近界と玄界
捕虜

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悪い夢を見た。
友だと言ってくれた男に胸を貫かれた夢だ…。

――また?

その夢は初めてではない。
戦いに身を捧げてから頻繁に見る夢は、
桜花に怒り、悲しみ、諦め…いろんな感情を膨らませる。
それでも……
桜花は目を覚ます。
しかし、視界がはっきりしない。
これも夢なのだろうか…と、一点を眺めるが、
それにしてはなんだか違和感を覚えた。
ぼんやりする頭とは反対に重力に逆らうことのできない身体が重く感じた。
なんとか動けないか試みるが、
身体が思うように動かなかった。
致命傷を喰らったんだから当たり前か、と、
冷静に思う自分がいる。
それと同時に生きているわけがないと考えが至り、思考が停止した。
ダメだ、混乱している…ちょっと冷静になろう。
そう思って桜花は目線だけを動かして、部屋を見渡した。
自分が寝ているベッド。
その他にあるのは何かを計測する機械があるだけの、質素な部屋。
今まで幾つか国をまわったことがあったが、
あまり見ない作りだった。
周囲を見渡し少し、落ち着いた。
桜花は今、自分が置かれている状況を思い出そうとした。

――ダメだ。刺されてから分からない。

その後、意識を失ったのだから当たり前だ。
結局のところどうすることもできず、冷静になることだけに努めた。
助けられたのか、捕まったのかさえ分からないこの状況は、
次にどう動けばいいのか決断できない。
考える材料がないのは非常にまずい。
とりあえず起き上がってみようとしたが身体に力が入らない。
拘束はされていない。
単純に力が入らないのだ。
それほどまで体力を消耗していた。
これは捕まっていたとしても逃げられないなと思った。


「気が付いたか?」

男の声がする。
目線だけそちらにやる。
見た目、服装、どれを見ても普通のヒトだった。
どこの国なのか判断できない。

「我々はお前に危害を加える気はない。
協力さえしてくれれば捕虜として丁重に扱う所存だ」

この男は何を言っているのだろうか。
危害を加える気はない?
捕虜として丁重に扱う?
桜花は笑った。
…実際には笑い声は音に鳴らず、ヒューヒューと擦れた音がしただけだ。
それに対して更に笑ってしまう。
ここまで深手を負ったのかと。
とりあえず自分は捕虜になっているらしい。
それで、目的は何なんだと目で問う。
しかし相手は言葉に反して威圧的だ。
いや、物腰は柔らかいし、
できるだけこちらを気にかけていることは桜花にもなんとなくだが伝わった。
だけどそれが嘘っぽく見えるのは、
相手が年上だからか、手練れなのか…それとも、

――あぁ、警戒しているのか。

目の前の男が聞きたいのは桜花がいた国のことだ。
内政、軍事力、彼女の立場等々、
しかし桜花に答えられるものはなく、ただ黙り込むしかなかった。

『本部長、埒があきません。ここは一旦――』

部屋の上部から音声。
目の前の男以外に、自分を監視している奴がいる。
その見えない監視者は痺れを切らしたらしい。
尋問にしては甘いのではないかと思ったが、今はそれに甘んじる事にした。
桜花は今目覚めたばかりなのだ。
気持ちの整理をしたい。
情報という情報まではなかったが少なくても自分が置かれている立場は分かったのだ。
これからどうするのか、自分の中ではっきりと決めてしまいたい。
男は声に返事をするとこの部屋から出ていく。
それからこの部屋は何も聞こえない静寂に包まれた。



「迅、あの近界民はどうだ?」
城戸の言葉は淡白だったが、それに込められている意味は違う。
アレはここに置いておいて有益になるのか。
危険分子になるなら殺す。
そう含まれている。
勿論、彼からしたら近界民は皆、殺して当然なのだろう。
寧ろ、何故捕虜としてわざわざ連れて帰ってきたのかと、
太刀川から報告を受けた今でもそう思っているはずだ。
それが分かっているからこそ迅は慎重だった。
迅が本部から呼び出されて見えた未来は城戸に頼まれ事をされるところ。
1人の女性がベッドに寝ている姿だった。
そして今、迅は城戸の命令によりその人間が何を引き起こそうとしているのか見ようとしている。
…勿論、意識したところで思った通りの未来が見えるとは限らない。
だけどしないよりやった方が良いし、運良く見えたら対策ができる。
言葉を選ばずに言えば彼女の処理の仕方が決まるという事だ。
自分の言葉一つで彼女の運命が変わる事を迅は理解している。
だからといって嘘をつくわけにはいかないのは立場上というよりは迅には守るモノがあるからだ。
誰に対しても手をさしのばすことはできない…苦しいところではある。
「いやーそれが…」
珍しく迅が言葉を濁らせる。
その様子に城戸がいつも以上に睨みをきかせる。
「やだなー城戸さん。そんな睨まないでよ」
苦笑してから迅は言う。
「彼女、変わらないんだよね」
「それは未来が見えないということか?」
「いや、そのままの意味。
彼女はあの部屋から出ない」
迅が見た未来は明日、明後日という話ではない。
少なくても1か月後まで見えた。
その未来によると彼女はあの部屋にいた。
…という事は出ていない事を意味すると迅は解釈した。
そこまでいくと住んでいるんじゃないかというレベルだった。
ありのまま伝えると俄かに信じ難い。
なんの処理もされていないということは有益なのか?
いや、有益ならそのままあの部屋にいること自体可笑しい。
城戸は少しだけ思案した。

「5日だ」

城戸の声が響き渡る。
勿論その意味は5日やるから結果を出せ。というやつで、
その間、何もなかったら処分という事だった。
城戸の本心だ。
そして、迅の予知をはずそうとしたのもある。
これで迅の未来が変わるきっかけになったはずだ。
迅の見えた未来が歪む。
見える未来が少し増えただけで、その中の一つは本当に彼女は処分されている。
その未来に対し、近界民だと認識した相手に対して容赦ないな迅は思った。
迅が何か口添えしてもいいが…それでも彼女の未来が好転するのが見えない。
仮に玉狛に受け容れるとしても、
最近、近界民が新メンバーとして入ったばかりだ。
意見を通すには大分険しい。
そしてその近界民と彼女とでは、城戸にとって大きな違いがある。
勿論迅にとっても、自分が望んでいる未来に必要なのは彼女ではない。

そういう誰かの未来の選択は今までした事はあるし慣れてもいる。
だけど後味が悪くなるような未来を見て平然としていられるような神経は持っていない。
こうなると彼女を捕虜として連れ帰ったA級1位の男を迅は恨むしかなかった。


20150412


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