信用と信頼
灯籠流し

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「兄さん!」
「千佳」

今、兄妹の感動の再会が目の前で行われている。
きっとドラマならそれを見て目を潤ませるところなのであろう。
が、そうはならないのには理由があった。

桜花、遊真、修三人が敵を蹴散らし麟児を連れて脱出した時同じくして、
歌川、菊地原両名も無事に風間を救出していた。
風間の心境的には、否、風間隊は今回の件も含め、
前回密航した事について聞きだしたいことが山ほどあった。
できれば皆と合流す前に済ませたかったがそうはできず。
向こうへ戻ってから念の為の精密検査…もとい取り調べをする事にした。
それまでは兄妹の再会に水を差す事もあるまいと完全に放置した。
何せ、彼の次に話を聞かなければならない人物がいるからだ。
風間は桜花に厳しい視線を送っていた。
「お前にもいろいろ聞きたい事は山ほどあるがまずはその武器どうした」
どこかで聞いた台詞である。
…というか麟児と二人で悪巧みをしていた呈で風間に話をされているが、
それもいかがなものかと桜花は思っているわけで…。
「言っておくけど、桜花さんの常識と風間さん達の常識は違うからな」
遊真が更に追い打ちをかけてきた。
それは…元より桜花は玄界出身だ。
こちらとあちらでは常識が違う事は言われなくても知っている。
だから秘密裏にいろいろやってしまいたかったのだ。
そして恐らく風間は桜花がそれを分かっていて動いていた事も理解している。
隠すと痛い目に遭うのは分かっているが人間というものは不思議なもので、
できるだけ被害を最小限にとどめようとする生き物だ。
…それが更なる被害をもたらす可能性を考慮するかしないかは、
そこまで考えられる頭があるかどうかに掛かっているという事だろうか…。

とにかく風間は「どういうことか説明しろ」と言っていた。
「全て、包み隠さず、最初から最後まで」と、心の声が聞こえてくる。
しかし、全てとは何を話せばいいのか…と言う桜花に「お前は自分のしでかしたことを報告もできない程の馬鹿なのか」と罵られる。
「最初からって…大分長くなるんですけど」
「ほう。報告が長くなるような事をしていたんだな」
「…揚げ足を取るのはどうかと」
どうやらこの言い合いは完全に桜花の負けである。
何せ麟児が桜花を追いつめるように話しかけてきたからだ。
「桜花、約束の品だ」
渡されたのはボーダーのトリガーだ。
このタイミングで、そんな言い方をして渡されたら何か取引がありましたと告発しているようなものだ。
因みに何で麟児が質にいれていたはずの桜花のトリガーを持っているのかは説明ができる。
桜花が持っているはずの質入れした時の書類…所謂借用書がなかったからだ。
船の上に監禁されているうちに麟児が書類を使ってお金を払い手に入れたのは容易に想像がついた。
二人が取引をする時の報酬は質に入れたトリガーを買い戻せる額だ。
確かに受け取った。…が、今この場でなくてもよかったはずだ。
「あれ、明星さんそれ質に入れてなかったっけ」
「初日から何かおかしいと思ったが…そうか質にいれたか」
「ちょっと当真!!」
言わない約束はどうしたのだと抗議する。
それを見てそういえばそうだったと思い出したようだ。
あははーと笑いながら目を泳がせている。
一連の流れを見て完全に風間に火がついたようだ。
菊地原は最低だなという冷ややかな目で桜花を見ている。
修達は遊真の発言でなんとなくそうなんだろうという事は想像していたので、
驚きはしなかった。
因みに冬島、真木もそうだ。
なんとなくそういう話題が出た時に想定できる一つだったからだ。
……本当に入れるとは思っていなかったが。
ま、戻ってきたならそれでいいんじゃないのってヤツだ。
なんとも緩い。
おかげで、風間達は麟児の事よりも桜花の今回の行動に対して目を向けた。
これは何を言っても無駄なパターンだという事を桜花は分かってしまった。
麟児がいきなり会話に参加したのもこれが狙いだ。
彼は人を動かすのが異様に上手い。
今のだってこのメンバーの人間関係の力の上下関係の把握をするためだ。
後は自分の敵になるものか、都合のいい駒になるかの選別と言ってもいい。
麟児が玄界へ帰ると決めた時に自分はどう動くか決めていた。
とりあえず彼にとって桜花は都合のいい駒だ。
手のひらで躍らせる気満々である。
無論、麟児も彼等がそのまま躍らせてくれるとは思っていない。
玄界へ戻った時には何かしらの処置が行われる事も想像がついている。
目の前のやり取りを見てやはり委ねるなら此奴だと感じたくらいだった――。




無事に反乱勢力の鎮圧も完了し、
平穏な日々へと――というのは少し難しかった。
城に攻撃が仕掛けられたことを残念ながら国民は知ってしまった。
それ程の騒ぎではあったが、
人々が身を潜めるように怯えて過すほどの抗争にはならなかった。
祭りも中止する事なく進められるようだ。
ここまでしてやるのかと思うのかもしれないが、
リーベリーにとってこの祭りは一年に一度の大事な儀式だ。
特に最終日の灯籠流しが一番重要な意味を持つらしい。
玄界では灯籠流しというと死者の魂を弔うためにするものだが、
リーベリーの灯籠流しは少し違う。
この一年、国の平和を願い、大切な者の幸せを願って流すらしい。
流石にそれを中止にするわけにはいかないので、
王族側はそれを運営するために頑張って動いたと評価するべきだろう。
修顔の王子が是非とも参加してほしいという事で灯籠流しに参加である。

「災難だったな」

そう声を掛けられて桜花は眉間に皺を寄せた。
話しかけてきた相手は麟児だ。
「誰のせいだと思っているのよ」
「俺はおかげで助かったけどな」
「へー」
桜花は手にしていた灯籠を海に浮かべる。
波に乗った灯籠が流れていくのを見ながら、麟児に向かって笑う。
「そっちは残念だったわね」
「何がだ」
「仲介役とは名ばかりで、本当はどちらも潰す気だったんでしょ」
麟児が千佳の兄で、修の話だと千佳が近界民に襲われるのを何とかするために近界に密航したという事になる。
それを前提にした話にはなるが、
麟児は勢力同士をぶつけ、国を潰す予定だった。
だから桜花が王族側についているということが分かった上で一度契約を持ちかけてきたのだ。
抗争が発展して戦争になることを期待していた。
だがそうはならなかった…麟児の計画は失敗に終わったのではないか。
桜花はそう思っている。
ざまあみろと嫌味を込めての笑いだった。
そもそもそれ以前に桜花は麟児という人間に言いたい事がいろいろある。
「本当に大切なら、
妹と修を利用しない方がいいんじゃない?」
「何の事だ?」
「…結構ゲスよね。
アンタの真意はどこにあるかは知らないし、知りたくもないけど、
気をつけないとあの二人には騎士様がついているから、
二人がアンタを庇おうとしても斬られるわよ」
「何の事か分からないな」
麟児の言葉に桜花は白い目で見た。
もうこの話はここで終わりである。
何せ千佳が二人に向かって歩いてきたのだから…。
「あの…桜花さん…ありがとうございます。
それと兄さんが迷惑を掛けたみたいで…」
「私、何もしていないからそういうのなし」
「でも…!」
「そうだな、千佳。俺は特に彼女の世話になった覚えは何もないな」
「アンタは少し妹を見習いなさいよ」
千佳が申し訳なさそうにしてぺこりと頭を下げるのを見て桜花はため息をつく。
「本当にそういうのいいから」
桜花は千佳の頭を少し撫でるとその場から離れた。



「桜花」
「今度は何」
「は、何の話だよ」
「こっちの話よ。それでハロルドは私に何の用?」
話しかけてきたのは、昔の仲間…傭兵時代にお世話になったハロルドだった。
「ラズの事話は聞いた…あとお前が今いるとこも」
「何でアンタが知っているのよ」
「あの武闘大会で優勝した少年に聞いたんだ」
優勝した少年…風間である。
少年どころか本当は成人男性だという事を伝えるべきか、
それともいつの間に話をするくらい親しくなっているのか突っ込むべきか悩むところだ。
ハロルドは少し迷いながら言葉を掛ける。
「アイツにはお前は悪くなかったって言っておくから」
「別にそんなのいらないわよ」
「お前、悪者扱いされる事に慣れ過ぎるのはどうかと思うぞ。
…俺が言うのもなんだけどよー。ちゃんと自分の国に戻れたんなら考えろよ身の振り方ってヤツ」
「それ、大きなお世話」
ハロルドの言葉を桜花は一刀両断した。
今更そんな話は聞きたくないのだ。
彼女の心境が分かってハロルドはため息をついた。
そして、空気を入れ替える。
彼女の過去に少しでもかかわってきたからこそ彼には伝えないといけないことがある。
ハロルドの真剣な雰囲気を肌で感じて桜花は何事かと目線をやる。
「近々、テラペイアーが近づいてくる」
「!?」
「桜花…最初あそこにいただろ?
幾ら緊急処置が外れているからって…何も知らないより知っていた方が心構えできるだろ」
「なんでそんな事…」
「昔の好だからな、あとあん時何もできなかった罪滅ぼしのつもり、か……」
「何それ」
ハロルドの言っているのがどの事か…分かって桜花は顔を歪めた。
それは思い出すにはあまりいい思い出ではない。
「お前だってまだ若いんだから、ちゃんと幸せを掴めよ」
がははーと笑いながら背中を叩いてくるハロルドにウザいと桜花は蹴りをいれた。


「秀次ーどうかしたのか?」
「いや、なんでもない」

言うと三輪は顔を背けた。
そろそろ流そうぜと言われ、自身が持っている灯籠を浮かべた。
平和だとか幸せだとか、そんなものあまり考えて来なかったな…と、
波に乗って流されていく灯籠を見てそんな事を思っていた。


20151230


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