過去と現在
通過点

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※原作では明記されていない管理人の勝手なトリガー解釈があります。



「桜花、補助系のトリガーをちゃんと理解しろよ」

そう言われたのは玉狛支部で麟児にトリガーセットを弄られた後だった。
フットワークを活かせと言われてエスクードをいれられたり、攻撃専門の自分が何故こんなものを入れるのか理解できなかった。
確かに他のトリガーを知ることで戦術の幅は広げられるとは思った。
孤月メインに補助的に使う何か。
最初はセットされていたからというのもあるが照準の合わせやすさから銃型トリガーを使用していたが、
それだと孤月と同時に使用できない。
桜花が今求めているのは攻撃手の間合い外から攻める方法ではなく、
近接戦闘において孤月を使用するのと同時に攻撃できる方法だ。
先日迅と戦って感じたのだが、片手で相手の剣を受け止めながら銃型トリガーで攻撃するのは難しい。
あの時は相手がスコーピオンだったから良かった。
だが、同じ重さの孤月であればどうだっただろうか。
重量があるレイガスト、それ以上のものだったら片手で受け止めるのは無理だ。
そして片手で対応できたとしても、空いている手が武器を手にしていれば相手に次の攻撃が読まれてしまう。
相手を確実に仕留めるのであれば攻撃を悟られない方法、虚をつけるものが良い。
その点から考えても銃型トリガーという分かりやすい武器はアウトだった。
だとすれば変形自在、出し入れ自由のスコーピオンが該当しそうだが、
最初孤月を選んだ理由は剣の中で一番使い慣れているのに近かったからだ。
他の剣を今からメインとして扱うのは嫌だし、
サブとしてスコーピオンを扱うのもいいが近接戦闘でしか虚をつくことはできないと割と限られてしまう。
もう少し幅を広げるには……と考えて思い至ったのは射手用のトリガーだった。
ただ選択時に使用者の持つトリオン量に比例して現れるトリオンキューブの大きさが桜花が思う虚をつく戦術とはかけ離れているのが難点だが、少なくても片手が使えなくなることはない。
反撃する暇も避ける暇も与えないくらい攻撃をしていけば、
例えトリオンキューブが見えたとしても目の前の敵が対応できる可能性は低いし、
目の前の敵を狙うと見せかけて後方にいる敵を狙うのもいい。
問題は桜花が器用にこなせる技量が今はないということだ。
必然とセットするトリガーはアステロイドかハウンドのどちらかになる。
真っ直ぐ狙うかトリオン追尾で狙うか……これが今の桜花の限界であった。
だから玉狛で試し撃ちするならその2つのトリガーのどちらかだと考えていた。
彼が言う補助系トリガーに関しては本日のランク戦解説で学んだから知っている。
しかし何故、このタイミングで麟児が補助系のトリガーを話題にするのか分からなかった。
「スタアメーカーって要はマーキングってことでしょ?」
カメレオンやバックワームなどの視覚やレーダーに映らないものに有効なもの。
当てられるなら最初から攻撃して仕留めればいいじゃないかと思ってしまう桜花にとって、
正直何の役に立つのか理解できない。
使うとしたら倒すのではなく尾行したい時だろうか。
でもそんな状況がくるとは桜花には思えなかった。
「バックワームのようなレーダーに探知されない機能のトリガーの有効範囲は自身のトリオンを探知できないようにするだけだ。
だからスタアメーカーのような別のトリオンからなるものは自分の管理外のトリオンだから隠すことができない。
逆にいえばスタアメーカーは使用者が生存している限り探知する権限が使用者側にあるから追えるということだ」
「そんなの分かっているけど」
何が言いたいのかと桜花は麟児に言う。
桜花の反応に一応そこまでの関係性は理解していることに麟児は安心する。
人のことをなんだと思っているのだと言いたいところだが桜花はぐっと堪えた。
もう一度何が言いたいのか早く言えと桜花は要求した。
「この関係性はボーダーだけのものではないということだ。
近界民が探知されないトリガーを使用したとしてもスタアメーカーを当てさえすれば俺達は追えるし、
俺達が近界民に同じようにマークされればバックワームを使用してもレーダーで捉えられる。
ボーダーのトリガーを理解するのではなく補助系のトリガーの性質を理解しろ」
意味を捉え違えるなと麟児が言う。
その言葉だけがやけに桜花の頭の中に残っていた。


「本当にムカつくわね……」

犬飼に撃たれたどさくさに紛れて桜花は足元にあったマンホールに逃げ込んだ。
犬飼を落とす間際、容赦なく攻撃されてトリオンが漏出する。
桜花はバックワームを身に纏い、地下水路を移動していた。
ムカつくのは自分を攻撃した犬飼だけに向けたものではない。
まるでこうなることが分かっていたかのようなアドバイスをしてくれた麟児に対してのものだった。
今、ボーダーのレーダーには首輪装着者の位置が表示されるようになっている。
バックワームをつけても無駄なのでは……と今までの桜花なら考えて使用しなかっただろう。
だが首輪はトリガーであり動作する源は装着者のトリオンだ。
桜花はそのことを知っている。
そしてボーダーがレーダーに映るように処理をしているとしても首輪から発する信号と感知しているのにすぎない。
ならばバックワームを着けさえすればレーダーに映ることはないはずだ。
麟児の雑学が役に立つかはこの先のボーダーの動きで分かるだろう。
出水、北添、犬飼を落としている以上、桜花の行動はボーダー全員が知っていることになる。
桜花は単身で敵地に乗り込んでいるようなものだ。
油断する気はないが少しでも隙を見せれば終わってしまうことだけは分かる。
逃げ回るだけでいいわけではない。
ただ闇雲に攻めるだけではいけない。
制限時間ギリギリまで攻めと逃げを繰り返し、戦場を掻き乱さなくてはいけない。
桜花は地上に出る。
数メートル先にいるボーダー隊員は自分の存在に気づいていない。
(麟児の言っていた通りってことね。
ボーダーのレーダーは私を探知できていない……!)
バックワームを解除せずに桜花はトリオンキューブを生成し、
目の前のボーダー隊員を撃ち抜いた。



「B級隊員ベイルアウトしました!」
「またやられたか!」

ボーダー本部は慌ただしくなっていた。
トリオン兵の出現、人型の対応、各隊の援護や撤退の指示。
理由をあげればたくさんあるが中でも一番問題になっていたのは隊員のベイルアウトだった。
しかも敵にやられたのではない。
ボーダー隊員によるものだ。
これだけ聞けば何を今更となるだろう。
実際、今までの戦争で危険が迫った隊員がベイルアウトの判断を下せなかった場合、
熟練の隊員が頭を撃ち抜くなど強制的にベイルアウトをさせていた。
しかし今回はベイルアウトに移行するタイミングを狙い、隊員が捕縛されているためベイルアウトはするな、させるな。
危ないと判断したら逃げろと通達している。
だからボーダー隊員の手によりベイルアウトが行われるのはあってはならないのだ。
それが起きている理由はただ一つ。
以前から危惧していた桜花が動き出した。
出水からの報告で彼女がつけられている首輪が黙認できた時点で桜花に何か課せられたものがあったのだろうと想像するのは難しくなかった。
寝返るということはそれは自分の命に係わることなのだということも想像できる。
ただその想像が思ったよりも実現するのが早かったのが問題だった。
彼女の事情を知らない隊員は仲間だと思った矢先に斬られるのだからどうしても混乱してしまう。
その隙を逃さず仕留めるのは流石といったところなのか。
桜花はなんのためらいも見せず次から次へと容赦なくボーダー隊員を落とすおかげでボーダー側の対応が追い付かないのだ。
攻撃してはすぐに退避する一撃離脱戦法を使うせいか桜花が長くその場に留まることはなく、
逃げ出した桜花がレーダーに映ることがないため、目視しないことには居場所を確認することもできない。
A級隊員を当てて足止めするにもできない状態が続いているのは、
彼女が今まで培ってきた戦場での経験のせいなのだろう。
桜花にとっては喜ばしいところだがボーダー側はただの痛手にしかならない。
「風間さん、あの人落としちゃダメなの」
騒然としている本部でぽつりと呟いた菊地原の言葉がよく聞こえたのは、
彼の声が冷静だったからかもしれない。
「玉狛第二が戻ってきたら例の捕虜を助けるという任務も完了するわけだし、
あの人の役割ってもう終わりじゃん」
「菊地原」
「だってそうでしょ。
これ以上あの人に暴れられても困るだけだし、ぼくたちならすぐに落とせる」
確かに桜花がしぶとく逃げ回っていられるのも運よくA級実力者に鉢合わせていないからだ。
会ったとしても影浦たちの時のように落とすのではなくすぐに逃げるのだろうが、
菊地原がいればそんな事態にはならない。
彼自身が持つサイドエフェクトがあれば桜花がバックワームで姿を消そうがすぐに音で追いつくことができる。
ボーダーの被害を抑えるなら風間隊が彼女の対処を行う方が効率が良いはずだ。
なのに本部がその指示を下さないことに菊地原は不満らしい。
理由は分かっている。
今が最善の未来を手に入れるための1つの通過点に過ぎないからだ。
だからといって黙って彼女にやられる義理はない。
最低限で耐えてくれというのが迅から聞いた言葉だった。
つまり時間稼ぎ。
いつまですればいいのか迅も分からない。
最早賭けだった。
今まで迅のサイドエフェクトに助けられたことはたくさんある。
だけど今回は腑に落ちないことの方がたくさんあった。
裏切ると分かっていた桜花を野放しにすることも、
今、敵として前に立ちはだかっている彼女に対して早々に倒してはいけないことも、
長引けば長引く程被害が大きくなるのに納得なんてできなかった。
菊地原の言いたいことは皆もそう思っていることだ。
「それは上が決めることだ」
だけど風間が口にしたのはたった一言だった。

「三雲隊、帰還しました」

オペレーターから伝えられる任務完了の声。
エンジニア達が捕虜の首輪を外すための最終確認を行っている。
「そのまま解除作業を行う。
研究室まで捕虜を連行してくれ」
『はい!』
エンジニアと玉狛第二のやりとりが聞こえる。
捕虜の奪還そして救出の任務は最終段階へ突入した。

風間は何かあった時にすぐに動けるようにしておいてと迅に言われた言葉を思い出す。
何を基準にして動けばいいのか明確なものは告げられていない。
判断は自分達でしなくてはいけない。
(だが、恐らくは――)
今、迅と太刀川は近界民の男を相手に時間を稼ぐために戦っている。
動くとしたらその戦いに決着がついた時。
その時が桜花に止めをさす時だということは予想がついた。


20170717


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