未確定と確定
白きカーネーション

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※『勝手なアンケート』で一位の恋愛話。
※用語がR15くらい?


下心がない真っ直ぐな人間は苦手だ。
きっと何も知らないのだろう。
純粋なその存在は私にとっては毒だ――。


「それってつまり手を出したいけど出せないって事かしら?」

加古に言われて桜花はリアクションに困ってしまった。
本人はそんな話をしたつもりはない。
ただ、「嵐山君とは最近どう?」と聞かれたから答えただけだ。
「どう接すればいいのか分からなくて困る」と。
それに対して面白そうに食いついてくる加古に面倒だと振り払おうとしたのだが、
失敗してそのまま飲みに連れて行かれた。
多分人の恋愛話をつまみにしたかっただけに違いない。
ここに何故か沢村も一緒にいる…のは、
同じく恋に悩める女性としては、
参考に聞いておきたいところでもあったのだろう。
寧ろどうやってあの天然ボーイを落としたのか。
そちらの方を聞きたいくらいだと息巻くが、答えようがなかった。
「気づいたら、なんとなく、そこに収まった」
気まずそうに答える桜花の姿が照れてるように見えたようだ。
カワイイーと黄色い声を上げられ頭を撫でまわされる。
もう酔いが回ったのだろうか。
沢村さんはハイペースだなーと桜花は思った。
年上二人から根掘り葉掘り聞かれ、
これが野郎だったら孤月で一刀両断するのに、
それができないのが凄く辛かった。
桜花は男には容赦ないが、
女子供にはちょっとだけ優しかった。
「付き合って何か月かしら?
今時、高校生だってキス一つくらい済ませているわよ」
「なんというか…できなくて……」
「桜花ちゃんも緊張とかしちゃうんだ?」
「いや、隙がなくて」
別に男からしてくれるのを待つとかそんなの関係なしに、
自分がやりたい時にやりたいことをやる。
シチュエーションも何もあったものじゃないが、
惚れた弱みというか…桜花も触れたくなったら触れるし、
古い言い方でいうとABCすべての行為をやってのけたいくらい、
嵐山のことが好きだ。
だけど人生上手くいかないようだ。
「この間、泊りに来た時はアイツ…一緒にベッドに入ったのに勝手に寝たのよ。
もう一瞬。手を出す暇がないくらい!」
「嵐山君…手強いわね」
「だったら寝込みを襲えばいいんじゃない?
得意でしょ、そういうの」
「夜襲はね。
殺すだけだし簡単なんだけど」
惚気話から残念な話へそして物騒な話へと変わる。
…内容は同じはずなのだが、
どうも桜花の発想がそれを感じさせない。
捻くれるのもここまでくると重症だなと加古と沢村は思った。
「それでも手を出さないって事はそれだけ嵐山君の事好きなんでしょ?」
「そうよね。元々一人暮らし?だったけど、
本部から出て一人で住み始めた時は少し驚いたのよね」
「流石に本部で借りている部屋に男を連れ込むような節操なしじゃないわよ」
「それくらい好きなんだって嵐山君も知っているのよね?」
「一緒に入れる時間ができて嬉しいなーくらいの認識なんじゃない?
異性の部屋に上がる意味を考えて欲しいんだけど」
「…女の子が言う台詞じゃないわよね」
「欲求不満ね。
まぁここはお酒の力でも借りて…ちょっと色香が加わるんじゃない?」
「どんな色香よ」
お酒の力を借りて押し倒せとでも言うのだろうか。
加古も少し酔いが回り始めたのか、
さっきからお酒を注いでくる。
自分のグラスに注ぐのではなく人のグラス…というのが、
なんとも厭らしい。
その後、沢村の恋愛話へと突入した。
こちらも、沢村のアピールに気付かないくらい鈍感らしい。
33歳にもなってどうなっているんだと突っ込みたいところではあったが、
話を聞いていて、
未来の嵐山が見えた気がした。





そんな感じで飲み続け、帰宅したのは深夜だった。
いつもは酔ったりしないのに、
加古に注がれ過ぎたのか、
それとも別の要因か…
頭が少し痛む。
らしくない自分に溜息をつき、とりあえず部屋に明かりをつけた。
「…っ」
人の気配がする。
反射的にトリガーを起動しようとしたのを踏みとどまる。
いい加減なれないといけない。
「…桜花……おかえり」
唯一、合鍵を渡した人物だ。いてもおかしくない。
それを許可したのは自分だ。と言い聞かせて、
冷静になって桜花は答えた。
「っ…ただいま」
この言葉も全く慣れなかった。

帰るべき場所がある。
待ってくれる人がいる。

それはこの四年余り、
桜花個人としては、あまり縁がなかったことだ。

らしくない自分に気づき、
慌てて口を開く。
「そのまま寝てていいわよ」
先程の飲み会での勢いはどうしたんだと加古達に突っ込まれるのだろうか。
だが、会えば毎回盛っているわけではない。
今日は素直に寝たい気分なのだ。
そのまま寝るつもりだったが、
既に布団に入り込んでいる嵐山を想うと、
酒臭い身体というのは如何なものか。
シャワーだけ浴びようと決めて、
桜花は風呂場に直行した。



部屋を出る時、
勇気がいったのだ。
自分の家を持つ事に勇気がいったのだ。
帰る場所を自らの意思で作る事に、
躊躇いもした。
兵として動くなら本部の部屋を借りるだけで済むはずだ。
兵としての価値がある事も証明した。
だから、それ以外の場所は作るべきじゃないと思った。
それでも桜花は出て行く事にした。
合鍵を渡すのも、
戦場に赴く以上に勇気が必要だった。
自らの意思で自分の領域に招き入れるのはとても勇気が必要だった。
加古達の言う通り、
それだけ嵐山の事を考えて行動するくらい桜花は好意を持っていた。
桜花のなけなしの勇気も嵐山の前では形無しだった。

例えば、
自分で合鍵を渡しておきながら、
自分が帰る前に人の気配があると、
問答無用で戦闘態勢に入ってしまった事があった。
勿論、斬りつける前に嵐山だと認識できたから事件にはならなかったが。
それが一度だけではなかったのが痛かった。
自分の領域に招いておきながら、
今までの習性がそれを頑なに拒もうとしていた。

例えば、
今日みたいに「おかえり」なんて言われると、
本当にここは自分が帰る場所で、待ってくれる人がいる。
そう自覚して戸惑ってしまう。
何当たり前の事を言っているんだと思うかもしれない。
桜花だって分かっていた。
なのにそれを目の当たりにすると解っていなかった事に気付いた。

自分が思う以上に状況についていけていない自分が衝撃だった。
恐らく、桜花以上に嵐山の方が驚いたはずだ。
呆れたのではないかと思ったが…
嵐山はいつもと変わらない真っ直ぐな目を向けた。
いつもと同じ笑顔で迎えてくれたのだ。
逆に殴られたかのような衝撃を受けた。
それを誤魔化すように嵐山に迫った事もあったが、
自分を大事にしないとダメだと窘められ、
抱きしめられた。

桜花が何に戸惑っているのかを嵐山は理解した。

だから月に何度か桜花の家に訪れていたのが、
週に1、2回と増え、
桜花が夜に防衛任務が入っている時はできるだけ迎えられるように家に上がっている事が多い。
「おかえり」と言って桜花を抱きしめ、
そのまま一緒に眠りにつく。
嵐山の腕の中は凄く温かかった。
キスやセックスをするよりもそれが凄く高尚に感じて、
何度か泣きそうになった事があった。
同い年のはずなのに嵐山は大人で、
自分は酷く子供で弱いちっぽけな存在だと思い知らされた。
愛しいと想いが募る程、触れたくなる。
しかし、それで本当のいいのかと思い留まる。
桜花のその欲求は、
自分を受け入れてくれた嵐山に対して信頼を裏切るものではないのだろうかと不安になる。


シャワーを浴びて数十分。
大分すっきりした。
自室に戻るとベッドの上に座っている嵐山と目が合った。
「おかえり」
さっきとは違うはっきりとした声だ。
どうやら覚醒させてしまったらしい。
「疲れているんでしょ。
わざわざ起きなくても良かったのに」
今日は一日、広報の仕事だったはずだ。
本人は別に無理しているわけではないが、それでも幾分か神経を使うらしい。
そういう日はすぐに床に入るのを桜花は知っている。
「桜花が傍にいる方が眠れるんだ」
「嘘おっしゃい」
両手を広げている嵐山を見て、
仕方なく桜花はその中に収まりに行く。
「おかえり」
再度、上から呟かれた言葉。
じわじわ伝わる体温を感じて小さく「ただいま」と答えた。
それに満足したのか、
桜花を抱きしめたまま嵐山はこてんと横になった。
無論、桜花もつられて横になる。
「いい匂いだな」
「さっきシャワー浴びたから」
「俺、桜花が好きだ」
「そう…」
そのまま嵐山の寝息が聞こえてくる。
相変わらず寝付くのが早い。
…それだけ自分に気を許してくれているのだろうか。
そう思うと…いつの間にか自分の欲求はどこかへ行ってしまう。

間違いなくこの時を幸せに感じている。

随分、毒されたなと思う。
じわじわと侵されていく想いを感じて、胸が詰まる。
今日も嵐山は腕を広げてくれた事に桜花は安堵する。
そしてその度に思い知る。
自分の帰る場所はこの人のところだと認識する。
嵐山もここが桜花の帰る場所だと言ってくれている。
それを受け入れ少しずつ、
この想いと一緒に生きていくのだろう。
桜花は嵐山の胸に顔を埋め、
そのまま目を閉じた。

「私もあなたが好きよ」


20150723


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