信用と信頼
再会

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何者かによりアジトは襲撃を受けた。
振動が収まると不気味な程の静けさに包まれた。
しかしそれも一瞬だった。
反対勢力の一員の誰かが叫ぶのを合図に辺りは喧騒に包まれた。

「敵襲!」

麟児は風間を見る。
特に驚いた様子も見せない事から風間はこの攻撃が誰のモノなのか分かっているのだろう。
ここを攻撃してくるくらいだから対抗組織…単純に考えると王族側の勢力…ボーダーが絡んでいるのは明らかだ。
「一年足らずでボーダーも力をつけてきたってことか」
「貴様がどのことを言っているかは知らんが、
ボーダーを舐めてもらっては困る」
「雨取!侵入者だ」
「分かった」
麟児は呼ばれ、風間を置いて部屋を出た。

通路を速足で歩きながら麟児と男は会話する。
「状況は?」
「ああ、向こう側の兵士と後ボーダー…だったか?
今のとこ五分五分だ」
「この辺りが潮時だな」
麟児の言葉に男は目を細める。
「準備は終えている。行くなら今しかない」
「だろうな。だが、行くのはお前らだけだ」
麟児は男に小さな小箱を投げる。
それは念のためにと言って麟児が自分の記憶をバックアップしたものだ。
「いい駒を見つけた。俺はそっちから実行する」
「本気なんだな」
「ああ。だからもしもの時のためにそれを頼む」
「この一年でお前からもしもなんて言葉を聞くことになるとはな」
「貴重な体験はしておくものだ」
「時と場合によるがな」
言葉を交わし終えると、そのまま男は隠し通路へと歩みを進める。
それを見送った後、麟児はその通路を隠した。
麟児が今する事は同志を逃がすための時間稼ぎだった。

歩いてきた道を逆相すると、
先程よりも騒ぎは大きくなっていた。
どうやら手練れが数人ここまで入り込んでいるらしい。
自分達のホームでここまで好きにさせるなんて…と思うが、
あくまでも彼は仲介役なのでそこまでは知った事ではないので放っておく。
麟児の目の前で壁が粉砕され、人が飛んでくる。
倒れ伏せた人間の格好を見てやられているのは反対勢力の方だという事を知る。

「麟児さん!」

その声には聞き覚えがあった。
此処にいるとは思っていなかった存在に麟児は驚きを隠せない。

「どうしてお前がここに…」

自分で言っておいてなんだが、馬鹿げた言葉を口にしたと麟児は思った。
玄界から近界に来るには密航するか、攫われるか、またはボーダー等の組織に入るしかない。
目の前の青年…修の性格から考えても彼なら正規のルートでしか侵入しないだろう。
…つまりその正規のルートでここ近界に来るには、
ボーダーに入隊して遠征部隊に選ばれないといけない。
修がボーダーに入隊するのは麟児の中では予定通りだった。
それについては驚いてはいない。
そのために修の人と形を知っていてわざと修の前でトリガーや協力者の話、近界へ行く事を話した。
そして修を置いていく事は彼の良心を揺さぶるための最後の仕掛けだった。
どうやらそれは上手く機能して修はボーダーに入隊した。
ただ、この場で会う事は想定外だった。

――今回はイレギュラーな事が多いな。

麟児は微笑んだ。
「久しぶりだな。元気にしていたか」
「え、あ、はい。麟児さんこそ無事で良かった…ってそうじゃなくって!
麟児さん!風間さんと桜花さんは!?」
「修は相変わらずだな」
他人を心配するその優しさが変わらず、麟児は少し安心する。
ここが然るべき場所なら感動の再会という奴を存分に味わっていただろう。
「オサム、その人がチカのお兄さんか?」
先程敵をぶっ飛ばした遊真が修に声を掛ける。
話したいことが山ほどあるのは分かるが、
此処は少しでも早く離脱した方がいいと遊真は伝える。
近界でベイルアウトはできない。
トリオン体の破損はそのまま死につながる可能性は高い。
そういう状態になれていない修をこの場に留まらせるのはできるだけ避けたかった。
「だけど二人が!」
「風間さんは風間隊が救出に行っているし、桜花さんは――…ほっておいても大丈夫だと思うぞ」
「空閑…それはいくらなんでも……」
「桜花はここにはいない」
「!!」
「悪いな修」
麟児の顔を遊真は見る。
「確かに嘘ではいないみたいだな」
嘘ではないことが分かっても遊真は警戒の糸を緩めたりはしない。
例え相手が千佳が捜していたお兄さんだとしても、
戦場に立っている人間に対しては別だ。
「麟児さ…」
「オサム、危ない」
修が麟児に近づこうと一歩踏み出したところ、
敵の残党が背後から襲う。
それを遊真がグラスホッパーを使用し、一瞬で間合いを詰めて斬った。

「リンジ、図ったか」

そう言って現れたのは、ここの勢力のリーダーだ。
「お前は逃がさないぞ」
その言葉を合図に、遊真と修…そして麟児と分断するように囲まれた。
「オサム、此処が正念場だぞ」
「分かっている!」
修は自身の手からトリオンキューブを出しそれを分割する。
そしてそのまま敵に向かってアステロイドを放った。




ところ変わって敵のアジトの外は、
皆の侵入及び脱出を援護するために冬島隊と狙撃手の千佳が待機していた。
ここでの千佳に与えられた任務は襲撃、分断等、建物や土地に狙いを定め戦況を変える事だ。
そして、邪魔な的は当真が当てる事になっていた。

『――当真』

無線が入る。
それは冬島からのものだ。
「マジすか、隊長」
内容を聞いていつものようにおどけた感じで言う。
こんな状況で嘘を言うような隊長ではない事を知っているが…
本当に予想していないところから出てくる人だと当真は思った。
『当真君、出現ポイント送ったから援護お願い』
『今、そっち行ったぞ』
「はいはい」
スコープに目を通し、当真は引き金を引く。
敵が死角からの攻撃に動揺しているところでその人はやってきた。
どこかで見た大鎌を携えて……。
ボーダーのトリガーを今は持っていないのを当真は知っていたが、
いつから借りたトリガーが短剣から大鎌に変わったのかと、
いつもなら軽口を叩くが、
生憎、桜花はボーダーのトリガーを起動しているわけではないから、
無線でやり取りすることはできない。
「真木ーこれで援護とか無理ゲーじゃね?」
『当真くんならできるでしょ?』
「ま、やるけどな」
幸いにもあの武器は一度見ているから攻撃の仕方は分かっている。
桜花がどう動くのか予測するしかない。
とりあえず彼女の背後に迫ってきている敵は容赦なく撃ち抜いた。

パアッン

桜花が転送されてすぐの出来事だ。
これはランク戦とかする時に転送される時に似ているため、
転送後、目の前に敵がいても驚きはしなかった。
敵に囲まれていたとしても…いいのか悪いのか分からないが、
桜花は囲まれる事にも慣れていた。
すぐに地を蹴って前方に突進する。
上体を少しかがめ大鎌を横に振ったところで弾が自分の頭上を通り過ぎる。
目の前の敵の頭に弾がヒットしたのを見て、
そのまま桜花は遠心力を利用して周りの敵を斬り払う。
桜花の攻撃は隙が生まれる事を理解している敵はそれを狙うが、
隙に関しては味方も分かっていた。
桜花がどうカバーするかを考える前に銃弾が正確にそこに飛んでいく。
一言いちゃもんをつけてもいいなら、ギリギリを狙いすぎているのではないかという事だ。
一歩動きが、タイミングが合わなければ銃弾を喰らうのは桜花だ。
だからこそ駿府の狂いもなく相手の虚をつき倒せているわけでもあるのだが……。
桜花は余計な事を考えるのを止めた。
目の前の敵よりも桜花が用があるのは一人だ。
こっちに飛ばされる前に三輪たちを介して状況を教えてもらったが、
ボーダーは三つに分かれて行動しているらしい。
一つは風間と桜花救出に風間隊の二人。
…こちらは桜花が船の方にいたので実質風間のみの救出である。
もう一つは冬島隊と千佳での援護班。
最後の一つは敵の排除に千佳を除く三雲隊。…となっているが、
実際は麟児との接触及び救出が目的だった。
「桜花さんが接触していた男、近界民に攫われたお兄さんらしいですよ」と聞いた時は密航したのではないかと言いかけたがなんとか言葉を呑み込んだ。
表向き麟児は攫われた事になっているのを運良く思い出したからだ。
それを聞いた時なんとなく麟児に抱いていた違和感というのか…得体のしれない何かが分かったた気がした。
が、それとこれとは別である。
ボーダーの状況を確認する前にもう一つ桜花は確認したことがあった。
持っているはずの借用書がないということ…。
あれがなければお金を用意できても質に預けているトリガーが取り出せないのだ。
それは流石に避けなければいけない事態である。
桜花の懐からそんなもの掠めとるとしたら麟児しかいないと桜花は思った。
こんな時に何を考えているのだという感じだが、
そんな事を考えるくらいの余裕が桜花の中にはあったのだ。
彼女の中でこの状況は今までの経験上、まだ命のやり取りをする程でもない。
戦況を聞く限りボーダーの方が優勢だ。
だからこそ桜花は自分を手のひらで転がしてくれた男に一言…いや、
斬ってから文句の二つや三つ言ってやるつもりだ。

桜花は既に攻撃を受けて倒れている人間が多い方の道をたどる。
それは遊真達の戦闘後の痕跡だ。
彼等が麟児を捜しているなら、その跡を辿る方が効率的だと思ったからだ。
跡を辿ると案の定そこには敵と戦闘している遊真と修、
そして少し離れたところに麟児の姿があった。
敵に囲まれているのは遊真達だけではなく麟児も、らしい。
剣を向けられているのに、表情を変える事もせず涼しい顔で相手を見ている麟児に桜花は思わず舌打ちをした。
地を蹴り、麟児を囲んでいる敵を一掃する。
「やはり来たか」
その言葉を聞いて桜花の眉がぴくりと上がる。
「麟児、私まだ仕事分の報酬貰っていないんだけど。
それどころか色々やってくれてさー…覚悟はできているのよね?」
「ああ…とっくの昔に――」
「そう、良かったわ」
麟児の言葉を聞いて桜花は武器を構え直す。
生身の人間相手に今にも斬りかかりそうな桜花の姿を見て、
敵を片づけた遊真と修は慌てて止めに入った。


20151129


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