戦いと日常
終わりと始まり
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未知の生物に食べられた少女はもう終わったと思った。
自分は死んでしまった。
目の前は真っ暗で、何も見えなかった。
恐怖も絶望もここでは何も感じない。
呆気ない終わりだった。
「起きろ」
声が聞こえた。
聞いたことないくらい強くて冷たい声だった。
「起きろ」
身体に冷たい何かが掛けられる。
それにびっくりして反射的に少女は飛び起きた。
「どうやら生きていたようだな」
その言葉を心の中で反復する。
どうやら自分は生きているらしい。
それにしては…ここは一体どこなのか。
目の前には鉄格子。
周りには自分と同じような子供が何人もいた。
泣いたり、震えたりしている。
中にはここから出して。
お家に帰りたい。
そんな言葉が聞こえてくる。
自分はこの子達と同じで攫われて、閉じ込められた。
そう考えつくのは難しくなかった。
だが、現実味がない。
もしかしたらまだ夢なのではないだろうかと少女は思った。
「お前達には選ばせてやる」
目の前の男は言う。
「飼われるか、それとも戦うか…
どちらを選ぶ」
飼われる?戦う?
何を言っているのか理解できない。
反応できない少女のかわりに他の子供が喚き出す。
それに先程まで何も反応しなかった男が急にその子供を殴り飛ばした。
目の前の出来事を見て、子供達は悲鳴を上げる。
急に込み上がってくる恐怖に、
少女もようやくこれが現実だと理解した。
理解するしかなかった。
じゃないとここで死んでしまうかもしれない。
震える身体を無理矢理押さえつける。
「コイツは飼うしかないな。
連れて行け」
男の指示を聞いてどこにいたのか他の男が殴られた子供を掴んで連れて行く。
まるで死にに行くように見える。
「自分で決めないなら俺が決める」
死刑宣告を受けた気がした。
どちらを選べばいいのか分かるはずがない。
本音を言えばどちらも選びたくなかった。
だけど目の前の男はそれを許さないのだという事は見ていて分かる。
怖い。
泣きたい。
助けてと縋りたい。
でも、そんなことをしたら先程の子供のようになるのではないかという恐怖が押しとどめる。
ここにいるのは皆子供だ。
前の世界が終わる時、大人でさえ助けてくれなかったのだ。
子供の方が大人よりも力はない。
…だから誰も助けてくれないと考えた方がいい。
「お姉ちゃん…」
服が引っ張られる。
隣にいた女の子が少女に助けを求める。
そんなことされてもどうすればいいのだ。
助けて欲しいのは私の方だと、少女は自分の服を握る女の子の手を離そうと手を掴んだ。
――温かい…。
その手は震えているけど温かかった。
昔、独りで寂しくて怖くてどうしようもなかった時、
誰かがこうして手を握っていてくれたことがあった。
たったそれだけ。
今の少女よりも少し幼かったその子は、
手を握ってくれただけだが、
不思議とそれは少女を元気づけてくれた。
伝わる体温に安心を覚えたのを思い出した。
自分もいつか…と幼いながらも思ったのを思い出した。
あの時の貰ったものを大事にしようと思ったのを思い出した。
…何故、こんな時に思い出すのだろうか。
自分は何もできない。
手を握ってくれたあの子のようにはなれない。
あの時のように助けを待っても誰も助けてはくれない。
そんなのもう分かっている。
「……戦う…………」
微かに音が漏れただけだった。
それを合図に辺りは静まりかえった。
心臓がバクバク脈をうつ。
怖い。
誰か助けてほしい。
怖い。
ここから逃げ出したい。
怖い怖い怖い怖い。
一層の事、死んでしまいたい…。
――本当に?
少女の手に力が入る。
女の子の口から痛いという言葉が漏れたが、
そちらに気をまわす余裕なんてなかった。
誰も助けてはくれない。
…怖い。
逃げちゃいけない。
…怖い。怖いけど、このままじゃいけないことだけは分かる。
勇気を振り絞って少女は選択する。
「戦う……私は、戦う……」
バシッ
男が少女に平手打ちをした。
痛かった。
心が挫けそうだ。
それでも戦うと決めたばかりではないかと少女は自分に言い聞かせた。
そうだ、自分は戦うと決めたのだ。
怖くても選ぶしかない。
泣いても解決しない。
戦うしか道はないのだと自分に言い聞かせる。
どうせ戦うなら自分の意志で立ち、自分で進む力を持ちたい。
少女は男を見る。
まだ恐怖はある。
だけど、痛みのおかげでさっきに比べて恐怖は和らいだ。
頭は冷静さを取り戻す。
自分の意志ははっきりしている。
「私は戦う!」
男は少女を見て笑う。
「出ろ」
男は少女を牢屋から出した。
言われた通りに少女は歩く。
少しでも気を抜いたらきっと歩けなくなってしまうだろう。
そうならないように、意地で少女は歩いた。
男は言う。
「お前は今からこの国の兵士だ」
それは戦うことを選んだ者に与えられるものだ。
少女はこの時から一人の兵士になった。
20150509
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