未確定と確定
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歩く、歩く、止まる。
歩く、歩く、止まる。

進んでは止まり考える。
どうして君に会いたいのだろう。
どうして君と一緒にいたいのだろう。
自分はどうしたいのだろうと考え、
理由を探しても君の顔しか浮かばないから、
悩んで悩んで、そして前へ進む。

今日、君に会えますように――。


「よ、嵐山」
「迅!今日は本部に呼ばれたのか?」
「違うよ。たまには真面目に個人ランク上げようと思ってさ。
嵐山は?お前確かシフト入ってなかったよな」
「ああ、暇だから資料整理でもしようかと思ってな」
「広報活動に防衛任務。
ただでさえ忙しいんだから休める時にちゃんと休めよ」
「迅こそ毎日町を見回っているんだから、ちゃんと休まないと」
「おれはランク戦が息抜きだからいいんだよ」

ボーダー本部のとある自販機前でばったりと会った2人は世間話をしていた。
双方、日々働いている中のたまの休み。
無理せず休めよとお互い気遣いながら、既に本部にいるのだから仕方がない。
ボーダー活動が生活の一部になっていることを実感しながら飲み物を買う。
嵐山はコーヒーを。
同じく迅もコーヒーとミルクティーを。
「迅、2本も飲むのか?」
「いや、丁度見えたんだよね」
それはどういうことなのだろうか。
嵐山は迅の言葉に首を傾げた。
「どういうこと!?」
ランク戦ブースと嵐山隊作戦室へ向かう道中、言い争う声が聞こえた。
何事だろうかと駆けつけてみれば、そこには桜花と加古の姿があった。
「加古さん!桜花!」
「あら、嵐山くんに迅くん」
「何かあったんですか?」
「それがちょっと困っちゃって――…」
加古の話によれば本日、桜花の日用品を揃えるべく買い物をする予定だったらしい。
主に服とか靴とか服とかアクセサリー、メイクとか。
加古が言う度に桜花が否定していくので加古の一方的なお誘いだったようだ。
しかし出掛けること自体拒否をしていないあたり桜花は加古を嫌ってはいないし、
加古も桜花の性格が分かっているのかいつものマイペースぶりで振り回している。
今回は桜花が加古と趣味が合わないからごねているわけではなく、
防衛任務に欠員が出たらしく、その代わりに加古がシフトに入ることになり、
2人で出掛けられなくなったからだった。
「加古さんがシフト代わるのおかしいでしょ。
なんで私じゃないの!」
「桜花そこなんだ……」
そうなのだ。
桜花は加古と一緒に出掛けられなくなったことに嘆いているわけではない。
欠員の代わりに自分がシフトに入れなかったのが不満なのだ。
「本当に酷いわよね」
溜息交じりにぼやく加古に桜花は「そんなことない」と全力で抗議した。
「桜花ちゃんが昨日もシフトに入っていたからだと思うけど。
たまには休むことも必要よ?」
「加古さんの言う通り休息をとることも大事だぞ!」
「嵐山に言われたくないよなー」
「なんの話?」
「ああ、実は嵐山非番なのに書類整理しててさー……」
「そんなこと言ったら迅だって!」
「だから、おれは息抜きに来てるんだからいいんだって」
「あー……アンタたち暇なのね」
桜花は彼等がボーダー本部にいるのを暇という一言で片づけた。
存外に酷い。
彼等のやり取りを見ていて、いいことを思いついたと言わんばかりに加古はにっこりと微笑んだ。
「それなら丁度いいわ。
2人共桜花ちゃんを任せてもいいかしら」
「え?」
「ん」
「は?」
「私だって苦渋の選択なのよ?
桜花ちゃんに着せたい服たくさんあったのに見繕うことができないんだから!
このままだと出掛けないことも分かっているし、だったら……ねぇ?」
「加古さん意味分からない」
「2人共いいかしら?」
「加古さん。意味が、分からない!」
全力で噛みついてきている桜花をスルーし、加古は2人に尋ねる。
「嵐山くんも迅くんもボーダーで休日を過ごすのもいいけどたまにはどうかしら?
桜花ちゃんが大変だから休息にはならないかもしれないけど」
「そんなことないですよ!」
嵐山の一言で確定した。
満足げな加古と、睨んでいる桜花の顔が対照的だ。
「良かったわ!桜花ちゃんのセンスだとちょっと怪しいから」
「それってどういう意味よ」
不貞腐れながら桜花は迅の手から飲み物を奪う。
「仕方ないからこれで行ってあげるわよ」
「まぁまぁ、面白い物も見れるからさー」
苦笑する迅を見ながら、あのミルクティーはこのためかと、
この時の嵐山は呑気にも思っていた。


三門市を歩いて数分もすると2人は加古が問題視していたことを理解し始めてきた。
「桜花さ、何か欲しいものとかないの?」
「あれ」
指さす先にあるのは食べ物だ。
食欲以外に物欲はないのかと聞く迅にきっぱりとないと答えたのはいかがなものか。
残念なくらいに桜花はショーウィンドウに見向きもしなかった。
これでは買い物ではなく、ただの散歩だ。
向こう側で買い物をしたりしなかったのかと聞いてみれば武器の話しか出てこない。
加古が無理矢理にでも桜花を出掛けさせたかったのは、
彼女のこういうところを知っていたのだろう。
そういえば戻ってきた当初は懐かしいと三門市を歩いていたがそれだけで、
特に何かしたとか、次に何をしたいとか言っていなかったを思い出す。
「桜花もう少し女子力を磨こうと思わないの?」
考えた末こういう言い方しか思いつかなかった迅に桜花は即答した。
「女子力を磨いてそれで食べていけるの?」
「質問を質問で返すとかさー」
「いちいち言わせるなってことよ」
「でも加古さんが言うには新しい服が必要なんだろう?」
「確かにもうすぐ夏なのに長袖のままは熱いよね」
「……」
それとなく避けていた話題をよりによって嵐山に振られてしまい、桜花は黙ってしまう。
桜花の左腕には傷痕がある。
それを嵐山は知っているし、桜花がそれを見せたがらないのも知っているはずだ。
桜花の言いたいことが分かっている嵐山は大丈夫だといつもの爽やかな笑顔で言う。
「いいお店を紹介してもらったんだ」


嵐山に連れていかれた店に入ると、早速桜花は服を選ばず大人しくしていた。
……というのも桜花が今着ているのとそう変わらない服を選ぶからだ。
迅に言わせると面白味がないらしい。
「アンタだけには言われたくないわ。
いつも同じ服着てるじゃない!」
「あの服着てると実力派エリートだと分かりやすいでしょ?」
「何、自分を見つけてほしいとかそういうこと?
迅って寂しがり屋よね」
「うーん、面と向かって言われても困るんだけど……まぁ、
今日はいつもと違って私服だし」
迅の言葉を聞いて桜花は今日迅がボーダー本部に来る前から、
3人でお店に行くことが見えていたのだと気づいた。
なんだかそれ狡いと桜花は迅に文句を言う。
「これとかいいんじゃないか?」
ただ1人、加古に言われた通り彼女の服を選んでいた嵐山が声を掛ける。
そんな真面目に見繕わなくてもいいのにと思いながら、嵐山が手にしている服を見て桜花の眉間に皺が寄る。
別に変ではない。
薄手の生地で、露出もしていないから気兼ねなく着やすい。
ただ、自分がいつも着る系統と少し違うというだけで……。
「なんか爽やかな感じなんだけど」
「夏だから丁度いいんじゃない?
嵐山たまにモデル雑誌出てるし、桜花よりセンスはあるからさ」
「それは知ってる。この間、現場を見たもの。
嵐山、本当によくやるわよねー……」
「ああ、この間の撮影の時嫌な思いをさせたからな。
そのお詫びってわけじゃないが、
気に入ったものがあればプレゼントさせてほしい」
「別にそこまで受け止めなくても、服を選んだの加古さんだし……あー……」
そういうことかと桜花は声を上げた。
最近加古が服とか一緒に買いに行こうと頻繁に誘ってきていた理由が何か分かった。
口には出さないが、加古も少なからず気にしているのだろう。
本人が気にしていないことをずっと気にされるのもどうかと思うので、
一度清算させた方がいいに違いないと思い至った桜花は貰えるものは貰うと口にした。
これは面倒事だと分類した桜花は、
早く片付けてしまおうということで試着室に入ろうとしたところで、
今思い出したと言わんばかりに迅が言葉を発する。
「そういえば服をプレゼントする意味ってその服を脱がせたいって意味があるよねー」
「は?」
「な……!」
迅の言葉に桜花は冷たい反応を見せた。
ふざけたこと言わないでくれる?……と桜花が突っ込むよりも先に、
服を選んでくれた嵐山が反論した。
「そんなつもりじゃ……!
桜花違うからな!!」
「顔赤くしても説得力ないって。嵐山のえっちー」
「迅!!」
顔を赤らめる嵐山に桜花は呆然とする。
いつもならもっとスマートに言い返すのだが……もしかしなくても珍しい表情を見たのではないか。
桜花はすっかり迅に突っ込む気力を失う。
代わりに芽生えるのは悪戯心。
「嵐山私を脱がせたいの?」
「ちが……!」
「ふーん。脱がしたい程、私に女の魅力がないって言いたいの?」
「そういうわけじゃ!!」
先程女子力なんかなくても……と言っていたのはどこの誰だったか。
人をからかうためなら例えない女子力も一時的にアップさせるという訳が分からない精神のもと、
桜花は女の武器(言葉攻め)を使う。
彼女の暴挙を見つつ、自分に被害が及ばないことをいいことに迅は声を押し殺しながら笑っていた。
「桜花、違うの分かっててそんなこと言わないでくれ!」
「分かってるから言ってるんじゃない。
あー気分がいいわ。遠慮なく貰ってあげるから適当に待ってて」
言うと桜花は鼻歌混じりで試着室へ入っていった。
桜花がいなくなったところで嵐山は大きく息を吐いた。
「迅も変なこと言うの止めてくれ……心臓に悪い」
「おかげで桜花が快く貰う気になってくれたでしょ?」
「……その代償が少し酷いけどな」
確かに嵐山は彼女に似合う服を探していたのだから貰ってくれないと困る。
しかしこれは少しやり過ぎではないだろうか。
嵐山は恨めしそうに迅を見る。
「俺だけが渡すのもアレだから迅も桜花に服を選んでくれないか?」
「おれ嵐山と違って桜花を脱がせる気ないからさー」
「迅!!」
「仕方ないな」
迅は笑いながら店内を見る。
流石に服はハードルが高いと言いながら、迅は腕時計を選ぶ。
「お、いいんじゃないか?」
「桜花は面倒がってつけなさそうだけどね」
言うと迅は腕時計を持ってレジに向かおうとする。
「一緒に買えばいいんじゃないか?」
「えーおれ嵐山みたいに下心があると思われたくないし」
「迅!まだそのネタを引っ張るのか!!」
これ以上やると怒られそうだと迅は逃げるように退散した。


歩く、歩く、止まる。
そして振り返る。

目に映る無限に存在する未来。

どこかの未来では誰かを支えるために戦うだろう。
どこかの未来では誰かを守るために戦うだろう。

戦いの中に身を置く彼等はこういうひと時の価値を知っている。
悩むこともある。嘆くこともある。
だけど最期まで諦めるなと、
力強い何かが彼等の足を前へ進めさせる。

歩く、歩く、どんどん歩く。
明日も君に会いたいから、今日をいっぱい歩いていく――。

「迅!」

後ろから声がする。
共に歩む彼等を見て迅は笑って答えた。


20170514


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