未確定と確定
振り回し振り回され振り回す

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その日は身体が重かった――。

桜花の日常は大体訓練しかしていない。
防衛任務が入っていないのにブースに顔出ししないのは変な感じがし、
回らない頭を動かして、なんとかランク戦ブースには来たが、
やはりランク戦をする気分にはなれなかった。
とりあえずブースにさえ来れば、
それで明星桜花は今日もここに来たと皆に印象付けられるだろう。
一応目的は達し、では大人しく部屋に戻ろう。
……としたがそれさえも面倒で、なんとなくB級隊員の訓練姿を眺めていた。
強くなるために本人は真面目に取り組んでいるのは分かったが何か違和感を感じる。
どうしてなんだろうと考え、なんとなく彼が今行っている訓練は違う隊員が強くなるためのものであって彼が強くなるのに必要なものではない。
そう思った。
彼は凄く頑張る人なのだろう。だけど為にならないその努力は所謂――…
「無駄な努力ね」
「なんでそんなこと言うんだよ!」
聞かれていたらしい自分の言葉に反応したのは彼等の訓練を見ていた他のB級隊員だった。
何故、そんなに苛立たれるのかは分からない。
彼の言葉を流していたらそれがかえって良くなかったらしい。
ヒートアップしていく彼が酷く癇に障った。
「A級隊員に目を掛けられているからっていい気になるんじゃねぇ」
「目を掛けられたいの?だったら強くなればいいじゃない。
僻むことに時間を割く余裕があるし、さぞ強いんでしょうね」
「っ!!そんなに言うなら勝負しろよ」
「嫌よ、めんどくさい」
「負けるのが怖いのか!?」
「挑発のつもり?なら、乗ってあげるけど」
桜花は孤月に手を掛けようとすると目の前に自分と同じくらいの背丈の茶髪の青年が割って入ってきた。
「騒がしいけど、どうしたんだ?」
「出水先輩!この人が……!」
「無駄な努力って言っただけよ。彼は時間を無駄にするのが好きみたいね」
「真面目に訓練に取り組んでいる人にそんな言い方!!」
「分かったから落ち着けって!」
声を荒げる出水の声を聞いて、桜花は孤月から手を離した。
こういった現場に出水が仲裁に入ることは珍しくもなく、
前回も不本意ながら止められた。
その時は桜花が怒りを持て余していたため、発散するためにご飯を奢って貰った記憶がある。
(……今回も奢って貰おうかしら)
そんなことを考えている間にいつの間にか自分に絡んできた隊員がいなくなっていた。
出水と目が合う。
「桜花さん、今日は大人しいですね」
「私はいつもこんな感じでしょ。それよりも喉が渇いたわ」
桜花は自動販売機でスポーツドリンクを購入し飲む。
一息ついたところでいつから向けられていたのか分からない視線に反応する。
「桜花さん」
「……なに?」
いきなり手を掴まれて桜花は眉間に皺を寄せた。
しかし相手は怯むことなく少し驚いた表情をした。
(なんで出水が驚くのよ)
理解できないと口を開こうとしたところで出水が桜花の手を引っ張った。
「出水!」
「桜花さんが機嫌が悪いままだと他の奴怯えちゃうんで飯にしましょう。
おれ、奢るんで」
「は?誰もそんな――」
「この間処罰受けたばかりっすよね?またポイント減らされてもいいんですか?」
「ちっ」
少しは出水に奢って貰おうと考えてはいたがなんだか腑に落ちない。
しかし彼の言うことも尤もなので桜花は大人しく従うしかなかった。

出水に連れられて辿りついたのはラウンジでも食堂でもなく、自分の部屋だった。
一体どういうつもりなのだと抗議しようとしたら桜花はベッドの上に押し倒されていた。
「文句を言いたいのはおれの方ですよ。桜花さん、体調悪いでしょう」
「なんのこと?」
「なんでそこで強がるのかな……トリオン体は生身で起こることが再現されてるのは知ってると思うんですけど、
生身で起こっていることも一部トリオン体に再現されるんですよ。
脳の疲れとか体温とか」
態度や発言もいつも通り強気ではあったがどこかぼんやりとした印象を出水は受けたらしい。
おかしいと思い桜花の手を掴んでみれば平熱よりも熱かった……というのが事の流れだ。
「なんだったら無理矢理トリオン体解除しますけど、それは不本意ですよね?」
つまりトリオン伝達脳またはトリオン器官の破壊を意味する。
そんなことされれば緊急時に対応ができず困ると桜花は渋々出水の言う通りにした。
換装を解いてしまえばどっと重くなる身体が出水の予想は正解だと告げていた。
「どうして分かったのよ……」
「そりゃ分かりますよ。おれ、どれだけ桜花さんと一緒にいると思ってるんスか」
確かに言われてみればこういう揉め事があると出水が仲裁をとることが多い。
あとは太刀川と揉め事があると出水のところに行っては彼から食料を奪うのもよくある。
防衛任務や訓練も共にしていると相手の考え方や行動もなんとなく分かるだろう。
そう言われてしまえば気づかれても致し方ないのかもしれない。
「アンタ面倒見良すぎでしょ」
「伊達に太刀川隊の射手をやってませんよ」
「……そうでしょうね」
「大体、体調悪いの分かっていたのにどうして無理矢理動いてきたんですか?」
「いつもいる人間がいないのって不安でしょ。
それに寝てたらいざという時に動けなくて困るわ」
自分は信頼されていない。
だから姿がないことで怪しまれるよりは自分の居場所をはっきりさせた方が変に誤解されなくて済むし、寝込みを襲われたら対処できないという彼女の言い分に出水は呆れるしかなかった。
確かに桜花の言う通り全ての隊員が彼女を信頼しているわけでもないし、
中には彼女に敵意や嫌悪を持つ人間もいる。
彼女がそういう考えになってしまう理由に想像はつくが、ここは玄界だ。
そこまで過激な人間はいないはずだ。
「桜花さんはもう少しおれ達を信じていいと思いますよ」
言うと出水は無理矢理桜花を布団の中に押し込んだ。

「……」
「……」
「出水ー」
「なんですか」
「……寝そう……」
「寝てくださいよ!!」
なんなんだと思いながら出水は彼女の部屋にある椅子を拝借して座る。
こうなったらもう意地だ。
桜花が寝るのを見届けるまで居座ってやると態度で示した。
出水の決意を熱で意識がはっきりしていない桜花がどこまで把握できているかは分からないが、
そこは気にしてはいけないところだ。
「あー……いずみ――」
「なんですか」
「さっき……子、してたんだわ」
「さっきの子?」
「あれ……意味な……」
「ここで寝るんですか」
寝かすのにも世話がかかるというのはどういうことか。
ようやく寝たことに安堵しつつ、暫くはこのまま様子を見ようと出水は考えた。
(こうして見ると普通なんだけどなー)
普段の性格と行動に難ありだが、よくよく考えると自分と2つしか違わないことを思い出す。
「っていうか、寝落ち寸前まで考えているのが訓練とかありえねー」
強い人間以外あまり興味を持たない桜花が、
熱に魘されつつ交流のない隊員のことを考えていることに、
出水はなんだか面白くなくて胸がもやもやする。
「……おれも大概だよな」
溜息交じりで呟かれた言葉は本人に届くことはない。
30分経っても起きてこなかったら部屋を出ようと決めた出水は、
暫く彼女の寝顔を眺めるのに徹した。



身体が重い――…。

桜花がそう知覚して目覚めてみればベッドに顔を蹲る形で寝ている出水を見つけた。
自分の身体が重かったのはこれが原因らしい。
叩き起こす前にどうしてこうなっているのか頭を必死に動かす。
確か……体調が悪いところを出水に見つかり、
無理矢理部屋に連れてこられ、無理矢理寝かせられたのだと桜花は思い出すと、
これは叩き起こしてはいけないと思い直し、静かに身じろぐ。
身体を起こして自分がどれだけ寝ていたのかを確認する。
(あ――…一晩付き合ってくれたのね……出水って本当に面倒見がいい――……)
身体を揺さぶるか声を掛けるか、どう起こそうか悩んでいたら、
思わず手は出水の頭に伸びていた。
何となく彼の髪を触ってみる。
その触り心地になんだか楽しくなってきて、ぴくりと出水の身体が動いたのに気付かないふりをして触り続ける。
(今回は体調を崩しているとはいえ、
寝ているところを見られたのは久しぶり……あれ?)
自分にとってそれはとても重大なことで、
だから体調が悪くても誰にも知られないようにいつも通り過ごしていた。
それを見抜かれただけですんなり寝ている姿を晒すのは今までなかったことだ。
何故なのかと自分の頭を抱え込む。
可愛い、年下、落ち着く、背中を任せられる、気に入っている、頼りにしている……
なんとなく思いつく単語を並べていくと、
胸にすとんと落ちてくる言葉を見つけてしまった。
いつからなんて分からない。
ただ、自分の気持ちを素直に口にする。

「私、出水が欲しい」
「なっ!!」

勢いよく起き上がった出水に桜花は驚くことはしない。
代わりに「おはよう」と呑気に挨拶をした。
状況についていけていない出水は顔が真っ赤だ。
「な、おはようって……桜花さんおれをからかって――」
「ふざけて言うわけないでしょ」
アンタ、私を馬鹿にしてるの?と強気な態度で攻められて思わず出水は黙る。
こんなことを言っているがこの女、悪乗りして普通にこういうことが言える人間だ。
反論したら面倒なことになるので言わないが。
なかなか返事をしない出水に痺れを切らしたのか桜花はもう一度言う。
「私、出水が欲しいんだけど」
「……直球すぎませんか?」
「直球以外にどう言えばいいのよ。
なに、言葉じゃなくて行動で示せってこと?」
「ちょっと待って下さい!!」
何故か胸倉を掴まれて出水は慌てて止める。
少し前までは体調不良でダウンしていたとは思えない回復っぷりに素直に喜ぶことができない。
少々雑ではあるがそれだけ本人は包み隠さずぶつかってきている証拠なのだろう。
まだ、静止する理性は残っているようなので、出水も冷静に判断する余裕ができる。
胸倉を掴まれ、一見すると追いつめられているように見えるが、
少しだけ離れている身体が抵抗してもいいのだと言っていた。
荒っぽいくせにこんな風に好きな方を選べばいいと提示してくれるのは彼女なりの優しさなのだろう。
(こういうところなんだよな――……)
自由奔放で人を振り回すのが得意。
一緒にいて飽きないといえばその通りなんだが、
それよりもこういう見え隠れするちょっとした何かを見つけるのが面白いと出水は思う。
 
「桜花さん、おれ桜花さんに振り回されるの好きなんですよ」
「何それ、変な趣味」

そう言って笑う桜花の顔を見て出水も笑った。


20170530


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