未確定と確定
引き継がれたもの
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敵に囲まれて絶体絶命の窮地。
少女は二度助けられた。
一度目は戦友だ。
一緒に元の世界に帰ろうと誓い合った……親友と呼んでもいい存在。
敵に殺される間際、少女を庇ってこの世を去った。
いや、去れなかったのかもしれない。
「生きて……」
そう告げた彼女は自分の命を燃やし黒トリガーになった。
それにたまたま適合した少女はその場を乗り切った。
……正直それだけでは少女は生き抜く事が出来なかっただろう。
初めての黒トリガーの使用。
無我夢中だった彼女は考えなしにトリオンを使い続け枯渇した。
二度目の助けはその時に現れた。
「たまには従属の要請に応えるのもいいものですな」
面白いものを見つけたと老人は言う。
彼等は少女の一部始終を見ていた。
攻めてきた国、少女の首にあるもの……それらを総合して検討の余地があると彼等を思わせた。
「隊長どうしますか?」
判断を仰ぐ女性の声。
帰ってきた声に少女は命を繋ぎ止める事ができた。
それから三年と少し経った。
「いやはや、若い者の成長は実に楽しい。
うかうかしていると殺されてしまいそうですな」
「……その冗談面白くないわね」
少女……というには幼さは既にない。
彼女の名前は明星桜花という。
桜花は目の前の老人、ヴィザと戦闘訓練を行い惨敗した。
これで殺されてしまいそうと発言するのだ。
力をつければつけるほど解る実力の差…ヴィザの言葉は激励を通り越して嫌味としか思えない。
トリオン体の換装が解け、暫くは大人しくすることを余儀なくされた桜花ができる事と言えば不貞腐れるだけだろう。
「おじぃなんだから早く引退すればいいのよ」
「後生の楽しみですからな。
それは譲れない」
「あ、そう」
「ヴィザ翁」
「ハイレイン殿、無事に御帰還されましたか」
「ああ。桜花も変わりないようだな」
「……おかげさまで。ミラもおかえりなさい」
「久し振りね桜花。
今度またお茶に行きましょう」
ミラがこう言うという事はここから先はヴィザ達と大事な話があるという事だ。
それが分かるくらい桜花はミラと付き合いがいい方だ。
「私、席外すわ」
言うと桜花は三人から離れた。
この国アフトクラトルに来てから桜花が変わった事と言えば、
所属した国が違う事。
上官が変わった事。
師、もとい後見人ができた事。
黒トリガー使いになった事だろうか。
桜花は元々捕虜として近界に来た身だ。
この国に属するのは生きるためだし仕方がないと分かっているし、
最初の国で鍛えられたおかげか割と上手くやっていた。
悪態はつくが一応任務はこなすし成果は出している。
捕虜に黒トリガーを持たせるなんて普通考えられないような事もさせてくれたのは、
桜花の黒トリガーを他の人間が使えないのが一つと、
もう一つは後見人であるヴィザが桜花よりも強いからだろう。
どうしてもヴィザが離れないといけない時は同じ黒トリガー使いまたはそれに匹敵する人間が傍にいる。
事を起こしたら始末される事が分かっていた桜花は大人しくしていた。
刃向かう理由もない。
生きていくために自分の価値を証明しないといけないこの世の中で、
どう生きていけばいいのか…その一端は仕込まれている。
「……アァ?任務は遂行したんだ。
文句を言われる筋合いはねぇ」
「独断専行しすぎだ、と言っている」
目の前の言い争いを見つけた桜花は嫌そうな顔をした。
しかし周りを見渡しても止めに入りそうな人間はいないので、
桜花はため息をつきながら二人の側に行く。
「道の往来で何してんのよ」
振り返った二人は余計なものが増えたと睨むが、
桜花に言わせればこんなとこにいるなというだけだ。
「エネドラとヒュースの組み合わせは見飽きたわ。
たまには二人仲良くパンケーキとか突いてみたらどう?」
「「誰がこいつと!!」」
「はいはい、仲がいいことで。
……おかえり」
「「…………」」
二人は黙った。
返事も返さない二人に桜花はため息を吐いて、
まずはエネドラに蹴りを入れた。
ヒュースも、と思ったが彼女の行動が読めていたため避けられてしまう。
「何するんだよこのメス猿!」
「何で避けるのよ」
「そんな見え透いた攻撃を喰らうのはバカかノロマだけだな」
「んだと!?
テメェ訓練場に来い」
桜花に反撃しているようでエネドラに小言を言うヒュースに、
案の定エネドラが乗っかった。
短気で単細胞で分かりやすいと桜花は思う。
いい奴ではないけど悪い奴ではないエネドラは付き合いやすいし、
真面目なヒュースは後輩みたいだ。
……実際は桜花の方が新入りだから立場は全然違うが、
今、訓練場にいる人間よりは愛着が持てると思っている。
随分、馴染んだなと桜花は他人事のように思った。
「訓練場は駄目よ。
今お爺ちゃんとハイレイン隊長が喋ってるから」
「ナンダァ?悪巧みか?」
「そうね、真面目な話。
だから止めた方がいいんじゃない?」
桜花の言葉にエネドラはバツが悪そうな顔をした。
ヒュースは任務の時のような無表情に徹しているが、一瞬だけ表情が崩れたの桜花は見逃さなかった。
多分二人はヴィザ達が何を話しているのか知っている。
そう想像するのは簡単だった。
「私、殺されるの?」
「貴様は殺されるような事でもしてのか?」
「してないと思うけど。
まー捕虜上がりの兵だから信頼されてないのは知ってるわよ」
「あーその捕虜様は母国に帰りてぇのかよ」
「エネドラ!」
その言葉を聞いて桜花はまだ自分はそれで疑われているのかと思った。
「それ、お爺ちゃんとミラに聞かれた事あったわね……」
「何だ、あるのかよ」
分かりやすすぎるエネドラに桜花は思わず笑ってしまった。
「捨てられない限り、約束は守るわよ」
訓練場にて、ハイレイン達は話をしていた。
それは玄界への遠征部隊を誰にするかという話だ。
玄界は桜花が元いた世界だ。
「桜花を入れるべきかどうかで周りが騒いでいる」
「おや、領主であるハイレイン殿に意見するとは……他の御三方は黒トリガーを手放したくないようですな」
「そのようだな。私はここで桜花が去らなければもう大丈夫だと思っている」
「ほう、今回ので試すので?
私は大丈夫だと思いますが……そうですなー私がつきましょうか。
もしもの時の責任は一緒に過ごしていた私が取るべきでしょう」
「いえ、それには及びません。
私なら窓があるのでヴィザ翁より最適かと」
「お前達は信じているんだな」
「私はただの年寄りの願望ですよ」
「ミラは?」
「私はー…」
ミラは思い出す。
任務が終わり、二人で喫茶店に行った事を――その時聞いたのだ。
「桜花は遠征先が故郷だと知ったら、帰るのかしら?」
「何よ急に。近々通るの?」
「まだそんな予定はないわ」
「なら別に聞かなくてもいいじゃない。
……そういえば、昔お爺ちゃんにも聞かれたわね」
「ヴィザ翁が?……なんて答えたのか聞いてもいいかしら?」
「ん?帰らないって答えたわよ」
「あら、はっきりと答えるのね」
意外そうな表情をするミラに桜花は心外だと眉間に皺を寄せた。
ミラがどうして?と聞き返す。
それに答えるかどうか悩む素振りをみせる。
「帰ってもやることないから」
「やる事なんて……あなたの性格上、見つけるの得意でしょう?」
そんな言い訳は許さないとミラが追従すれば、桜花は観念したように呟いた。
「今、ミラとやっている事、やる約束していたの。
一緒に食事して、買い物して、
『あの時は大変だったね』って話せるような日常を手に入れようって――…ま、果たせなくなっちゃったんだけど」
その相手は桜花の手元に在る。
だから一人では帰らないと桜花は言う。
それは帰れないという事で、一生帰るつもりはないと告げていた。
「あなたは変なところで義理堅いわよね」
「…そんなことないけど」
不貞腐れる桜花にミラは言う。
「なら、私とまたパンケーキを食べに行きましょう」
「あ、ミラ優しい!
どうしたの?情に流されちゃった?珍しい!」
「あなたのそういう悪ふざけするの…良くないと思うわ」
ミラが怒っているのに気づいて、桜花は慌てて言い繕う。
「もっと任務頑張らないといけないわね!!」
「ええ、あなたは忠実に任務をするべきよ。そしてまたここに来ましょう」
「ミラの奢り?」
「……そうね、それでいいわ」
「決まりね!約束よ?」
楽しそうに桜花が笑う。
まるで昔からの友人のやり取りに近いそれに、
ミラは彼女を信じようと思ったのだ。
「私はー…約束しましたから」
またパンケーキを食べようと。
そしてそれをミラが楽しみにしている事を桜花は知っている。
桜花も楽しみにしている事を知っているミラは、
自らその役割を申し出た。
そして数日後、玄界へ行く遠征部隊が決まった。
20160310
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