、辻は地を蹴って避ける。
完全には避けきれず犬飼の片足に被弾した。
幸いにも動けない程のダメージを負ったわけではなかったため攻めるのに支障はない。
「迅さんにログを見ておいてって言われたけど動き変わってない?」
「剣より射手トリガー寄りに攻めてきますね」
「間合い外なら距離がある射撃系トリガーで近接戦では攻撃手用のトリガーを使うのは常套手段ではあるけど」
(あの迅さんがログを見ろって言うくらいだから意味があるはずなんだけなー……)
ログで見た時に比べて桜花の動きは少し切れがない。
セットしているトリガーの組み合わせの問題か、切り替えが上手くできないのか、それとも誘い込むためなのかは分からない。
いつもなら射撃にあわせ切り込むか逃げるかどちらかの選択をするであろう桜花に動きがない。
怪しんだ犬飼は彼女が何を企んでいるのか暴くために桜花に向かって弾を撃ち込み動かした。
桜花はそれをシールドである程度防ぎながら真っ直ぐ辻に向かって突っ込んでいく。
落としやすい駒から落とす。
桜花にとって3人の中で1番落としやすいのは辻だ。
理由は勿論、辻が女性と戦うのを苦手としているからだ。
予測ができていた辻もなんとか桜花の攻撃を受け止め、間合いを確保するために払いのけた。
迫り合いに時間を掛ければ先程のように誰かが攻撃してきた時その方向へ蹴とばし盾として扱う。
桜花の戦い方によく見られる動きだ。
彼女に誘導されてはいけないという判断のもとだった。
影浦が、そして犬飼が辻の動きに合わせて桜花に攻撃を仕掛ける。
「!」
後退した辻が何かにあたり自分の意思とは関係ない方へ飛ばされる。
(これは空閑くんがやってた……!)
自分がグラスホッパーに当てられたのだと気付く。
飛ばされる先には影浦がいた。
影浦隊と二宮隊が連携して動く機会なんてほぼないに等しい。
そんななか攻撃手の連係はシビアになるし、今回に限ってはベイルアウトがあるから斬ってもいいということにはならない。
影浦は辻への攻撃を避けるために必然的に動きを止めなくてはいけない。
攻撃がワンテンポ遅れる。
更に桜花と影浦達を隔てるようにバムスターが突っ込んできた。
上空をイルガーと同じくらいの大きさのトリオン兵が悠々と飛んでいる。
イルガーのように爆撃するのではなく代わりに汎用型トリオン兵を落としていくのを見る限り、
バムスターもそこからやってきたのだろう。
影浦と辻の周囲をトリオン兵で固める。
対する犬飼の方は突撃銃で集中砲火されるとシールドでは防ぎきれないと判断した桜花がエスクードで対処する。
壁で相手が見えなくなるが攻撃を受けるよりは全然いい。
「明星さん結構ガチだね」
「あんな面倒な奴、真面目に相手するわけないでしょ」
エスクードで隠れながら桜花が犬飼に向かって弾を放った。
壁で標的が確認できないのにまっすぐ犬飼目掛けて飛んでいく弾はトリオンに反応する追尾弾……ハウンドだろう。
彼女の稚拙攻撃を防ぐだけなら正直なんてことない。
だが上空に飛ぶトリオン兵が新たなトリオン兵を犬飼の背後に投下させる。
犬飼は突撃銃の銃口をトリオン兵に向けてアステロイドを発射する。
そして射手用のハウンドで桜花の攻撃を相殺した。
幾つか取りこぼしてしまったのは桜花がそれだけ射撃の方に力をいれているということなのか。
逃がさないという意思表示か桜花は犬飼の片足を落とした。

絶対絶命の大ピンチというやつを犬飼は迎えているはずなのに妙に冷静だった。
先程から引っ掛かるような桜花の攻め方がそうさせたのかもしれない。
トリオン兵を撃ち落すのと自分の足が落とされたのをまるでスローモーションで見ているような感覚になった。
走馬灯のように記憶が巡ることはなかったが代わりに思考する時間が十分に与えられた気がした。
桜花が影浦を狙いたがらない理由は分かる。
彼女が落としやすい相手は3人の中では同じ攻撃手の辻だろう。
逆に攻撃手の間合い外にいる銃手は攻撃手にとって落としにくい相手のはずだ。
それをわざわざ狙う理由はなんなのか。
落ちた自分の足を見てそういえば先程、桜花の攻撃が足に被弾したことを犬飼は思い出した。
今まで使った彼女のトリガーはなんだったのか思い起こす。
不慣れな射手用トリガーのため桜花は攻撃威力の設定を間違えていたのかと思ったが実はそうでなかったとしたら?
落としやすい駒から落とすのではない。
落としたい駒から落とす。
そう考えた時、妙にしっくりきた。
「辻ちゃん、明星さんのトリガーセットなんだけど……」
目の前に迫ってきた桜花が剣を振る姿を見て、犬飼は冷笑する。
そして桜花に向かって遠慮なくアステロイドを撃ち込んだ。


20170626


<< 前 | | 次 >>